第1608話 伝説の妖魔達の名

「何……? 一体、何が起きたの?」


 エヴィは自分の崇拝する『主』であるソフィの『魔力』を僅かながらに感知する事が出来て、直ぐにその『魔力』を頼りに『サカダイ』の町に向けて『高等移動呪文アポイント』を用いようとしたのだが、それら一切の行動を取る前に高魔力から行使された『結界』を張られてしまい、流石の彼も驚きの声をあげるのだった。


「人間共、貴様らはまた性懲りもなくこの山を荒らしに来たのか!」


 エヴィ達が驚きの表情を浮かべている最中、唐突にこの場に現れた存在は、忌々しそうに赤い狩衣を着ている『イダラマ』や『コウエン』、それに同志の『妖魔召士』達を睨みつけながら言葉を発するのだった。


 その『存在』の見た目は、修験者の恰好に黒く大きな羽根を生やしていて、先に襲ってきた天狗達とはまたかなり違った様相をしており、更には鼻の長い赤い面をしていて表情は分からなかった。


「荒らしにきたとは心外だ。我々はこの先に用があるだけで、お主らの勢力圏に対しては何かをしようとは考えておらぬよ」


 イダラマは自身が張っていた『結界』を現れた目の前の存在の『結界』によって上書きされたというのに、全く動じた様子もなくそう言葉を返すのだった。


 どうやらイダラマは目の前の『存在』が使っている『結界』の種類を理解しているようで、自分達に対する影響などは何も気にしていない様子であった。


「よくも堂々とそんな事を言えたものだな……! そこに倒れておるのは儂の部下ではないか!」


 どうやら目の前の『存在』は紛う事なく『天狗』のようだが、先に襲ってきた『天狗』達の事を部下と呼んでいるところを見ると『天狗』の中でも上位の存在なのだと、容易に予想が出来たエヴィであった。


 何よりこの『天狗』の纏う『魔力』は先程の『天狗』達とはまるで違い、エヴィを以てしてヤバいと感じさせる程であった。


「『座汀虚ざていこ』よ、それはお主の部下達が我々の行く手を阻もうとしたからに他ならぬ。私達の向かおうとしている場所はあくまで『悟獄丸ごごくまる』や『神斗こうと』の居る場所であり、主らの縄張りなどに用はないぞ」


「なっ――!?」


 エヴィはイダラマの口から聞いた事のない名前が次々と飛び出すのを傍で聴いて眉を寄せたが、直接言葉を投げかけられた『座汀虚ざていこ』と呼ばれた『天狗』は表情こそ分からないモノの、その声は驚きに満ちていた。


(『禁止区域』に向かうという話は聞いていたが、ま、まさかイダラマの目的とは』の妖魔なのか!?)


 『妖魔召士』達の間で伝説となっている『妖魔』達の名前が出た事で、座汀虚と同様にコウエンはイダラマの言葉に驚きを隠し切れなかった。


「愚かな……! お主が何を申しているのか理解しているのか? 人間がここまで足を踏み入れた事すら、長い歴史の中で数える程だというのに、言うに事を欠いて我々『妖魔』を束ねる『悟獄丸ごごくまる』様や『神斗こうと』様の御座す場所に向かうだと!?」


 どうやらイダラマの口にした『妖魔』達は、この『妖魔山』の中腹以上の場所を縄張りとする『天狗』達からも相当に敬われている様子であった。


「その通りだ『座汀虚ざていこ』。主ら天狗界の魔王たる『帝楽智ていらくち』が『サイヨウ』殿を認めた事と同様に、私もこの『妖魔山』の全妖魔を束ねる『妖魔神』達に認められる必要があるのだ。理解をしたならば大人しくこの『結界』を解き、我らを解放するのだ」


 その言葉に目の前に居る天狗の『座汀虚ざていこ』は、先程のように驚くような真似をせずに失笑するのだった。


「うぬぼれもそこまで行けば大したものだ、そこな『妖魔召士』。我らが主である『帝楽智ていらくち』様が『サイヨウ』殿をお認めになったのは、彼が人間にしておくには惜しい程に出来た者だったからに他ならぬ。あれ程の人間は後にも先にも出て来る事はもうなかろう。単なる強さだけで我ら天狗、否――、我ら『妖魔』を束ねるあの御方達が主程度の人間を認めるわけがない。主のような勘違いを起こす者達が今後も産み出て来る事は不愉快だ。このまま儂がお主らを消し去ってくれようぞ」


 『座汀虚ざていこ』と呼ばれていた『天狗』は、余程にイダラマの言葉に気分を害したようで戦闘態勢に入るのであった。


 ……

 ……

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