第1734話 天魔の結論と、従う天従十二将

「天魔様、私のところにも『目』の連中から報告がありましたが、例の妖魔召士共以外にもこの山に人間が来たというのは本当の事ですか?」


 天狗の副首領である『華親』は、何かの間違いではないかという僅かながらの疑念を天魔に問い質す。もちろん冗談でこの天魔の帝楽智が自分と『天従十二将てんじゅうじゅうにしょう』を呼びつける筈がないという事は分かっているが、これまで数十年間の内にこの天狗の縄張りがある中腹付近に人間達が訪れたことは、ほんの数度だけしかいないというのに、このような僅かな期間に頻繁に訪れたというのが信じ難かったようである。


「ああ。お前の配置した『目』以外の天狗にも確認を取らせたが、どうやら『目』の報告があった地点、ここから僅かに山を下ったところにある鬼人族共の集落に、件の人間達は向かっているらしい」


「鬼人族ですか……? いったい人間達は何を狙ってそんなところに向かうのでしょう」


 華親の言葉に返答をせず、帝楽智は口元に手をあてながら思案を始める。そんな帝楽智の返事を待つ華親とは裏腹に、他の場所から声が上がった。


「そんなの決まってるじゃないですか。また妖魔召士たちが自分達の手足になる『妖魔』を捕らえにきたってことでしょう。彼ら鬼人たちは『魔』の概念知識に乏しい変わりに物理的な力は侮れない。人間達にとっては鬼人族は体のいい盾代わりだと考えているでしょうからね」


 そう言葉にしたのは『前従五玄孫ぜんじゅうごやしゃご』の一体である『行悪ぎょうあく』であった。


「行悪、確かに最近の人間たちを見ていれば主がそう言いたくなるのも理解は出来るが、まだハッキリとした事が分かっていない状態で物事を決めつけるでない」


前従五玄孫ぜんじゅうごやしゃご』の中では下から二番目の序列に居る『行悪』だが、そんな『行悪』の唐突な発言を咎めたのは、同じ『『前従五玄孫』で一番上の序列に居る『歪完ゆがん』であった。


「これは申し訳ありません」


 行悪は歪完に窘められると直ぐに謝罪を口にするのだった。


『妖魔山』の天狗界では基本的に縦社会ではあるが、天魔である『帝楽智』が居る場所では、序列が上である天狗に対してもある程度の発言を許されている。


 何故ならここに居る『天従十二将』の中では序列が低い者であっても、天狗全体を見ればそれなりの地位に居る『大天狗』である為、序列が如何に低かろうとも知識は他の種族の妖魔より備わっている為、ふとしたその低序列の天狗からであっても、目線が違えば実に意味がある言葉が出る可能性がある為であった。


「それで『天魔』様、我々『天従十二将』全員をこの場で集めたという事は、我々全員でその人間たちを仕留めるという事の為なのでしょうか?」


中従二孫ちゅうじゅうにそん』にして『天従十二将』の上から六番目の序列に居る『学得がくとく』が帝楽智に視線を送り、直接質問を行う。


「ああ、そうなるだろうな。だが妾は『鬼人族』の集落にまで無理やり押し入って人間達を仕留めようとは考えてはいない。あくまで妾達がイダラマという人間から受けた命は『足止め』だ。そこでまずはお主ら『天従十二将』の中から数体を鬼人族の縄張り付近に派遣する。そして鬼人族と人間たちの繋がりを調べ上げた上で、中腹以上に向かうのを止めさせるよう告げてきてもらうつもりだ」


「お待ちください天魔様。単に鬼人共や人間達に言葉を告げるだけなのであれば、わざわざ我ら『天従十二将』が出向く必要はないのでは? たかが人間共に警告を行うだけならば『白狼天狗はくろうてんぐ』共にでも伝えにいかせればよいと愚考しますが……」


 そう口にしたのは『後従三子ごじゅうさんし』にして『天従十二将』の上から四番目の序列に居る『煩欲ぼんよく』だった。


「煩欲!! 天魔様がお決めになった事に、たかが『後従三子ごじゅうさんし』のが口を挟むというのか! お前は一体何様のつもりだ、分を弁えろ!」


「も、申し訳ありません! 『担臨たんりん』様!」


世来二親せらいにしん』という『天従十二将』の中でも最上の序列にして上から二番目の『担臨』が再び下の序列に居る大天狗の煩欲を咎めるのだった。


 このように天狗界全体の頂点に居る『天魔』が、部下の天狗達に対して自由に発言を行っていいと許可したとしても、昔からの風習といえる『天狗界』全体の暗黙のルールによって、縦社会を押し付けようとする序列意識の高い天狗に咎められるのが実状であり、そこに他の多くの古参の天狗も裏では縦社会有きに然りと認めている為に『天従十二将』同士の中で今回のような会議が行われたとしても、直ぐに話し合いで解決する事は稀となってしまうのであった。


「おい、担臨。妾がお主らの意見を聞きたいとこの場に集めたのじゃぞ? それを真摯に妾の言葉に従い意見を述べた煩欲の言葉をお主が蔑ろにしては意味がないではないか?」


「は、ははっ! 申し訳ありません、天魔様! おい煩欲、この場では発言を許可するが、会議が終わった後に!」


「ぎょ、御意に……!」


 煩欲の背に生えている羽が元気をなくすようにへにゃりと歪むと、泣きそうな顔で煩欲は担臨に返事をするのであった。


「はぁ……」


 帝楽智はもうこれ以上は担臨に何を言っても無駄だと観念したかのようで、これみよがしに溜息を吐いてみせるのだった。


「では天魔様。私から提案なのですが、 『前従五玄孫』全員に『鬼人族』の者達に人間達を差し出すように指示を出させて、更に圧を掛ける為に山の見張りを行っている者以外の手が空いている『白狼天狗』を中心とした大天狗以下の者達を奴らの縄張りに入るギリギリに派遣して『天狗号令』を叫ばせるというのはどうでしょう?」


『天狗号令』とは指揮官となるものが取り決めを行う際、その言葉を他の天狗達が一斉に指揮官の言葉を反芻するように大声で叫ぶ事で、聞く者に対して多大な圧力をかけて従わせようとする事である。


「しかしな、華親……。種族こそ違えど同じ山に生きる妖魔同士、あまりそういった強引な手法は妾は好まぬのだがなあ」


 このまま『天従十二将』に意見を出させても話が進まないと判断した副頭領である『華親』が、天魔にそう具申すると、これまた天魔の帝楽智は渋い顔をしながら愚痴を零すのだった。


「ですが山に乗り込んできた人間達と鬼人族の間に、どのような関係があるのか分からない以上は少しばかり強引でも行うべきでしょう。それがこの山の中腹付近の安寧を保つ我々天狗族の必要な役目ではないかと私は愚考しますがね」


 言葉遣いは丁寧ではあるが、一切引く気はないとばかりに目に力を込めながら『華親』は帝楽智にそう進言するのだった。


「はぁ。まぁ仕方あるまいて。そもそも妾がイダラマとかいう人間の術中に嵌ったのが全ての原因。これもまた妾の不徳が招いた事……か。分かった、では華親よお前に後の事は任せる。お主らも聞いたな? 華親が言葉にした通り、お主ら『『前従五玄孫』は直ぐに天狗達を連れて鬼人族の縄張りに出向き、先程話をした内容の通りに行動を行うのじゃ」


「「ははっ!! 御意に、天魔様!!」」


『天魔』の下した命令に、寸分違わずに言葉を合わせて返事をする『天従十二将』達だった。


 ……

 ……

 ……

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