第1692話 託す言葉と、サイヨウの呪符
王琳の言葉に後悔の念に苛まされていたコウエンだが、やがて周囲を見渡し始める。そこには愕然とした表情を一様に浮かべた同志の『妖魔召士』が、どうしていいか分からずに立ち尽くしていた。
王琳という妖狐がコウエンの戦い求めていた『妖魔』だという事を知っていた為、他の者達は今まで手を出さずに事の成り行きを見守っていたのである。
九尾の妖狐の王琳も『コウエン』以外の者達には目をくれずに、これまで無視を行っていた。どうやら王琳から彼らに手を出すつもりは毛頭ないようである。
「王琳といったか? お主に頼みがあるのだが、聞いてもらえるか?」
先程まで辺りを見回していたコウエンだが、やがては王琳に視線を向けると意を決して話し始めるのであった。
「内容次第だ。まずは言ってみるがいい」
「周りに居るこやつらは、ワシの手前勝手な都合で付き合わせていたにすぎないのだ。ワシはどうなっても構わぬからこやつらだけは見逃して欲しい……」
「「なっ!?」」
突然のコウエンの言葉に、呆然と立っていた同志達は同時に驚きの声を上げたのだった。
確かに本来の目的とは遠くかけ離れた状況にはなってしまってはいるが、それでもこの同志達は共に最後までコウエンと行動を共にして、この山で死ぬ覚悟を決めた者達であったのだ。それがいきなりコウエンは、自分自身を犠牲に彼らを生き延びらせて欲しいと口にしたのだから驚くのも無理はなかった。
「ま、待ってくれ、こ、コウエン殿! 私らとて死ぬ覚悟はとっくに出来ておる! むざむざと妖魔に温情をかけられて生き延びるつもりなど……っ――」
「主らは黙っておれ!!」
「「!」」
コウエンの一喝で全員がその場で押し黙るのだった。
「これは何も主らを慮っての言葉だけではない。主らにはこのまま山を下りた後、ほとぼりが冷めるのを待った後に次代の『妖魔召士』の長となっておるであろう『エイジ』にこれを渡して欲しいのだ」
そう言ってコウエンは、数枚が束になった呪符を同志の一人に渡すのだった。
「こ、これは……?」
見た目は『妖魔召士』が扱う札なのだが、そこには全く『魔力』印などが見当たらず、また効力も何も感じられなかった。
「それはサイヨウがこの世界から消える前に、ワシがアイツから預かっておったものだ。色々とあって渡せずままにワシもエイジも組織を抜けてしまい、そのまま会えなくなったが、それは本来サイヨウの奴はエイジに渡すつもりだったものだ。今回の事でワシら守旧派が再び『妖魔召士』の長として返り咲く事になれば、エイジの奴に渡すつもりだったが、もうその機会は作ってやれぬだろう。出来れば何も言わずにこれをワシの代わりにエイジに渡してやって欲しいのだ」
「こ、コウエン殿……!」
サイヨウから渡されたという呪符をコウエンから託された同志の一人は、あらゆる感情に呑まれて声が震えるのであった。
「流石に主らを今の『妖魔召士』組織に戻す事は叶わぬだろうが、それでも主らの事をワシが強引に連れまわしていたという事にすれば、サクジ達とは違って主らだけは咎められぬやもしれぬ。良いか? これはあくまでワシの一存でイダラマと結託して行った事。主らはワシに騙されてこの『妖魔山』にまで足を運んだが、目的の妖狐にやられそうなって今の言葉と共にこれを託されたと真実を混ぜて話すのだ。そうすれば捕縛されて一生牢の中という事にはなるまい」
「……」
コウエンは感極まって泣きそうになっている同志の肩を叩くと、その手に呪符を強く握らせるのだった。
そうしてコウエンは立ち上がると、腕を組んだままでこちらの様子を見ていた妖狐に視線を送り、強い意思を目に宿らせながら、王琳からの返答の言葉を待つのであった。
「ふふっ、思った以上にお主は強かな奴だな。目の前でそんな話までされてはこちらは聞き届ける他にないではないか。しかしまぁいいだろう。その代わりお主は最後まで存分に俺を楽しませられるように足掻いて見せろよ?」
心底楽しそうな声でそう告げた王琳は、どうやらコウエンの願いを聞き届けたようであった。
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