第1243話 仕方ないから

 そしてキネツグはようやく自覚した自分の魔力を用いて、戦闘態勢を取るのに必要な魔力を展開し始めるのだった。


 しかしその横で先程まで『式』を出さないキネツグに、また自分勝手な事をやろうとしているのかと忠告を行った『チアキ』は、そのキネツグが『魔力』を必死に周囲に展開し始めたのを確認して、また声を出さずには居られなくなってしまったようであった。


「あ、あんた……! ば、馬鹿にしてい……!?」


 この期に及んでまたこの馬鹿が、ふざけた事をしていると勘違いをしたチアキが咎めようと口を出したが、そこでチアキの声に顔を向けて来た『キネツグ』の泣きそうな顔を見て言葉尻が窄んでいってしまうのだった。


 突然見せたキネツグの表情に声を失ったチアキに一歩近づくと、彼女にしか聞こえない程の小声でキネツグは呟き始めた。


(し、信じられないだろうが、今から俺の言う事を聞いてくれ! で、出来れば周りに居る先輩方にも聞かれたくない話だ!)


(は、はぁ? こ、こんな時にアンタは何を言ってるのよ! 妖魔退魔師達はもう戦闘態勢に入っているのよ? ゆ、悠長にあんたの話なんて聞いている暇ないわよ……)


 そう言ってキネツグから離れようとしたチアキだが、そのチアキの腕を後ろから掴んで強引に彼女を引き寄せながら耳傍で呟いた。


(原因は不明なんだが、い、今の俺は『魔力』が出せないんだよ!)


(は?)


 衝撃の事実を聞かされたチアキは、直ぐに周囲を見渡してこっちに聞き耳を立てている者が居ないかを確認した後に再びキネツグに内緒話をする為に耳傍に近づいて言葉を投げる。


(今のアンタの出せる魔力の限界でいいから、さっさと何かを出しなさい!)


(え?)


(はやくしろ!)


(あ、ああ……! わ、わぁった!)


 別に相棒でもバディを組んでいるわけでもない『チアキ』だが、キネツグは彼女とずっと行動を共にしていた為、彼女がこんな顔をしている時は本気で何とかしようと考えている時だと気づき、直ぐに言われた通りに『魔力』を込めて懐から『式札』をその場に投げ飛ばした。


 ぼんっという音と共に、キネツグが自分の魔力で使役しても魔力が枯渇しないだろうと判断出来た妖魔をその場に出すのであった。


 ――【妖魔:(小)鬼 戦力値:120万 ランク:1】。


 ――【妖魔:幽鬼 戦力値:400万 ランク:1】。


 キネツグが出した二体の『式』は人型すら取る事が出来ない、ランク1の使い魔とされる低級の妖魔であった。


(ちっ! 思った以上に矮小ね)


 チアキはそう小声で呟くと直ぐにキネツグの出した『式』の周囲に、自分の懐から式札を取り出して同じように投げたのだった。


 さっきのやり取りの中でチアキは、既にキネツグの状態を察していたのだろうが、本当に今のキネツグの状態が何の役にも立たない、それこそ退魔組に居る『上位退魔士じょうたいま』にすら劣る状態なのだという事を明確に理解したチアキは、自分の使役している『式』とは別に、キネツグの周りに彼女の契約している他の『式』を並べ始めるのだった。


 ――【妖魔:鬼人 戦力値:2200億 ランク:4】。


(私も自分の『式』に術式を施す事になるから、あんたの周囲の妖魔までは『禁術』を施せそうにないけど、私の大事な『鬼人』を一体渡しといてあげるから、上手くその子に身を守ってもらいなさい)


(お、お前……?)


 ランク『2』や『3』までの『式』ならば、そこまで他者に扱わせる事は痛手ではないが、流石にランク『4』の『鬼人』を他者のみを守る為に使わせるなど、普通は考えられない事であった。


 それ程までにランク『4』以上の妖魔は強さを兼ね揃えているだけではなく、それ相応の契約に必要な『魔力』を必要となり、更にそれを使役し続ける事で相当の『魔力』を消耗するのである。


 自分の為に使う『魔力』の消費ならば理解が出来るが、同じ妖魔召士とはいっても自分の命がかかっているようなこんな状況で他者の為に『魔力』と貴重な『式』を費やす事は、現在の妖魔召士の常識ではあり得ない事であった。


 ――それこそ『ゲンロク』達の妖魔召士組織であっても、他人の為にこんな真似が出来るのは『エイジ』くらいのものではないだろうか。


(残されている魔力では自分の身を守れないんでしょ? だったら。生き残ったら精々私の役に立ってもらうから)


 そう言って彼女はキネツグから視線を外すと、手渡した『鬼人』の妖魔に『キネツグ』を守る様に指示を出し始める『チアキ』であった――。


(すまねぇ、チアキ! 恩に着るよ)


 キネツグはそこまでしてくれたチアキに感謝の言葉を告げるのであった。

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