第1693話 有終の美を飾るために

 王琳はコウエンにそう告げると、ゆっくりと右手をあげる。すると前回のイダラマの時のように、音もなくこの場に二体の妖狐が姿をみせるのであった。


五立楡ごりゆ六阿狐むあこ、お前達がその人間達を麓まで案内してやれ」


「はっ!」


「はい!」


 現れたその二体の妖狐はどちらも王琳や七耶咫と同様に人型の姿であったが、五立楡ごりゆと呼ばれた妖狐の方は細く長い尾を五本持っており、六阿狐むあこの方は五立楡よりも短い白い尾を六つ持っていた。


 どちらも非常に顔立ちは整っているが、五立楡と呼ばれていた方の妖狐は中性的な顔立ちで、髪の長さも肩にかかるかという長さで一見すると性別の判断が難しい。しかし中身はれっきとした女であり、この妖魔山で四百年以上生きてきた『妖狐』であった。


 対する六阿狐むあこの方は腰まであるツヤのある黒く長い髪と、その容姿から傾国の美女といった言葉がよく似合う妖狐だった。


「分かっていると思うが、そやつらは俺の客人の大事なお仲間だ。粗相のないよう丁重に麓まで案内せよ」


「「御意!」」


「お主らこれまで本当に世話になったな。後の事は頼んだぞ……」


「こ、コウエン殿……! 必ずやゲンロクやエイジにコウエン殿の勇姿を伝え申す。そして間違いなくこれはエイジに届ける故……!」


「ああ、宜しく頼むぞ」


  コウエンは同志達に別れの言葉を告げると、静かにその手を同志達の肩に手を置いて儚く微笑んでみせた。


 そして同志一人一人と最後の挨拶を交わし終えると、コウエンは背後に立っている二体の妖狐に視線を向けるのだった。


 その二体の妖狐である『五立楡ごりゆ』と『六阿狐むあこ』は互いに自分のご自慢の髪や尾を撫でていたが、コウエンにその視線を向けられた事で直ぐに姿勢を直すのだった。


 そして王琳から六阿狐むあこと呼ばれていた六尾の妖狐が、コウエンに向けて口を開いた。


「もう挨拶は済んだのかえ?」


 凛としたその声がコウエンの耳に響くと同時、コウエンは六阿狐に大きく頷いて見せた。


「ああ。こやつらの事を宜しく頼む」


「言われなくとも分かっておる。王琳様からの命令であるからな。妾達が命に代えても無事に麓まで送り届けるから安心なされ」


「やれしかりや、しかり。わっちゃらに任せけれ?」


 ツヤのある髪を耳にかけながらウィンク交じりにそう告げて微笑む六阿狐と、奇妙な言葉遣いでゆらゆらとご自慢の尻尾を揺らしながら胸を張って告げる五立楡であった。


 彼女達も力ある『妖狐』達なのだろうが、それ以上に王琳という九尾の大妖狐の客となった同志達は、他の妖魔達にちょっかいをかけられる事もなく、無事に山の麓まで送り届けられる事だろう。


 コウエンは同志達を見送った後に、ゆっくりと王琳の方を振り返るとその王琳は『オーラ』を纏い始めた。


「さて、それでは俺に会う為にここまで遠路はるばる足を運んだお主の為に、後悔を残さぬように思う存分相手をしてやろうぞ」


「思い起こせばワシの半生はお主と戦う為にあったように思う。先程お主に言われた通り、ワシが守りに入った考えを持ったが故、そして不甲斐ないばかりにここまで時間を掛けてしまったが、最後は満足が行く結果を示して有終の美を飾らせてもらおうではないか!」


 すでに血だらけとなって満身創痍の身体となっていたコウエンだが、そう語った彼の顔は何やら肩の荷が下りたような表情をしており、そしてここに来た頃と同様の『魔力』を再び王琳に見せつけるのであった。


「ふふっ、自分を鼓舞する事で限界以上の体力を引き出せる人間か。天狗の『王連』がこの場に居れば、意気揚々と嬉しそうな顔を浮かべながら乱入してきそうなものだな」


 どうやら王琳もまた種族こそ違えども『天狗』の王連の事をよく知っているようで、人間に対する興味を近い形で持つ彼の名を出しながら、王琳は静かに『オーラ』を両腕に集約し始めていくのであった。


 ……

 ……

 ……

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