「話を盗み聞きしていたがソフィの旦那は、あのやべぇ女に『魔瞳（まどう）』を放つつもりらしいぞ」

「ああ……。さっきあの女の魔力を測ってみたが別に大した事はなかった。いくら戦力値が膨大だとしても魔力がお粗末過ぎれば、俺達魔族の『金色の目（ゴールド・アイ）』を防ぐ事なんざ出来ねぇだろう……とは思うのだが、どうだろうな」

　この世界に来る前までのヌー達であれば、魔族の扱う『魔瞳（まどう）』に大した魔力を持たない人間が対抗しようとするだけであっても嘲笑の的でしかなかったが、ヌーはここまで『ノックス』の世界を体験してきた事で、実際に自分達の想像を越える人外達を何度も目撃してきている為に、もしかしたらミスズはソフィの『魔瞳（まどう）』を『魔力』を使わずに防ぐ事が出来るのではないかと、僅かにではあるが頭にチラついている様子であった。

　そのヌーと同じことを考えていたセルバスは、これから行うソフィの『金色の目（ゴールド・アイ）』に注目する為に神経を尖らせるのであった。

「ではこの世界の人間達が使う『魔瞳（まどう）』のように、お主を動けなくするという目的でこれから行うがそれで構わぬだろうか？」

　『妖魔召士（ようましょうし）』の『魔瞳（まどう）』が相手を動けなくする以外の他の効力があるのかを知らないソフィは『妖魔召士（ようましょうし）』の『魔瞳（まどう）』を実際に受けた時の事を思い出して、その時の効力を再現するつもりでミスズに告げる。

「ええ、それで構いませんよ」

　ソフィの『魔瞳（まどう）』の説明の言葉を聞いて、内心では他にも効果があるのかと考えた。しかしそれを今考えたところで大した意味はないと意味のない考えを捨ててソフィの『魔瞳（まどう）』を『回避』する事に意識を向け始めるのだった。

「確かに『妖魔召士（ようましょうし）』とやらの『魔瞳（まどう）』は魔力の波が相手に襲い掛かる事で相手に対して怯ませる効果も加えられて、実際の相手の動きを封じるという行為の目晦ましとしても使えるようで大したものだと思えるが、その実お主らのような並外れた戦闘の卓越者を前にしては、学習をされてしまって単なる隙を生むだけになってしまいかねない」

　ミスズはソフィの言葉を耳でしっかりと聞き届けながらも実際には、彼の使う『魔瞳（まどう）』にも魔力の波が来るかもしれないと、ソフィの目からは確実に視線を外しながらもその周囲への警戒は怠らない。

「あくまで『魔瞳（まどう）』の本来の効果を期待するのであれば、隙を生じさせぬ我らの『魔瞳（まどう）』である『金色の目（ゴールド・アイ）』がお主らには最適だと思うのだが……。さて実際はどうであろうか？　『回避』を行えるというのであれば、是非行って欲しい」

　そう告げたソフィの目が金色に輝き始めると、周囲にキィイインという音が響き渡った。

（またこの音！　この音が聞こえてからソフィ殿の『魔瞳（まどう）』が効力を発揮して、シグレが気を失ったのは僅か数秒だった。あの時は『魔瞳（まどう）』の発動から効果が生じるまでの時間が短すぎて何も『回避』に繋がるキッカケを掴めませんでしたが、これだけ距離があるならばじっくりと観察が出来る筈……！　音、魔力の奔流やその魔力の流れる速度でもそれ以外でも何でもいい！　この場で『回避』を行うヒントになる何かを見極めて見せる！）

　――魔瞳、『金色の目（ゴールド・アイ）』。

　ソフィが『魔瞳（まどう）』を放った瞬間からこの部屋に居る者達は信じられない事をやってみせるのであった。しかしやはり最初に着目する者は、ソフィの『魔瞳（まどう）』を受ける相手である副総長ミスズであろう。

　ソフィが『魔瞳（まどう）』を放つ寸前まで何もオーラ等を纏っていなかったミスズだが『妖魔召士（ようましょうし）』達のような魔力圧が来ないと感じたほんの僅かなコンマ数秒という時の中で、一瞬にして『瑠璃』のオーラを全身に纏って見せたかと思えば決してソフィの方を見ようともせずに、ソフィの捉えられる視野のギリギリ死角となる場所へと一足飛びで移動してみせたのであった。

　そして見事な回避をして見せたミスズとは別にもう一人、信じられない事をやり始めた者が居た。

　――『妖魔退魔師（ようまたいまし）』総長のシゲンである。

　相対するミスズよりもソフィに近い場所に居た彼だったが、『魔瞳（まどう）』が放たれる寸前にソフィの背後に移動を行い始めたかと思えば、そのまま自身をソフィと同じ軸に合わせながら、ソフィの可能な目路内の把握を開始したのである。

（ミスズがあの場から跳躍を行った後にソフィ殿は、それを視線でしっかりと追いかけてはいたが、その視線がミスズを捉えても『魔瞳（まどう）』の効力は反映されていない。つまりは放った瞬間で一度『魔瞳（まどう）』の効力は完結しているのだろう。続けて打つ事は出来るかは不明瞭だが、最初の一波を避け切る事が出来れば後の事はどうでもいい。後は実際に受けた時の効力の規模、魔力で劣る我らが動けるようになるまでの時間の差異。それらを詰める必要があるな）

　ミスズがソフィの真横へと跳躍を果たして大きく安堵の溜息を吐いた頃には、実際に対策を試みようとしてからは初見となるシゲンの分析が終えるのだった。

「か、躱しやがった……！」

「いや『魔瞳（まどう）』なんていうのは戦闘中に織り交ぜて使うからこそ真価を発揮するんじゃねぇか。それに所詮はあの状態のソフィの魔力だ。俺達魔族の『魔瞳（まどう）』を完全に避けられると決まったわけじゃねえよ」

　セルバスの感嘆の声に対してそうケチをつけるヌーだが、内心では非常に悔しい思いを抱いていた。何故なら確かに魔力の有無で相手に対する効力や、その与える効果時間は変貌するのだが『魔瞳（まどう）』の発射速度が大きく変わる事はない為に、たとえソフィが『第三形態』であったとしても今（・）と（・）同（・）じ（・）よ（・）う（・）に（・）ミスズが『回避』が出来ていたであろうという事がヌーには理解出来た為であった。