第1019話 キネツグの式、虚空丸

「へっ! 流石は天才と呼ばれたエイジ殿だ! 長らく第一線から退いていた身でここまで恐ろしい威圧感を放たれちまうと、現役の俺達でもやるべき行動が正しいのか二の足を踏んじまう」


 エイジはその言葉を全て信用する程、自分を含めた『妖魔召士ようましょうし』を甘くは見ていない。

 『妖魔召士ようましょうし』となった者達は、年端の行かない若い者達であってもゲンロクの作り出した『退魔組』に属する退魔士連中とはワケが違う。


 野良に生きる恐ろしい妖魔達と、毎日のように戦い続ける『妖魔召士ようましょうし』は、相手が自分より強かろうが、弱かろうがそんな事は一切関係が無く、戦い生き延びる為にあらゆる方法を日夜考えながら生きている。


 そんな『妖魔召士ようましょうし』が戦うと決めた相手を前にして、たかが威圧感程度を放たれたところで尻込みするような事は一切無い筈である。


 キネツグは既にエイジを相手に何らかの作戦を立て終えていて、後はこちらの油断を誘って自分のやるべき作戦。それを行うタイミングを図っているといったところだろう。


(さて、互いに『魔瞳まどう』は相殺されている状況だ。捉術を用いて前線での肉弾戦か、それとも『式』を利用して後方支援に回る手筈か『キネツグ』は頭の回る『妖魔召士ようましょうし』だ。油断をしてはいないが、何をされるか警戒はせざるを得ないだろう)


 あくまでエイジは自分から仕掛けるのではなく、相手からの行動に対して対抗するというスタンスを取るようであった。


 キネツグの観察を続けていたエイジだったが、そのキネツグの目の色がのを見て、強引に魔瞳まどうの増幅を行うと判断して、その場から一歩下がる。


(小生を相手に魔瞳まどうのごり押しは、無駄だと理解している筈。つまり魔瞳まどうを何か別の事に使用する為に費やすつもりだな)


 そして警戒するエイジの前で、遂にキネツグは新たな一手を繰り出した。

 取り出した『式札』を左手に一枚、右手に二枚持ち替えると、左手に持つ一枚を投げて『式』を展開させるのであった。


(成程……。先程の『青い目ブルー・アイ』は小生を対象とする目的で発動したわけではなく、小生の捉術から『式』を守る為に結界を張ろうといったところか)


 ボンッという音と共に、札が光を放つと一体の妖魔が出現する。


「でやがれっ! 『虎空丸こくうまる』!!」


「……」


 出てきたのは、黄土色に近い黄色の身体に黒と白の縞模様が目立つ、虎を人型にしたような妖魔であった。


 【種族:妖魔 名前:虚空丸 戦力値:1480億 ランク:3.5】


「むっ……!」


 元々は虎の妖魔なのであろうが、人型をとっている事でエイジは直ぐにこの妖魔がランクが『3』以上なのだと理解する。


 そして突然の『式』の出現で少しだけ警戒心を強めるエイジを見て、即座にキネツグは強めた『魔瞳まどう』で用意していた結界を『虚空丸こくうまる』の周囲に張る。


(よしっ! 手筈は整ったぞ。結界を無事に張れた事で、一瞬で虚空丸を消滅させられるという危険性は無くなった) 


 しかしそれでもエイジが相手では余り時間は無い。直ぐに禁術である『縛呪ばくじゅぎょう』で『虚空丸こくうまる』を完成させなければならない。


 『魔瞳まどう』である『青い目ブルー・アイ』の連続使用で、少なからず疲労を感じ始めたキネツグだったが、そんな事はおくびにも出さずに、チアキとの共闘の為の時間稼ぎの為に自らの『式』の強化に全力を注ぎ続ける。


 ――捉術、『縛呪ばくじゅぎょう』。


 キネツグは『魔瞳まどう』で目を青くしながら、相手の攻撃から虚空丸を守る為に周囲に結界を展開し、更には手印を結びながら禁術を発動させる。


「ぐがががっっ!!」


 突如使役されて無言で周囲を見渡していた虚空丸だったが、彼を使役した妖魔召士『キネツグ』の 『縛呪ばくじゅぎょう』によって唐突に苦しみ始めるのだった。


 しかしその光景を見たエイジは、突然目の色を変えた。


「お主……! まさかお主までもが易々と禁術に手を出していたか。一人前と認められていない退魔士であればまだしも、曲がりなりにも『妖魔召士ようましょうし』と認められた、お主までもが!」


「へっ! 使える力を使わずにやられる馬鹿はいねぇだろ! 古くせぇ習わしを大事にしながら、敗北しろエイジ殿!!」


「ゴルルルゥッッ!」


 先程まで涼しい顔をしていた人型の虎の妖魔であった『虚空丸こくうまる』は、低い唸り声をあげながらエイジを睨みつける。


 【種族:妖魔 名前:虚空丸 戦力値:2960億 ランク:4.5相当】


「『妖魔召士ようましょうし』の面汚しめがぁッ……!!」


 エイジは先程までとは別人に見える程に怒りを顔に滲ませる。そしてエイジの目もまた先程のキネツグのように『魔瞳まどう』のが増していくのであった。

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