第1237話 天賦の才

 ユウゲはイツキが妖魔退魔師衆の男の一人をあっさりと殺めたところを見て全身が総毛立った。


(あ、有り得ない! 『魔瞳まどう』も使わず手印を結ぶ事もせずに術式を完成させて、即座に術を発動させるなんて!)


 元来、捉術を使う為には『魔力』とその魔力を用いて術を発動させる為に『キー』と呼ばれる術式が必要となる。


 一般的に妖魔召士達が使う順序としては『魔瞳』で『魔力』を目に集約させた後に、手印を結び捉術を使うというのが本来の流れなのである。


 それも『動殺是決どうさつぜけつ』は術式の準備を整えていたとしても発動までには、それなりに時間を要する部類の捉術なのであった。だからこそ『動殺是決』の扱いは難しく、色々と他の術を用いて最後の一撃必殺代わりに使うのが常とされているのである。


 ――だが、今イツキはその本来必要となる順序の過程を全て飛ばして捉術を使って見せたのだった。


 ユウゲでさえ理解が及んでいないが、イツキの先程の『動殺是決どうさつぜけつ』の完成度は単なる『妖魔召士』では再現する事が出来ない程であり、再現を可能とするならば『最上位』とされる『妖魔召士』の最高位の存在だけであろう。


「て、てめぇ……!」


 妖魔退魔師衆の仲間があっさりと殺されたことで、他の妖魔退魔師衆達はイツキを明確な『敵』と認めて抜刀を開始するのだった。


「おいおい、お前らから手を出してきておいて逆切れしてんじゃねぇよ……。仕方ねぇ、妖魔退魔師を二人も相手にするんだ、ちっとは本気にならねぇとな。ユウゲ、悪いがこの裏路地から俺の魔力が漏れでねぇように『結界』を張ってくれ」


「え……? は、はい!」


 何をしようとしているのか分からないユウゲだったが、ひとまずは言われた通りに自分達の居る周囲一帯にのみ『結界』を施し始めるのだった。


「よし、流石はサテツ様が認めていた『特別退魔士とくたいま』様の張る結界だなぁ?」


 イツキはここに来る前にサテツに言われた事をそのまま皮肉を言うように告げるのだった。


 そして死人となった男を掴んでいたイツキはその場に投げ捨てると、今度は『左手』に宿らせていた『魔力』を一度消したかと思うと、精神を統一させるかのように両目を閉じた後、一気に『魔力』を開放させた。


 すると次の瞬間、が、先に覆わせていた金色のオーラと絡みあうように混ざり合っていく。


 ――それこそはここ『ノックス』の世界とは違う、数多の世界で『』と呼ばれるモノだった。


 そして今イツキが使っている『二色の併用』はただの『併用オーラ』ではなく、かつて大賢者『エルシス』が僅か数十秒程の体現を可能とした『青』と『金』の二色の併用であり、それも『青』も単なる『浅葱色あさぎいろ』ではなく、妖魔退魔師『ミスズ』や『スオウ』に『ナギリ』と同一の『瑠璃るり』の『青のオーラ』を用いた『青』と『金』の『二色の併用』の体現であった。


 先程までとはまた比べ物にならない程の『魔力』は、周囲に可視化が出来る程の膨大な魔力であった。


「ユウゲ、距離のある複数の相手を同時にする時に使う捉術は何だ?」


「と、咄嗟に思いつく限りですが、時間を要していいのならば一番効果的なモノは『空空妨元くうくうぼうげん』、魔力量に左右されますが、周囲一帯に魔力を放って一時的に対象者達の動きを遅くする『魔重転換まじゅうてんかん』がありますが……」


「術式が分からねぇからどっちも使えねぇな? 面倒だからお前の説明で出来そうな事をやってみるか」


「何をゴチャゴチャと! 我々に手を出した以上、お前を取り押さえて本部に連行させてもらう!」


 ひゅっという音と共に、恐ろしい速度で妖魔退魔師衆がその場から移動を開始した。


「イツキ様……!!」


 ユウゲではもう妖魔退魔師衆の動きを目では追えず、声を出す事しか出来なかった。


「『魔重転換まじゅうてんかん』ってのがどういう術式か分からねぇが、原理はこういう事だろ?」


「「ぐ、ぐあぁっ……!?」」


 イツキを覆う二色のオーラが更に輝きを増したかと思うと、次の瞬間にはイツキの近くまで斬りかかって来ていた二人の妖魔退魔師衆、それに近くに居たユウゲまでもが突然何かに圧し潰された感覚を味わうと共に地面に叩きつけられて、驚きの声をあげながら這いつくばるのだった。


