第1607話 想像を絶する魔力の奔流

「よし、この辺りにもう潜伏している様子はないな。この見回りを行っていた『天狗』がやられたとなれば、更に上位の『天狗』や他の『妖魔』達も集まってくるかもしれない。今の内にさっさと『禁止区域』へと向かってしまおう」


 イダラマの言葉にコウエンや護衛に『同志』の妖魔召士達も頷いて見せる。


 だが、エヴィだけが返事をせずに『サカダイ』の町がある方角を見たままで動きを止めるのだった。


「ん? どうかしたのか、麒麟……――児!?」


「今、ソフィ様の『魔力』を確かに感じた……!」


 『天狗』に襲われていた時よりも余程に驚いた様子を見せるエヴィに、イダラマは苦悩の表情を浮かべた。


(まずい……! 先程の攻撃を行う僅かな一瞬、私の『魔力』コントロールに乱れが生じてしまったか……!)


 直ぐに『結界』を正常に戻したイダラマだが、すでに疑惑を抱き始めた麒麟児の様子に内心で後悔するのだった。


 当然イダラマは『天狗』に襲われていた時や、攻撃を仕掛けた時にも『結界』そのものを閉じたわけではなかったのだが、彼の使っている『結界』は単に場に設置しておくだけの『結界』ではなく、常に移動を行う自身の周りに影響を及ぼすタイプの『結界』であるために、その維持を行うのが非常に難しく、いくら『魔力コントロール』に長けているイダラマであっても、同時に『捉術』を用いながらこの難解な『結界』を継続させるには、少しばかりコントロール技術が足りていなかったようである。


 ――イダラマはちらりとコウエンを見る。


 コウエンもエヴィの言葉とイダラマの苦悩の表情から事情を察していたようで『どうするのだ』と言いたげに、彼もイダラマに視線を向けていた。


 コウエンもすでにこれまでエヴィと共に行動を行ってきた事で『エヴィ』が崇拝している様子の『主』とやらに対して、並々ならぬ思いを抱いているという事は理解している。


 あの『コウヒョウ』の町でエヴィが見せた『金色のメダル』とやらに対する執着も異常であった。


 それもそれはアイテム自体に対する執着ではなく、彼の崇拝する『主』からの贈り物だったという事が全てのようであった。


 それに先日の一件、彼はその『主』という存在に会いに行くためにこの『妖魔山』で身の危険を感じたならば、その瞬間にイダラマ達を全員殺して『転置宝玉』を奪うと他でもない『コウエン』に告げている。


 それ程までに執心する『主』の『魔力』を感じ取ったのであれば、もうエヴィはそればかりに意識を向けるのは当然の事であり、意識を逸らす事はこれ以上ない程に難しいだろう。


 誤魔化すにしても生半可な覚悟で行えば危険だとコウエンは考える。この場での決定権はイダラマにあるが、下手をすればここで『エヴィ』を切り捨てなければならないかもしれない。


 ここは『妖魔山』の中腹であり、すでに見回りを行っていた『天狗』を数体ほど屠ってしまっている。この場に長く留まっていれば異変を察知した別の『天狗』や『妖魔』も集まってくる事は想像に難しくない。


 『のんびりと考えている暇はないぞ』とばかりに、コウエンは意思を込めてイダラマに視線を送ると、彼も表面上は悩んでいる様子をおくびも出していないが、それでも普段よりもコウエンを見つめる視線の時間が長い。


 それはつまり彼も今取れる選択肢を選ぶのに、相当に悩んでいる事の証左であろう。


(やむを得ぬ……! 、ここで町に戻ると言われてしまえば、そこから『妖魔退魔師』共や『ゲンロク』達に我々の居場所まで知られてしまう。そうなれば我が大望を目前に、その全てが砂上の楼閣になりかねぬ。ここは麒麟児に意識を失ってもらうとする……――!?)


 イダラマが自分のミスで招いた結果に苦悩を抱いてると、そこに想像を絶する『魔力』の奔流を感じ取るのだった。


「イダラマ……。どうやら面倒な奴が姿を見せたようだ」


「ちっ! 本当に面倒だ。しかし流石に今の状況では防ぎようがあるまい」


 異変を察知したイダラマとコウエンが直ぐに対応を行おうとしたが、彼らであっても間に合わなかった――。


 イダラマやコウエン、それにエヴィ達が居る場所に膨大な魔力によって作り出された『結界』が張られてしまうのだった。


 そこは『妖魔山』の中腹地点を少し登った先、確かに高ランクと呼ばれる『妖魔』が数多く居る場所ではあったのだが、流石にこの場に『結界』を施した存在は、単なる『妖魔』ではなかったようである。

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