第1229話 囮
「ちっ……!」
このまま放っておけば確実に死が待っているであろう『鬼人』の元に、大太刀を構えたキョウカが向かっていく。それを妨害しようと『妖魔召士』達の『式』が立ち塞がるが、そんなモノで止められるキョウカではなく、あっさりと斬り伏せて式札に戻させていくのであった。
ぼんっぼんという音を立てながら、ランク『4』程度の『式』達が札に戻されていくところを使役者である『妖魔召士』は見ていたが、全く怯む様子もなく笑みを浮かべたままであった。
「ほう? この『鬼人』がそんなに大事ですか? それならば急いだほうがいいですぞ? もういつ絶命してもおかしくはない状況ですからねぇ?」
「おやおやぁ……、妖魔退魔師の組長ともあろう御方が、そんなに必死になって敵である『妖魔』を助けようとなさるのですかぁ? これは信じ難い事ですなぁ」
片耳がない方の妖魔召士と、無駄に太っている妖魔召士の両名は捉術を施した『鬼人』の近くで迫って来るキョウカを見ながら笑い合う。
周りに居る『式』達を倒しながら一直線に突っ込んでいくキョウカだが、まだまだ『式』の数は多く斬り伏せても斬り伏せても、ぼんっという音と主に新たな『式』が出現しては、キョウカに立ち向かっていく。
どうやらこの二人組は湿地帯に居た妖魔召士達とは違って、そこまでランクの高い妖魔を『式』にしている様子はないが、その代わりに数多くの『式』と契約をしているようで、既にキョウカが斬り伏せた妖魔も10体程を越えているが、まだまだその倍近くの妖魔が彼らを守る様に立っているのであった。
「くそっ……! 次から次へと邪魔くさいわね!」
流石は妖魔退魔師の幹部達を束ねる組長だけあって、戦力値2000億から2800億程を有するランク『4』の妖魔達が、次々とキョウカの攻撃で屠られていく。まるで『式』の妖魔達は相手になっていないが、それでも倒した傍から再び二人の妖魔召士の手によって新たな『式』が次々と呼び出されていくのである。
こんな事になるなら『ヒサト』と共に来ればよかったと、キョウカは少しだけ後悔をするのだった。しかしそれでも夥しく出現する妖魔達を無傷でそして一撃で確実に仕留めて行く。
片目でどうやってこの数の妖魔の攻撃を躱し続けられていくのかと、恰幅のいい方の妖魔召士は徐々にキョウカの動きに魅了されたかの如く『式』を出す野も忘れて見入り始めるが、それを見た片耳がない方の妖魔召士が声を掛けた。
「そろそろ足止めは十分でしょう。私達も離脱しますよ『シロウ』」
「あ、ああ……。そ、そうだな『カツヤ』」
どうやら恰幅のいい方の妖魔召士の名は『シロウ』という名で、片耳の方の妖魔召士は『カツヤ』というらしい。
シロウとカツヤは同時に『契約紙帳』から再び『式』を呼び出したかと思うと、これまでの戦闘要員とは違い、大きな鳥を使役し合うと、直ぐ様妖魔召士達はその鳥の妖魔の体に飛び乗るのだった。
「くっ……! 逃さない!」
既に数十という妖魔をたった一人で相手しながら前進を続けていたキョウカは、目の前で鳥の妖魔で逃げようとする二人の妖魔召士を視界に捉えたかと思うと、地面を思いきり蹴って空高く跳躍をするのだった。
「……シロウ」
「分かっていますよ!」
片耳の妖魔召士『カツヤ』に呼びかけられた恰幅のいい方の妖魔召士『シロウ』は、空を跳躍してこちらに向かってきているキョウカに『
「一気に距離を詰めようとする気持ちは分かりますが、空中では身動きは取れないでしょう?」
シロウが『青い目』を放った瞬間、カツヤは手印を高速で結んだかと思うと、地に居る数多くの人型となっている妖魔達に術を施す。どうやらカツヤの術式は、ミョウイが使っていた禁術とはまた違う術のようで、キョウカにやられていなかった妖魔達が次々に目を赤くしたかと思うと、めきめきという音と共にその人型の妖魔達の腕が異様に太くなり筋肉が膨張していく。どうやら筋肉を強化する術のようであった。
対象の力をあげる事に特化させた術式なのかもしれないが、空で魔瞳の脅威に晒されているキョウカには、その術は確かに効果的に思えた。
普段のキョウカであれば、いくら力を増強させたところで掠りもしないだろうが、今のキョウカは空を飛んで身動きが取れない状態となっている上に『シロウ』の魔瞳『
いくら妖魔退魔師の隊長である『キョウカ』といえども、無防備の状態でパワーを強化されたランク『4』の数多くの妖魔から一方的に殴られ続ければ耐えられないだろう。
「グアアアッ!!」
そして下に居た妖魔の一体が態勢を低くしたかと思うと、その近くに居た妖魔がその態勢を低くした妖魔の肩に足を乗せてキョウカのように跳躍を果たしたかと思うと、空に居るキョウカを下から襲い掛かって来る。
そのタイミングは妖魔召士の魔瞳の魔力の波が、空で身動きの取れないキョウカの目の前まで来ているところであった。
(いちか……っ! ばちかっ!)
