第1694話 それは追う者か、それとも追われる者か

 コウエンが同志達を九尾の王琳の元から逃させた後、そのまま戦闘に入る形となったが、ちょうどその頃に別の場所では、そのコウエンの居る場所へと急ぐウガマ達の姿があった。


 ウガマはイダラマを背に担ぎながら、必死に後を追いかけてきているであろう、妖魔神の『悟獄丸』から逃亡を続けていた。


 今のウガマ達にはイダラマの護衛の退魔士達の『結界』が常に張られている状態である為、何もない状態に比べれば少しは『魔力』を感知されずらくなっている筈である。


 元々この退魔士達も『妖魔召士』とまではいかないが、それでも流石にイダラマが選んだだけの事はあり、所属をしていない退魔士の中では随一と呼べる程の者達であった。


 しかしそれはあくまで他の退魔士達程度に感知されないだろうといえる程であり、この『妖魔山』に生息するような高ランクの妖魔達、それも今追いかけてきているであろう『悟獄丸』という妖魔神からいつまでも逃れられる程の『結界』が張られているわけではない。


 ウガマ達はこの『結界』を最後まで頼りにして山を下りようというわけではなく、あくまで『禁止区域』に入ったばかりの場所に居るコウエン達の元にまで何とか辿り着ければと、半ば気休めの感覚を抱きながら前を向いて走っていた。


 そしてまだまだこのウガマが居る場所からは、コウエンの居る場所までは相当に離れており、いつ背後からあの『悟獄丸』という恐ろしい程の存在感を持った妖魔神が追いかけてくるか分からない状況が続いていて、ウガマ達は戦々恐々としながら山を駆け下りているのであった。


 ここまではどうやら自分達の囮となって残った『アコウ』が奮闘しているのか、未だその悟獄丸が姿を見せてはいないが、本部付けだったとはいっても一介の予備群がいつまでも『妖魔神』である悟獄丸を足止め出来る筈もないだろうと思われる。


 それでもここまで距離を稼げているのには、山頂付近で一度ウガマが振り返った時、何やら『七耶咫』と呼ばれていた妖狐が悟獄丸と揉めていた事も関係しているのかもしれない。


(自分の直接の主従関係であろう『王琳』程までには忠実ではないのだろうが、それでもあの妖狐のこれまでの妖魔神達への言動から『神斗』と『悟獄丸』には、それなりに敬って従っている風に見受けられた。いったいあの短い時間の間に何か心変わりするような何かがあったという事なのだろうか?)


 ウガマはイダラマを抱えて走ったまま、あの時の恐ろしい剣幕で怒号を上げていた『悟獄丸』と、飄々とした表情を浮かべていた『七耶咫なやた』の最後に見た姿を思い出すのであった。 


 ――そしてそのウガマが思い耽った通り、この場に悟獄丸が現れていない理由は、その七耶咫の精神支配を行っていた『シギン』が関係しているのであった。


 ……

 ……

 ……


「全く、人間共も小賢しい『結界』を張りやがるな……」


 そう山の中で独り言ちたのは、足止めを行っていたアコウの首を引き千切り、あっさりと葬ってイダラマ達の後を追いかけている悟獄丸だった。


 悟獄丸はウガマといった他の人間達が、何処へ向かおうと最初から興味を持ってはいないが、イダラマだけは別だった。


 彼が見せた『透過』技法の研究成果に興味を抱いた悟獄丸は、神斗の代わりに自分自身が彼に詰めよって、もう少し深く調べ上げたいと考えているようである。


「仕方ねぇな……。面倒だが、煩わしい『結界』を張ってやがる『魔力』を掻き消してやるか」


 神斗とは違って理論的に『魔』を使う事を良しとせず、ソフィと同様に感覚的に『魔』を自在に使うタイプの悟獄丸は、論理的な『魔』の技術を必要とする力を行使して、少し前に神斗が見せたようなこの世界独自の魔力感知を発動させようとするのだった。


 ――しかし、その瞬間だった。


「!?」


 悟獄丸は全身の毛が逆立つような感覚を覚えると同時、慌ててその場から一気に後ろへと跳躍を行い、その場から離れるのだった。


 そしてそのおかげで悟獄丸は間一髪というところで、上空から自身に向けられて放たれたであろう『魔力波』を回避する事に成功するのだった――。

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