第1266話 交渉と大きな勝負所

「ああ。話す内容は途切れ途切れだが、少しは聞こえてきたな。何やらここの護衛隊の連中がヒュウガという男に突然斬りかかったみたいだが、それを妖魔召士が使役している妖魔に取り押さえられて、そしてそのまま返り討ちにあったみたいだったな」


「その妖魔は人間の言葉を発していたか?」


「そこまでは分からないが、確かその妖魔は人間達から『王連おうれん』と呼ばれていたな」


「天狗の『王連』が居たという事は契約者の『ジンゼン』殿が居たのは明白だな。その場にヒュウガと呼ばれている男も居たと思うが、そいつが何か話をしているところは聞こえなかったか?」


 そのヒュウガという男の名前を出した時、彼女の目の変貌ぶりをサノスケは見逃さなかった。どうやらこの妖魔退魔師の組長の狙いは他の妖魔召士や天狗の『王連』ではなく、その首謀者である『ヒュウガ』唯一人なのだろうとアタリをつけるのだった。


 ――ここで彼はより深く思考する。


 目の前に居る妖魔退魔師の組長がここに来た理由は、ヒュウガという男の行方だろう。


 この旅籠町の襲撃の一件で死者という被害を出した事や、その事実確認も捜査の名目には多分に含まれているだろうが、本当の目的はヒュウガという妖魔召士の居場所で間違いない。


 裏を返せば『ヒュウガ』の行方は彼女だけでは無く、その母体となる『妖魔退魔師』全体でも行方を掴めていないという状況で間違いないだろう。


 流石にそこまでが彼女の『交渉』の範囲内だったとすれば、ここまでの『交渉』内容に粗と斑が生じて説明がつかない点が多くなり、サノスケから見た彼女の抱く論拠の確立の筋道とは大きく逸脱してしまう。


 そういう人間も確かに居るだろうが、もし後者の場合であれば取るに足らない相手に成り下がるとサノスケは考えるのだった。


(つまりヒュウガとかいう男の居場所を知る俺にとっては、ここが一番大きな勝負所で間違いないという事だな。さて、どうするか……)


 ――彼の持つ手札にはヒノエの思惑を上回る切り札が存在している。


 それは彼と同じ『煌鴟梟』の組織のボス『トウジ』と、彼と同じ『煌鴟梟』の大幹部であった『ミヤジ』の存在である。


 隣の部屋の座敷牢に入れられていた『妖魔召士』達が、ヒュウガ一派とみられる妖魔召士の旅籠町の屯所襲撃によって脱獄させられた事で目の前の組長格が、この旅籠に本部から捜査でヒュウガの行方を追っているとみられるが、どうやら先程の質問の仕方を見るにまだ『妖魔召士』のヒュウガとやらが『煌鴟梟』のボスのトウジと幹部のミヤジを連れていったという事を知らないだろう。


 ヒュウガ一派が妖魔召士の仲間を脱獄させる為に、予備群の屯所を襲撃したという事ならば理解は出来るが、そもそもの関係がない『煌鴟梟』の二人を連れ出す理由がないのだから、知りようがないのも無理は無かった。


 しかしサノスケにとっては、煌鴟梟のボスであった『トウジ』は別にしても、同じ大幹部である彼が置いて行かれてミヤジだけを何故ヒュウガは外へ出したのか。それは事情を知る彼ならば理解の出来る話ではあったのである。


 今では『妖魔召士』の下部組織『退魔組』で頭領補佐として所属しているイツキだが、元々は彼はこの『煌鴟梟』の初代のボスであり、そのイツキがボスであった頃から『ミヤジ』は彼によく懐いていた。


 サノスケもミヤジも裏の顔だけでは無く、表の顔である『商人』として同じように一流を目指してはいたが、ミヤジはイツキが煌鴟梟のボスの座を二代目に譲り渡した後も他の幹部達と違って、ずっと組織を出て行ったイツキを慕い続けて関係を続けていた。


 その事をヒュウガという男が知っていたならば、当然『ケイノト』の町の『退魔組』に居るイツキを誘い出す為にトウジとミヤジを連れて行く事だろう。


(ヒュウガという男がそこまでしてイツキ様を買っている理由までは分からないが、確かに煌鴟梟のボスであった頃のイツキ様は荒事になれば誰よりも頼れる御方であったのは間違いない。二代目の煌鴟梟のボスとなった『トウジ』様は商才だけを見ればイツキ様より上だろう。しかしイツキ様が煌鴟梟のボスのままであったならば、俺達煌鴟梟は牢に入れられる事はなかっただろうと断言出来る)


 どうやらこのサノスケという男もミヤジと同じで、イツキの『戦闘面』に関しての能力の事などはさっぱりのようだが、その人間のでイツキという男を理解しているようであった。


(トウジ様達がヒュウガという男に連れられて何処へ向かっているかを喋れば、二度とミヤジやトウジ様の元に戻れなくなるだろうが、すでに煌鴟梟は壊滅しているんだ。先を考えればここで妖魔退魔師側についたほうが賢明だな)


 『煌鴟梟』という既に壊滅してしまった組織に後ろ髪を引かれる思いを抱きながらもサノスケは、一歩前へ進む事を選ぶようであった。


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