第851話 退魔組の問答

 初めて会った時にはこちらを信用する目をしておらず、攻撃する事すら厭わないといった様子を見せていたエイジだったが、この長屋でサイヨウの話をしただけだというのに、もうエイジの目は仲間を見るような温かい視線に変わってソフィを見ていた。


 どうやら彼の中では『サイヨウ』という人間を心から信用し、言い方を変えればに近いものを持っているのだろう。完全にソフィを仲間だと認識した彼は再び口を開いた。


「良ければお主達の名を教えてもらってもよいかな?」


「我はソフィだ。人間でも妖魔でも無く『』という種族である」


 コクリと頷いたエイジは次にヌーの方を見るが、ヌーはエイジと視線を合わせたまま口を開かない。


「そちらの方は……?」


「すまぬな。こやつも魔族で名は『ヌー』というのだ。少しばかり口数の少なく慎重な男なのでな。許してやってくれ」


「ちっ……!」


 ヌーは勝手にソフィに名前を教えられた事で舌打ち混じりにソフィを睨むのだった。


「なるほど。ソフィ殿にヌー殿だな。では、そちらの人間に見える彼女も?」


「いや、そやつは……」


「コイツは魔族でも無いし、人間でも無い。。名は『テア』という」


 急に早口になってテアの紹介を始めるヌーであった。


「そ、そうかテア殿か……っ、し、死神!?」


 彼はテアの名前を教えられて納得しかけたが、その後にふと『死神』という言葉に引っかかるのだった。


「お主らが『式』と呼んでいるようなモノと同じく、我たちもまた『魔力』を通して『神』を使役……いや、降臨させてその『神』に認めた場合に限り、契約を結ぶことが出来るのだ」


「か、神と契約を結ぶ!?」


 ソフィの補う言葉を聞き、意味は理解したエイジだったが、まさか『神』をこの世に自在に体現させて契約を結ぶという荒唐無稽な説明に、驚きを隠し切れないエイジだった。


 この世界では『妖魔神』と呼ばれる神々にカテゴライズされる存在が居るが、それでも妖魔は妖魔であり『神』と呼べる存在では無い。


 あくまで妖魔の中の神という括りである為、こうして目の前に人型の姿をとる『神』を前にして、食い入るように見てしまうエイジであった。


「てめぇ……! なにテアにガン飛ばしてやがる」


「むっ……。これはすまぬ」


 口元から鋭利な犬歯を見せながら苛立ちをぶつけるヌーに、エイジはあまり見ないようにしようと心掛けるのだった。


「こやつはそのテアという死神を溺愛しているようでな。すまぬが気を付けてやってくれ」


「誰がコイツを溺愛してるって言った? ふざけた事を抜かしているとてめぇも潰すぞ」


 フォローを入れようとしたソフィだったが、その言葉はヌーには、気に入らなかった様子であった。


「ふふっ。どうやらお主達は『退魔組』の言うような者達では無かったな。安心したぞソフィとやら」


 エイジはそう言うと視線をゲインと呼ばれていた少年に送る。ゲインはコクリと頷くと立ち上がり、再び先程の板をずらし始める。


 しかし今度は板を土間と居間の間に置くのではなく、玄関の入り口の方へと持っていくのだった。


「まだ聞きたい事は山ほどあるが、ひとまずはお主達、奥の部屋に移動してもらえるかな? がこちらに押し掛けてきたようだ」


 エイジが片膝をついた後、何かを詠唱しながら立ち上がった。


 すると板を通して土間の外側に結界が放たれる。範囲は土間からこの家屋の玄関だった。

 そして次の瞬間、がんっ、がんっと戸を叩く音と、ここを開けろと怒鳴る声が外から聞こえてくるのであった。


「ゲイン。ソフィ殿達を奥へ案内しろ」


「分かった!」


 板をずらした後に慌てた様子で居間に戻ってきていたゲインにエイジはそう告げると、脱兎の如くゲインは駆け出して、先程までは壁にしか見えなかった場所まで走っていき、何やら印行を結び始めるゲインだった。


 ――すると壁の一部が光り出したかと思うと、その壁はうっすらとボヤけていく。なんと壁だった場所には何も無くなり、奥へと続く通路が出現するのだった。


「さぁ、皆さん早くこちらへ!」


 ゲインがソフィ達の元へ戻ってくると、御盆を抱えあげてそう言うのだった。


 ソフィ達は戸惑うそぶりを見せたが、ひとまずは言う通りにした方がいいだろうと判断し、ゲインが開けた通路の方へと走っていくのであった。


 その様子を見届けた後にエイジはゆっくりと立ち上がり、ソフィ達の履物を回収しながら外へ声を掛けるのだった。


「一体何かね? 人が寝ているというのに騒がしい……」


「エイジ殿か! 先程こちらの居住区側で大きな衝撃音と、喧騒が聞こえたと屯所に報告があった。何か知っている事があるなら、聞かせてもらいたい! ひとまず、ここを開けられよ!」


 どうやら表通りにある『退魔組』の方へ、町人の誰かが通報したのだろう。それでこちら側に出張ってきたと見える。


「面倒な事だ」


 溜息を吐きながらエイジは、そこでようやく結界の媒体となる板をどけるのではなく、、玄関の戸を開け放つのであった。

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