第1228話 いい妖魔と、悪い人間

「ある程度の潜伏場所を教えてくれれば別に、私についてこなくても良かったのよ?」


 妖魔召士達に『隻眼』と呼ばれているキョウカは『ヒュウガ』達が根城にしている洞穴の居場所を案内してくれている『鬼人』にそう告げるのだった。 


「気にしないでくれ。自分がやりたいからやっているだけだ」


 この鬼人は元々は『ヒュウガ』一派の妖魔召士の一人『ミョウイ』という男と契約を交わしていた妖魔であったが、契約主であったそのミョウイにさほど信頼関係もなかったようで、キョウカにやられたからと言って報復をしたりもせず、あっさりと今度はキョウカに協力してくれるのだった。


 どうやらこの鬼人が『ミョウイ』と契約をしていたのも彼の同胞を探す為にミョウイと契約関係を結んでいただけであり、ある程度の期間『ミョウイ』の元で他の妖魔召士の『式』となった妖魔を探っていたが、結局探していた同胞は見つからず諦めかけていたところだったようで、ちょうど彼にとってはタイミングよく契約主が死んでくれた事で、それならそれで彼にとっては都合が良かったようである。


「そう……」


 そしてその都合よくミョウイを倒して自由にしてくれたキョウカに、せめてものお礼にとばかりに『ミョウイ』と行動を共にしていた『ヒュウガ』達の居る洞穴へとこうして案内してくれているのであった。


(妖魔召士の『式』だったとはいっても、今の彼はもう野良の妖魔と変わらない筈なのに、討伐しようと思えないのよね。今後人間を襲ったりしたらまた別なのでしょうけど)


 妖魔を討伐する事を生業とする『妖魔退魔師』組織に属するキョウカだが、これまで直接『妖魔召士』と戦った経験はない為、その妖魔召士の『式』であったとはいっても妖魔とこうして会話を交わしながら道案内をされている事にどこか不思議な感覚が芽生えつつあるようだった。


 そして森に入ってから少し移動を行った場所に、目立つ程に大きな洞穴があった。


「この洞穴に『妖魔召士』の者達が居る筈だ」


「ありがとう。教えてくれて感謝するわ」


「こちらこそ自由にしてくれて感謝する。それじゃあ俺はこのまま行かせてもらうが構わないな?」


 どうやらキョウカと戦闘になれば勝てないと理解しているようで、逃げる素振りを一切見せずに堂々と確認を行う鬼人だった。


「ええ、もちろん。今後再会した時に貴方が人を襲っていたらその時は別だけどね?」


「ふっ……。まぁ絶対とは言い切れないが、アンタが生きている間中は『山』から降りるつもりはないよ。人里の生活は懲り懲りなんでな」


 ――その言葉は本心だろう。


 何故だか分からないがキョウカは確信を持ってそう思えたのだった。


「おやおや、これは珍しいですねぇ? 妖魔を狩る事を生業とする妖魔退魔師が、仲良さそうに妖魔と会話をしていますよ?」


「どうやらミョウイ殿と、アチシラ殿はしくじったようですね。相手はたった一人だというのに情けない事ですな」


 キョウカと鬼人の会話を聞いていたのであろう。洞穴の中から二人の妖魔召士が出て来て、そう告げるのだった。


 最初に喋っていた片耳がない男も、その後に話し始めた恰幅のいい男もどちらも紅い狩衣を着ていた。つまりは彼らも『妖魔召士』なのだろう。


「それにしても『式』にされていた妖魔が、敵に寝返ってここまで道案内をするのは気に入りませんね」


「その通りだな。もうミョウイ殿の式ではないのだから消してしまうか」


 恰幅のいい方の男がそう口にすると、唐突に目の色が青く変わった。


 …………


「! 貴方、さっさとこの場から離れなさい!!」


 どうやら恰幅のいい方の妖魔召士の目が青くなった事で、ここまで道案内をしてくれていた『鬼人』に魔瞳を使ったのだと判断したキョウカがそう叫ぶが、どうやら『鬼人』は上位妖魔召士の『魔瞳まどう』の魔力圧にのまれてしまったようで、動けなくなっていた。


「ちっ……!」


 背中から大刀を抜いてキョウカは『鬼人』を助けようとするが、そこに片耳がない『妖魔召士』が立ち塞がった。


「おやおやぁ? 妖魔を討伐する妖魔退魔師様が、鬼人の妖魔を助けようとするおつもりで?」


 ぼんっぼんっ、と音を立てながら、次々に複数の『式』の妖魔を展開しながら、彼自身もキョウカに向けて『青い目ブルー・アイ』を発動させた。


「くっ……!」


 魔力の波が襲い掛かって来るのをキョウカは見えたが、そちらを回避する事を優先させられたせいで、動けなくされた鬼人を助けに向かう事が出来なかった。


「あっ……! ああっ……!!」


 魔瞳『青い目ブルー・アイ』によって動きを封じられた『鬼人』の元に、恰幅のいい妖魔召士が近づいたかと思うと手を翳す。


「クククッ! 妖魔が妖魔退魔師に媚び売ってんじゃねぇよ、死ね!」


 ――捉術、『動殺是決どうさつぜけつ』。


「ぐ、ぐああっっっ!!」


 上位妖魔召士の捉術によって、油断から魔瞳で動けなくされてしまっていた『鬼人』は断末魔をあげながら苦しみ始める。


「おやおや、殺されるくらいなら強制的に契約しておいて、今後の盾代わりにすればよかったのでは?」


「ふふふ、ミョウイ殿には悪いが、こんな使えぬ鬼人を『式』にするくらいならば殺してしまった方がよい」


「おやおやぁ……、そう言われてはミョウイ殿も浮かばれませんなぁ?」


 まだ妖魔退魔師のキョウカが居るというのに、二人の紅い狩衣を着た妖魔召士は会話をする余裕を見せるのだった。


 そしてそのキョウカは二人の会話を聞きながら、ここ最近で一番気分を悪くするのであった。

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