第1267話 密着するヒノエ組長と香の香り

「ああ。奴は無事にここの仲間を助け出せたから、後はケイノトに居る連中と合流を果たすと言っていたな」


「やっぱり『退魔組』の連中はゲンロク殿からヒュウガ殿に鞍替えしていやがったか。ある程度は繋がってはいるだろうとは思っていたが、まさかこんな事をやらかした後でもヒュウガ殿に従う程だったとはな」


 畳の上で猫背気味に胡坐をかいて座っていたヒノエは、サノスケの言葉を聞いて態勢を後ろに倒しながら手をついて両足を投げ出しながら天井を見上げて、呆れたといわんばかりにそう告げた。


「なるほどな。ケイノトの『退魔組』の現場預かりの野郎は『サテツ』とかいう妖魔召士だったか? あの野郎とその下にいる『退魔士』連中をまるごと奪おうって腹積もりだろうな」


 ヒノエは暑いのか胸元を少しだけはだけさせながらそう告げると、チラリと着物の内側の大きな乳房が揺れているのが見えた。


 サノスケはつい視線をそのヒノエの胸元に向けてしまう。


 長身でツヤのある長い髪をしているヒノエは華奢ではあるが、ふとした仕草に色気がある大人の女性である。そんな彼女が目の前で無防備に胸元を開けて見せるのだから、健康な成人男性である『サノスケ』が釘付けになってしまうのも無理はないだろう。


「……」


 流石にヒノエは自分の胸に露骨な視線を向けてくるサノスケを見て、自分の胸元を隠しながら姿勢を正すとサノスケも我に返ったのか慌てて口を開いた。


「い、いや……! もちろんそれもあるだろうが、ヒュウガとやらの狙いはイツキ様の方だと思う」


「イツキ? 誰だそりゃ」


「あ……」


 サノスケは交渉を有利に行う為に残しておいた材料を咄嗟に口にしてしまい、慌てて口を噤もうとしたが時すでに遅し。気になる事を口にしたと思えば直ぐに隠そうとし始めたサノスケの態度を見て、重要な情報が隠されていると判断したヒノエは獲物を逃すまいと、サノスケの方へと近づいていく。


 そしてそのままサノスケの首に手を回したヒノエは、自分の胸元へと抱き寄せて口を開いた。


「あんだ? イツキって野郎は誰なんだ?」


「い、いや……! べ、別に」


 誤魔化そうとするサノスケにヒノエは更に体を密着させると、そのまま自分の胸にサノスケの顔を押し当てた。彼はヒノエのふんわりとした香のような匂いが鼻孔をくすぐり、そのままされるがまま動かなくなった。


「お前さっきも私の乳ばっかり見てたよな? ちゃんと話せば好きなだけこの乳を揉ましてやってもいいぞ?」


「え……!」


 ヒノエの言葉に目の前にある彼女の大きな胸に、再び視線を向けてしまうサノスケであった。


「ちょ、ちょっとヒノエ組長!」


「ふっ、冗談にきまってんだろ」


 そこにヒノエの組の部下達が立ち上がって慌てて口を挟んでくると、彼女は直ぐにサノスケを離すのだった。


「あ……」


 サノスケは離れて行くヒノエを名残惜しむように、必死に視線で追いかけながら声を漏らした。


「まぁお前がそれ以上話したくないならそれでいいぜ? どちらにせよヒュウガ達は『ケイノト』に向かったんだろ? だったらもうそれで十分だしな」


「ま、待て! 奴がミヤジに行き先を告げていたのを聞いたんだ! ケイノトの町じゃなくもっと詳しい場所をだ!」


 ヒノエが話は済んだとばかりに腰を浮かせて立ち上がろうとしたが、そこでサノスケは慌ててそう告げるのだった。


「ほう? そりゃあ本当の事なんだろうな?」


「あ、ああ……! 情報は確実だ。何せ俺達の座敷牢に来た奴らが目の前で話をしていたんだからな!」


 突然ぺらぺらと本音を喋り始めたサノスケを見て、ヒノエはにやりと笑みを浮かべながら再びサノスケの耳傍に近づいた。


「お前、私と一緒に本部に来るか? 私の部屋なら誰も邪魔は入んねぇし、目一杯楽しめるぞ?」


「!?」


 驚くサノスケから顔を離したかと思うと、ウインクをするのだった。


「は、はぇ?」


「まぁ、お前次第だがな。私にどうしても話を聞いてもらいたいって言うなら、仕方なく聞いてやってもいいぞ? 別に私はこのまま帰ってもいいが」


「わ、分かった! 分かりました! あ、貴方にヒュウガ達が話をしていた内容を話したいです!」


「ほう? そんなに私に聞いて欲しいのか?」


「はい! お、お願いします。俺の話を聞いて下さい!」


 信じられない程に従順になってしまったサノスケを見て、予備群の男達や『一組』の組員達は驚いた様子でヒノエとサノスケの顔を交互に見ていた。


 床に這いつくばって話をさせて欲しいと告げるサノスケに、ヒノエは舌なめずりをしながら蠱惑的な笑みを浮かべるのだった。

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