第1303話 ヒノエの巧みな誘導話術

「副総長。まずはコイツのことを説明する前に、総長に優先すべき報告がありますので」


 ヒノエは溜息を吐いた後、先程までの困った表情から一転して真剣な表情へと変えながらそう告げた。


 どうやらこのまま『サノスケ』の取引や交渉のこと。それに至った経緯などを含めて説明を行ったところで、ミスズはコウゾウの捕らえた『煌鴟梟』の連中を勝手に出したヒノエに対して、徹底的に否定を行おうと抗戦状態に出るだろうと判断したヒノエは、ひとまずはこのままミスズの土俵に上がるのではなく、任務の報告を先に行うことで彼女の優先している感情を少しでも和らげて逸らすことにしたようである。


……! 結構。では先に報告をお願いします、ヒノエ組長」


 ヒノエの報告の発言は流石に筋が通っていると考えたミスズは、目の前に居るヒノエだけに聞こえるような小さな舌打ちをして仕方なくヒノエの報告を行うことを認めるのだった。


 流石にヒノエも『実力』で『一組組長』の座まで上り詰めただけあって、副総長ミスズの圧のある言葉に折れずに飄々と、アッサリと逃れてみせたのだった。


「まずヒュウガ達の行方ですが、我々も薄々と感づいていた通り、ケイノトの町の『退魔組』に向かったのは間違いないようです」


「それはそうだろうな。今や奴らはゲンロク殿の『妖魔召士』組織と袂を分かっている。そこに全国にある各町に護衛隊を放っている我々『妖魔退魔師』組織を敵に回している以上は、行ける場所など限られているのだからな」


 全国に護衛隊という『予備群』を使った町の護衛の派遣を行っているのには、組織の運営のために金子を稼ぐ他にもこうした不測の事態に直ぐに対応が行えるようにするという意図もあった。


 この『ノックス』の世界中の至るところに『妖魔退魔師』の予備群は護衛隊として町に入り込んでいる。


 今や月の僅かな金子支払いで妖魔から町を守ってくれる護衛隊の存在は、世界中の町々にとってはなくてはならない存在となっている。そんな護衛隊を務める『予備群』に対して領主だけではなく、その町や村に住む民達も親和に受け入れてくれていて、どの町でも大半が協力的である。


 ――つまり、今や前時代の『妖魔召士』組織の立ち位置が、そっくりそのまま『妖魔退魔師』組織になり替わってきているのである。


 全国どこにでも『妖魔退魔師』の目や耳があり、本部には毎日常に全国の情報が届けられてくるのである。


 流石に『妖魔召士』組織の内部情報や、今回のような『妖魔召士』のトップの近くに居た『ヒュウガ』のような一派の行動は上手く隠蔽されていて『旅籠町』のコウゾウの一件は発見が遅れてしまったが、もうそれも明るみに出て『妖魔退魔師』組織の全体の意識が『ヒュウガ一派』に向けられた以上は、今後はもっと情報の入手は容易になっていくだろう。


 今後は二大組織の一角であった『妖魔召士』の中で幹部を務めていたヒュウガやその一派達でさえ、安易な行動を許されなくなるだろう。


「はい。しかし奴らの本当の目的と向かった場所は、どうやら我々の思惑とは少し違ったようです」


「ほう? それはどういうことだ。ヒノエ組長」


 ここまでは予想通りだと考えていたシゲンは、気になる事を言い始めたヒノエに興味を持ったようで、熱のこもった視線を向けるのだった。


 そしてミスズもまた眼鏡をくいっと上げながら、頭の中を完全に切り替えたようである。どうやら彼女もまた、自分の感情をコントロールし直して、冷静にヒノエの報告に向き合うことにしたのだろう。


「それこそが此処に居る『サノスケ』という情報提供者の存在のおかげで知れたことなのですが、奴らはどうやら『退魔組』の中に居る『イツキ』という男を頼りにヒュウガは自分の一派を引き連れて行動をとったようです。そして奴らはそのイツキという男を伴って『加護の森』へと居を構えて、今後は更に何かしらの厄介な行動を模索しているとみられます」


「……イツキ? 誰の事だそれは」


「ヒノエ組長。詳しくその者の説明をお願いします」


「もちろんです。そのためにこの男を渋々と牢から出して連れてきたのですよ」


 ミスズから『イツキ』の説明をするように頼まれたヒノエは、そこでようやく視線をわざと外していたミスズに向け直して、サノスケを牢から出した理由へと上手く繋げるのであった。


 あれだけ旅籠町では『サノスケ』から『イツキ』の話を聞かされた時に、ヒノエはサノスケの言葉を信用できないと口にしていたというのに、ミスズの強引に相手を説き伏せる論理的追求から逃れるために、上手くサノスケの眉唾めいた情報を器用に『ヒュウガ一派』の真の狙いを話すという報告に利用したのであった。


(格が違う。このヒノエって女は、本当に場の掌握力とそこに持っていける頭脳は本物だ。敵に回すと碌な事にならなそうだ)


 そしてサノスケは一連の会話の流れをヒノエの横で聞いていて、商人としてこのヒノエという女性を敵に回すようなことは絶対にしないでおこうと心に誓うのだった。

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