第1736話 鬼人族の縄張りに押し寄せる天狗の大群

「と、止まれ!! ここは我ら鬼人族の縄張りだぞ!」


 ソフィ達が来る時には開放されていた門が、今は固く締められた状態で集落の見張り達が大勢集まり、この場にやってきた天狗達に向けて大声で警告するのだった。


「そんな事は分かっておる。儂らは別にお前達の集落を襲うつもりできたわけではない」


 数百以上の天狗達がいつでも襲撃を行えるような戦闘態勢を維持しつつ、圧を掛けるように集落の周辺の山の崖の上や空から見下ろすように配備されると、どうやらこの天狗達を指揮する者であろう存在が、門の前に居る鬼人に声を掛けてくるのだった。


「ここに麓から登ってきた人間達が、お主らの集落へと入っていくところを多くの同胞の者達が目撃しておる。それも間違いなく赤い狩衣を着ておったとの報告じゃ。主らは大々的に人間達と敵対を行っておる種族の筈じゃ。そうだというのに主らは一体何を企んで人間達を集落へ迎え入れたのだ! 儂ら天狗に然るべき報告を行った上で、その目撃にあった人間達をこの場に連れ出してこい!」 


 大々的に妖魔山の中腹付近に種族としての縄張りを持つ、同じ『三大妖魔』の『鬼人族』と『天狗族』だったが、今の天狗の『歪完ゆがん』の上からの物言いは、確実に『鬼人族』を見下しているといえるような発言だった。


 それもその筈、今や『鬼人族』は悟獄丸どころか、長を務めていた圧倒的な力を有していた殿鬼の姿もなく、年老いた族長の『玉稿』と、若い鬼人が数十体程で身を寄せ合って集落を切り盛りしているのが現状である。


 対する同じ中腹付近に縄張りを持つ『天狗族』だが、かつてはこの妖魔山の最奥でその存在感を示した『天魔』である『帝楽智ていらくち』と、当時の天狗の軍団を直接率いて他種族を束ねていた『軍団長』にして、現在の副首領『華親かしん』も健在である。


 単に山の中で生活を行っている『鬼人族』と、常に山を巡回してあらゆる場所の情報さえも掌握する『天狗族』では、その妖魔山の『三大妖魔』としての在り方と他種族に対しての影響力が違ってしまっている為、このように天狗達に見下されるような態度を取られてしまう事が現状であった。


「こ、ここにやってきた人間達は、人里で道に迷っていた我らの同胞を親切にも届けて下さっただけだ! 我らが捜していた同胞を無事に届けてくれた人間達を一晩だけ歓待しようと縄張りへと迎え入れただけで、彼らはかつてのような山に対して災いを運び込もうと現れた者達ではない。わ、分かったらさっさとこの天狗共を連れて去れ!」


 これだけの天狗の大群を前にして、堂々と啖呵を切る見張りの鬼人の胆力は大したものであったが、その言葉を受けた『歪完』は鼻で笑うに留まるだけだった。


「ほう……? 多くの鬼人たちを奴隷のように扱う人間共が、道に迷ったお主らの同胞を親切にも、自分達の危険を冒してまでこの山の中腹まで届けに参ったと? それはそれは殊勝な人間達も居たものだ。では、この山の中腹付近を管理する儂ら天狗が、主らに代わりその人間達を歓待しようではないか。さっさとその人間達を儂らの前に連れてこい」


 どうやら最初からこの天狗達は人間達が目的だったようで、何を言っても連れてこいとばかり告げる目の前の老獪な天狗に、見張りの鬼人族は口を噤んで顔を顰めるのだった。


 そして鬼人達が黙り込んだまま『歪完』や、他の天狗達を睨みつけ続けているところに背後の門が開く音が響き、やがて集落の中から複数の者達が姿を見せるのだった。


「ぞ、族長!」


 天狗と相対していた見張りの鬼人は、ソフィ達を連れて先頭に立つ『玉稿』の姿を見て叫ぶのだった。


「ほう……」


(赤い狩衣を着た人間達は『妖魔召士』で間違いなさそうだが、後の連中は護衛か何かか? まぁいい、それよりも、こやつらをさっさと天魔様の元へ連れて行かねば……)


 天狗の歪完は赤い狩衣を着ていないソフィ達を見て、目的だった『妖魔召士』との関係性を訝しんだ様子だったが、そんな事は些末な事であると判断したようで、さっさと命令通りにこの場から天魔の元へ連れて行こうと考え始めるのだった。

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