キョウカは跳躍したそのままの勢いを殺さず、わざとその方向を妖魔召士から向かってきている魔力の圧の方へと身を向けたかと思うと、空の上で大太刀を思いきり振り切って衝撃波を目の前に飛ばすのだった。
「馬鹿め! 魔力の波を斬ることは出来ぬ!! そのまま魔瞳の波に呑み込まれて身動きとれぬままに地に伏せるがよい!」
前方に向けて思いきり衝撃波を飛ばした反動で、キョウカはがくんっと態勢を崩しながら少しだけ空から落下する速度が早まる。迫って来ていた『魔瞳』の魔力の波からキョウカの体の軸がズレて落ちる。
しかしこのままではそこまで影響はなく『魔瞳』に呑み込まれると誰もが思ったが、衝撃波を飛ばした事で態勢が一回転したキョウカが地面に頭から落ちて行こうとするところを反対に下から迫って来ていた人型の妖魔が迫って来ていた。
「いい子ね」
キョウカは持っている大太刀を投げ捨てると、キョウカを下から殴ろうと伸ばしてきていた人型の妖魔の右手を首を捻って躱すと同時に、右手で妖魔の右手の前腕部分、そして左手を妖魔の右手肘関節部分をガシリと掴んでそれを支えにしながら思いきり両足を揃えて思いきり空気抵抗を下に流すと、そのままキョウカは妖魔の下側へと自分の体を滑らせるようにして入れて、そのまま器用に妖魔の背中を今度は思いきり蹴って地面に落下していく。
下から蹴られた妖魔は反動でキョウカが居た場所にコンマ数秒留められてしまい、そのまま魔瞳の波に呑み込まれて空中で動けなくなったまま落とされるのだった。
対して身動きが取れずにそのまま魔瞳に呑み込まれる筈であったキョウカは、下から殴り掛かってきてくれた妖魔を身代わりにして、魔瞳を回避しながら無傷で地面に着地するのだった。
「……ば、化け物か?」
空を飛べない人間が空中で自在に自分の体を操って魔瞳を回避して見せたのを見たカツヤは、唖然としながらそう口にするのだった。
「も、もう行くぞシロウ! 早くこの場を離脱せねばあいつが次に何をするか、わかっ……!?」
自分と同じように大鳥の妖魔の体に乗って空を飛んでいる筈のシロウに、あの『隻眼』はこのまま放っておくと何をするか分からないから早く離脱しようと最後まで告げる前にその口を閉じる事となった。
「かっ……かがっ! へばべ……!」
何とシロウは先程のキョウカの衝撃波によって『式』の妖魔ごと体を真っ二つに斬り裂かれていたのである。
ぼんっという音と共に『式』が消えたかと思えば、体が二つに分かれた状態でシロウは地面に落ちていき、やがてドサリという音が片耳の男『カツヤ』の耳にも聞こえるのだった。
(あっ? さっきのあの女の攻撃は『魔瞳』を回避する為ではなく、明確にシロウを狙ったのか!? 自分が空の上で身動きが取れなくなっていて、更にはそのまま身動きが取れないまま落ちて行って、妖魔達に殴り殺されるかもしれないというあの状況で……!?)
「そ、そんな馬鹿な……、ははっ……! 偶然にシロウが奴の放つ衝撃波の射線上に居ただけだ……ろっう!?」
そう自分に言い聞かせたカツヤがちらりと視線を下に向けると、いつの間にか『隻眼』は投げ捨てた大太刀を拾い直しており、そして周りに居た『式』を全て消滅させるところを見てしまった。
そしてぼん、ぼんっという音と共にその場に居た『鬼人』以外の全ての妖魔が『式札』に戻された後、キョウカはこちらに向けて大太刀を向けたのが見えた。
「こ、この場から早く離脱しろ!! こ、殺されるっっ!!!!」
慌ててカツヤは自分の『式』の大鳥に命令を下すと、慌ててその場から去って行った。
「逃したか……」
空を飛び去って行く鳥の妖魔と『カツヤ』を見ていたキョウカは、そのまま体が真っ二つとなったシロウの横を無視して歩いて行き、まだ何とか生きている様子の『鬼人』の元へ向かうのだった。
「生きているかしら?」
「な、何とか……!」
『鬼人』は頭を押さえて苦しそうにはしているが、流石にランク5だけの高ランクの妖魔であって、どうやら声を出せる程まで既に回復を果たしている様子であった。キョウカはその様子を見て先程の『妖魔召士』達の力量をある程度把握し、そして次に戦う時の為に修正を加えるのだった。
やがてキョウカは一呼吸すると、辺りを見回して口を開いた。
「どうやらもうここにはヒュウガ達は居ないようね」
「あ、ああ……。どうやらお前を森に誘い出す為に、ミョウイ殿達は囮に使われたようだな」
「そのようね。周りに気配はないからもう大丈夫だと思う。ちょっと貴方はそこで休んでいなさい。私は貴方の案内してくれた洞穴の中を見てくるわ。誰かが来たらもう私に構わずに逃げなさいね」
そう一方的に告げたキョウカは、鬼人の返事を待たずに洞穴の方へと歩いて行くのだった。
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