第1302話 静かに怒りを見せる副総長ミスズ

 ソフィが部屋でヌー達と新たな『青』の技法について話をしている頃、サカダイの本部に旅籠町に向かっていたヒノエ達が戻ってくるのであった。


「総長、副総長! 旅籠町からただいま戻りました!」


 大広間に入るなり『ヒノエ』は大きな声で戻って来たことを伝えると、先に戻ってシゲンと会話を行っていたミスズが立ち上がり、ヒノエに声を掛けるのだった。


「遠路ご苦労だったわね、ヒノエ」


「ありゃ……。副総長より早く戻って来るつもりだったんですが、もう戻っておられましたか」


 ヒノエは『煌鴟梟こうしきょう』の幹部だった男から色々と事情を聞いた後は、寄り道なども一切せずに足早に戻ってきていたために、ミスズ達の話し合いの結果次第では自分達の方が早く戻ってこれるだろうと、本当に考えていたヒノエであった。


「ええ。でも私は『ソフィ』殿の魔法のおかげで『妖魔召士』達との話し合いを終えて直ぐに戻ってこれたからね。それを差し引いて考えれば十分に貴方は早かったわよ」


「そういえば、ソフィ殿の魔法のことがありましたね」


(やばい……! また組長から同じ話を聞かされるかもしれんぞ)


(あ、ああ。見てみろよ、ヒノエ組長のあの目を……)


 ミスズに『魔法』で戻ってきたという話を聞かされたヒノエは、また旅籠町へ向かう前の状態のキラキラした目をし始めており、その様子を見ていた彼女の組の隊士達は、苦い表情を浮かべながらヒソヒソと話し始めるのだった。


 しかしヒノエがミスズに対して移動の魔法の話をするための口火を切る前に、ミスズはヒノエが連れて来たであろうが、彼女自身は見た事がない人間が居るのを発見してそちらに視線を向けた。


 ヒノエもそのミスズの視線の先に居る『サノスケ』の報告が優先だと思ったのであろう。総長の方を一瞥した後に『サノスケ』がシゲンによく見える位置に移動して場所を空けるのであった。


「こいつは旅籠町の屯所牢に捕縛されていた『煌鴟梟』の幹部だった野郎です」


「ヒノエ組長。それは『コウゾウ』が苦労して捕まえた犯罪組織の一味を貴方の一存で外に出したということですか?」


「い、いや……! これには事情があったんですよ、副総長! こいつはあのヒュウガ一派の本当の居場所や、隠された目的などかなりの情報を持っていたモンで、取引を行うべきだと判断して仕方なくですね!」


「ほう? それは楽しみですね」


 どんな相手であろうと余裕を見せて対処を行うヒノエ組長が、ミスズ副総長の色を消した表情と、その背筋が凍るような声色で告げられたことで早口で捲し立てるように弁解をするのだった。


 どうやらミスズがコウゾウの名を強調するような口振りから鑑みるに、ヒノエ組長が行った行為は彼女の中で相当に許せないことだったようである。


「それでは貴方の事情とやらを是非に聴かせて頂きましょう。分かっているでしょうが、貴方が如何に話術に長けていたとしても、この私に誤魔化しは通用しませんので、この私に真実を語ってくださいね」


 眼鏡をくいっと上げながらそう告げたミスズだが、その眼鏡の奥に見える瞳はとても冷徹な目をしていた。


 ヒノエは困ったような表情をしながら後ろに居る『サノスケ』や『一組』の仲間達を見るが、サノスケはそんなヒノエに対して脂汗を浮かべながら苦笑いを浮かべて、彼女の組員達は怯えるようにしながら一箇所に固まっていた。


 ミスズにとってみれば、自分の大事な部下であるコウゾウが彼女の『特務とくむ』への勧誘を保留にしてでもやり遂げたかった『旅籠町』の治安のための任務。彼はその任務に赴き『旅籠町』を悩ませていた人攫いの犯罪集団の元凶である『煌鴟梟こうしきょう』の一味を苦労の末に全員捕えたのである。


 彼が生前の最後に残した功績にケチをつけるように、そして彼の名誉を汚すような振舞いに黙ってはいられなかったようである。


 もし彼女がミスズを納得させられるような言い分を用意しておらず、単に彼女の気分で『犯罪集団』の一派を牢から出したというのであれば『特務』の長として、そして『妖魔退魔師』の副総長として簡単にすませるつもりはなかった。

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