第1227話 何かが気に掛かるイツキ

 退魔組を出たイツキは道中ずっとユウゲに対して愚痴を零していた。


 退魔組の中でのイツキは『上位退魔士じょうたいま』という立場である為に、ユウゲよりもずっと下の立場だが、一歩外に出て退魔組の見知った者達が居なくなれば、一気に普段通りの振る舞いに戻る。


「それにしてもミヤジとトウジの野郎が『仕出し』なんていう、東の都で流行っている文化を持ち出してきやがった所為で、仕事の手間を増えちまったぜ」


「ははは。しかし確かに流行る理由は分かるってものですね。自分から食べに行かなくても料理を運んできてくれるなら、仕事の合間でも手を止めなくていいし便利ですもんね」


「ああ……。近い将来東の方だけじゃなく全国で流行するだろうよ。最初は物珍しさから客側も店側も二の足を踏むかもしれねぇが、徐々に浸透して利用する奴らが増えて来れば、こぞって真似をする連中は増えるだろう。そして増えれば増える程、今度は『仕出し料』を下げて注文を増やして稼ぐ連中が増える。そうなれば更に今度は『仕出し』専属の人間を多く雇えるようになるし、仕出しを頼む者の住居が少し遠くとも運べる範囲が増えて利用者も増えるだろう」


 ぽんぽんと頷ける情報を出して来るイツキに、ユウゲは感心しながら相槌を打つのだった。


「結局は最初に手を出した者達と次にその成功者を見て機転を利かせられる者達が儲かる。トウジがこの案を出したとミヤジが言っていたが、どうせアイツの事だから『仕出し』も新たな商売として取り入れようとか考えていたんだろうな。まぁ、結局とっ捕まっちまって、ヒュウガ殿と仕事をする裏稼業の道に戻っちまったようだがな」


「稼ぐ事に長けた人間ってのは、本当に色々考えてるんだなぁ。ワシら戦う事しか能が無い人間には出来ねぇですよ」


 ユウゲが同じ『特別退魔士とくたいま』と居る時のような年相応の話し方をしている。本当に感心していて素が出ているんだなとイツキは話をしながらも胸中で察するのだった。


「まぁ色々考えてくれるのはいいんだが、そのしわ寄せがこっちに来ている事については許せねぇがな。見てろよユウゲ。あのサテツの野郎は味を占めたら今度から、事がある毎に俺らに飯を持ってこさせるようになるぜ?」


「それは勘弁してもらいたいです」


 本当に嫌そうな表情をしているユウゲを見た事で、ようやく溜飲が下がったのかイツキは笑い始めるのだった。


 そしてようやく目的の食事処が見えてきた所で、前から歩いてくる男をイツキとユウゲは同時に見る。


(こいつ人型をとっているが、正体は間違いなく『妖魔』だな)


 ぱっと見ただけでは分からないが、退魔士であれば直ぐに分かる程の気配であった。


 その妖魔はゆっくりとイツキ達の前まで歩いてくると、やがて足を止めて口を開いた。


「もうすぐここは戦場になる。お前達は直ぐに『退魔組』へと戻り、サテツ殿を含めた全退魔士達を『加護の森』周辺へと集めさせろ。置いて行かれた者は切り捨てる。以上が『ヒュウガ』殿からの伝言だ。既に外に居る『特別退魔士とくたいま』達には森へ向かうように伝えてある。お前達も急ぐんだな」


 一方的にその妖魔はイツキ達……いや、イツキだけを見ながらそう報告すると、そのまま去ろうとするのだった。


「待て。お前らが報告に来れるのなら『煌鴟梟』の者達を使わずに、最初からお前が来ればよかったんじゃないのか? 何故『ミヤジ』や『トウジ』を『退魔組』の元に伝言に向かわせた?」


 隣で聞いていたユウゲは至極真っ当なイツキの言葉に、確かにその通りだと考えるのだった。


「彼らには彼らだけのという事だ。まぁ強いて言うならば私がこの町に楽に入れたのも目聡く『監視』する『片目の女』が居なかったからだ」


 その言葉を最後にもう何も告げる事はないとばかりに、その妖魔は歩を進めて去って行くのだった。


(『片目の女』の監視。確かに『隻眼』を遠ざけた事で今の野郎が町の中へと入って来れた。奴の目に嘘の色は宿っていないように感じられたが)


「ひとまずイツキ様、今の話をサテツ様のところへ持っていきましょう。悠長に蕎麦を持ち帰っている場合ではありませんよ!」


 ヒュウガ殿達に遣わされてきたであろう『式』の妖魔の言葉で、何やら思案を始めるイツキだったが、その隣に居るユウゲは直ぐに『退魔組』へ戻って今の話をサテツ様に報告をと口にするのだった。


「ん……。ああ、そうだな」


 何か考えに引っ掛かりがあったイツキだが、ユウゲの告げた言葉が優先だろうなと思い直してそのまま踵を返して元来た道を引き返す事にするのであった。

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