「おっと……、悪い悪い」


 イツキはユウゲの方を見ながら軽く右手を上げると、その場に縫い付けられたかのように動けなくなっていた三人の内ユウゲだけが普段通りに動けるようになった。


「お前の言っていた『魔重転換まじゅうてんかん』の術式は分からないが、お前が説明した通りに試してみたがどうだ?」


「わ、私には今イツキ様が使われた術が何か分かりません! 『魔重転換まじゅうてんかん』は体に重しをつけた程度の効果で、精々がなのです……」


(こ、こんな……術は私は見たことがない! 『魔重転換まじゅうてんかん』はめを必要とせずに気軽に使える対多勢対策に使える事で重宝される捉術であったが、今イツキ様が使われたモノはその『魔重転換まじゅうてんかん』とは比べ物にならないモノだった。相手の動きを封じるどころか、それ単体にして相手を即座に戦闘不能にさせる程のモノだった……! そ、それも術式や魔瞳もを介さずに、こんな僅かな時間であっさりと発動出来てしまうなんて……!)


「まぁ『妖魔召士』達の使う捉術ではなくても、こうして動きを封じられたんだからいいだろ」


 そう言ってイツキはゆっくりと地面に這いつくばる妖魔退魔師衆達の元へと向かっていく。


「ユウゲ、お前の『式』にこいつらを丸ごと食わせろ」


「では『牛鬼ぎゅうき』を出しますが、本当に宜しいのですか?」


「流石に俺がやったと妖魔退魔師組織の連中に露見するのは不味いからな。ヒュウガ殿一派の『妖魔召士』が放った『式』がやった事にしたい」


「分かりました」


 ユウゲはイツキの言葉に頷くと懐から『式札』を取り出して放り投げると、ぼんっという音と共に一体の妖魔が出現するのだった。


 どうやらユウゲと契約をしている妖魔なのだろうが、その妖魔は人型をとっておらず、牛の体と鬼の顔がくっついたような妖魔だった。


 しゅるるるという変わった呼吸音と共に、その妖魔は地面に這いつくばらされて動けない妖魔退魔師衆の男達に近づいて行く。


「ひっ……、た、助けて!! お前の事は、だ、誰にも言わないから!!」


 ユウゲはその言葉を聞いてちらりとイツキを一瞥するが、イツキは首を横に振った。


 しゅるるるる――。


 ――次の瞬間、喉を鳴らしながら牛鬼は妖魔退魔師衆の男達を丸呑みしてしまい、その場には何も残らなかった。


 ユウゲの使役した妖魔が『妖魔退魔師衆ようまたいまししゅう』の男達を呑み込んだのを見届けたイツキは満足そうに頷いた。


「よし! さっさとミヤジを呼んで、俺達も加護の森へ向かうぞユウゲ」


 仕事は終わったとばかりにイツキはそう告げた後、自分の長屋へと歩いて行ってしまうのだった。


(さ、サテツ様より強いどころの騒ぎじゃない! こ、これだけの強さを持つイツキ様のどこが『上位退魔士じょうたいま』なのだ! へ、下手をすればイツキ様は『ヒュウガ』様や『イダラマ』様に匹敵する程なのではないか!?)


