第1603話 鬼人達の持つ矜持

 そのままイダラマ達は『鬼人』達に視線を向けられたまま、中腹を目指して『妖魔山』を登り続ける。すでに山麓にあった『退魔組』の駐留地点から出発してそれなりに時間が過ぎていった。


 『鬼人』の縄張りに入る前までは、イダラマの『結界』のおかげで襲われる事もなく、次にこの『鬼人』の縄張りではイダラマ達の存在を知られはしたが、それでも今度は『鬼人』側の見張りがイダラマ達の強さに気づいて襲撃を躊躇い視線を向けるに留まっていた。


 今日から数十余年前までならば、この『鬼人』の種族に拘わらずに人間達が、彼ら妖魔達の縄張りに入るような真似をすれば有無を言わさずに襲ってきていたのだが、人間達が新たな『力』を持ち『妖魔召士』が『禁術』などに手を出し始めて強引に『契約』を交わす事を可能とした辺りから、彼ら『鬼人』達も今回のように様子を窺うようになった。


 その『妖魔召士』達の新たな『力』とは、主に『ゲンロク』達の代で行使された術の数々であり、顕著なのは『退魔組』に属する『退魔士』であった『タクシン』のように、妖魔達に対して望まぬ契約を強引に行い『式』として従わせた『力』の事である。


 この強引な契約を可能とする退魔士達の出現によって、おいそれと『妖魔』たちも退魔士達を襲う事が出来なくなり、今回のようにまず様子を窺う事を優先するようになったのである。


 こういった経緯があり、ゲンロクの代の『妖魔召士』達は、前時代の『妖魔召士』よりも『魔力』を持つ者の質は低いとされているが、実際に『妖魔山』に生息する中堅どころまでの『妖魔』達からは『妖魔召士』に対する危険意識は高まったようであった。


 …………


「やはりこのまま黙って我らの縄張りを通すのは、些か納得がいかぬ」


「おい、気持ちは分かるが仕方あるまい。少し前に戻ってくる事が出来た我が同胞も、望まぬ契約をさせられて長い年月にも渡って人間達にいいように扱われていたというではないか。それにあの者達はどうやら人間達の中でも強い部類に入る連中と見た。下手に手を出せば碌な事にならぬだろう。我らが『鬼人』の集落が目的というわけでもないようだし、先の話の通りにこのまま縄張りの外まで奴らが去るのを待とうではないか」


「頭ではお前の言っている事も分かっている。だが、あの人間を見てみろ! かつてはあれほど人間達に恐れられた我らが『鬼人』の縄張りの中をあのように、緊張感も持たずに平然と歩いていく姿は見ていて非常に気分が悪いではないか!」


 どうやら見張り達の『鬼人』も全員が同じ気持ちを抱ているというわけでもないようで、見張りを行う『鬼人』の中にも、危険だと分かっていて尚、自分達の縄張りの中を我が物顔で歩く人間達を許せないと考える者が居るようであった。


「お、おい! 下手な事は考えるなよ? もうすぐ集落に戻った仲間が戻って来る筈だ。その時まではせめて大人しくしておけ!」


「……」


 このまま飛び出して行こうとする同胞を必死に押し留めるもう一体の『鬼人』だったが、このままだと元々気性の荒い同胞が、いつ飛び出すか分からない状況を前にして小さく舌打ちをするのだった。


(まずいな……。このままだと本当に仲間達が戻って来る前にコイツは飛び出していっちまう! そうなれば俺も黙っているわけにはいかない)


 『妖魔』の中でも中堅の部類に入るとされる『鬼人』達はその強者としての矜持も手伝ってか、まずいと思いながらも『イダラマ』達を襲う事も視野に入れ始める。


 このように妖魔ランク『5』に届くかという『妖魔』達に多いとされる考え方であり、なまじ自分達が思い通りになる『力』がある事も相まって、勢いに身を任せてしまうのであった。


 そして我慢を続けながら『イダラマ』の後を追いかける見張りの『鬼人』達だったが、そこでついにその我慢の限界が訪れる瞬間がきた――。


 かつては人間達に恐れられた『鬼人』達の縄張りの中、緊張感も持たずに歩く人間達の中で、更に子供のような若い少年が欠伸をしてしまったのである。


 それを見た気性の荒い『鬼人』は、遂に自分を抑えられなくなったようで、茂みから身を乗り出してしまうのだった。


 ――だが、その瞬間であった。


 ……

 ……

 ……

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