 ――イツキという男は最初から『妖魔召士』の下部組織の『退魔組』に居たわけではない。


 『煌鴟梟こうしきょう』という組織に居た単なる犯罪集団を纏め上げているだけの男だった筈である。


 当然幼少期の頃にどこの町でも行われる『魔力』の計測で強制的に『魔力』を計測されて、その時の結果では彼は『妖魔召士』となれる『魔力』が無いと判断されたのだろうが、それはあくまで幼少の頃の持っていた魔力の絶対数のみで判断された結果なのだろう――。


 魔力は生まれた時からある程度高くなければ『捉術』や『魔瞳』を使えない為に、魔力を伸ばす事が出来ずに幼少の頃の計測時点で、一定数値に達していなければ『妖魔召士』の資格なしと判断されてしまう。


 しかし近年は『ゲンロク』という男が『妖魔召士』組織の暫定の長となった事で、ある程度の魔力さえ持っていれば『妖魔召士』となれる規定の『魔力値』に達していなくても『退魔士』として『妖魔召士』組織の下部組織『退魔組』に選ばれるようになった。


 どうやらイツキという男も例に漏れず『妖魔召士』と呼ばれる程の『魔力』は持ち合わせてはいなかったようだが『上位退魔士じょうたいま』になれる程度には『魔力』を有していたのだろう。


 そしてそれだけには留まらず、この世界では他ではあまり見る事がない為に、その存在自体知られていない様子ではあるが、彼は先天性の贈り物と呼ばれる生まれながらにして特別な資質を持ってこの世に生を受けてきていた――。


 ――彼は『金色』のオーラの体現者だったのである。


 金色のオーラの体現者は、その発動を可能にしている時点で本来の持っている『魔力』や『戦力値』を10倍にする事を可能とする。


 つまり彼の本来の魔力では『上位退魔士じょうたいま』にしかなれなかったとしても、このオーラを纏っている時に限れば、彼は『上位退魔士じょうたいま』の状態から更に『魔力値』が10倍に膨れ上がるのである。


 そうなれば当然彼の魔力は『上位退魔士じょうたいま』程度では無くユウゲの居る階級『特別退魔士とくたいま』を大きく上回り『妖魔召士』としての扱いを受けるに十分に値する数値を持っている事になるだろう。


 つまり彼が『金色』を纏ってさえいれば、十分に『捉術』や『魔瞳』を使う事が可能であるという事になり、当然それら『捉術』を使えば『魔力』を地道にではあるが、少しずつでも必ず上げて行く事も可能となるのである。


 彼は犯罪集団『煌鴟梟こうしきょう』のボスであった事に加えて慎重な彼の性格も相まって、これまでこの事を公には公表せずにきていた為、今でも彼は『上位退魔士じょうたいま』として多くの者達に見られているが、本当の彼の魔力は既に『妖魔召士ようましょうし』と変わらない。


 更に言えば彼は青のオーラをも後天的ではあったが会得するに至っている。それも単なる浅葱色あさぎいろの淡い『青』のオーラを使えるというわけではなく、と言える『青』の可能性、その限界まで極め続けた結果、この世界で言えば妖魔退魔師達。別世界で言えば『ソフィ』といった大魔王の到達した位階領域。


 ――『』と呼ばれる『青』のオーラの体現に至っている存在であった。


 そして先程の彼が見せた『力』をこの世界の存在の多くは理解に至る事は無いだろうが、冒頭に述べたが彼は『二色の併用』を用いていたのである。


 『瑠璃色』と『金色』の『二色の併用』――。


 この世界の武の天才『妖魔退魔師、副総長ミスズ』を以てして、その併用オーラの存在を知らず、ソフィと共に行動をしていた事で最近ようやくその領域を知るに至った『オーラの技法』。


 そして別世界『アレルバレル』の大賢者『エルシス』でさえ、数十秒の体現が限界であった『浅葱色の青』と『金色』の『二色の併用』の上位互換と言えるオーラを完全にコントロール出来ている事からも、彼が如何に『魔』に関して天賦の才を秘めていたのか分からない程である。


 それこそしっかりとした『魔』の師が彼についていたとするならば、彼は『妖魔召士』の、別世界であれば『の魔法』に『の魔法』にまで至っていた事は自明の理であろう。


 何か一つでも欠けてしまえば『完全』に至るに値しないのが世の常ではあるが、だからこそ彼は今もこうして誰にも警戒されずに『強者の存在』としてのイツキを世界に隠して過ごせているのであった――。


 ユウゲは唖然としながら去って行くイツキの背中を見る。そしてユウゲはイツキという男の評価を更に改めるのだった。

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