第852話 不敵な笑み

 エイジが玄関の戸を開け放つと長屋の前に三人の若衆が詰めかけていた。

 どうやら表通りの『退魔組』の退魔士たちのようであった。


「何だというのだ。全く騒々しい……」


 エイジは先程のソフィ達と応対していた時とは、比べ物にならない程の不機嫌を全面に押し出した表情で戸を叩いていた『退魔組』の若衆達を睨みつける。


「うっ……! え、エイジ殿! 寝ておられる所を申し訳ない! 先程こちらで大きな衝撃音があったと報告があったのだが、な、何か聞いてはおられぬだろうか」


 最初の勢いは何処へやら。退魔組の若衆達は『妖魔召士ようましょうし』のエイジの不機嫌な顔を見た途端に気圧されて、遠慮気味に尋ねてくるのだった。


「小生は何も知らぬ。お主らの頭領殿たちと、無駄に長い会議を終えて戻ってきて、ようやく寝床に着いた所だったのだ。そんなくだらん用件を言いに来ただけならばさっさと去れ」


 そう言って強引に話を打ち切って、エイジが家に戻ろうとする。しかしそこで退魔組の若衆達の一人がぼそっと呟いた。


「くっ……! がいつまでも偉そうに……」


 後ろ手に戸を閉めようとしていたエイジは、その言葉にピタリと動きを止めた。


「お、おい……!!」


「ば、馬鹿!」


 退魔組の他の二人が先程呟いた者に注意をしようとしたが、その制止の言葉より先にエイジが動いた。


 恐ろしい形相を浮かべたエイジは、早口で何かを詠唱し始めた。

 その瞬間、暴言じみた言葉を吐き捨てた退魔組の若衆は、そのまま向かいの長屋に向かって一直線に吹き飛ばされていき、戸を突き破って家の中へ押し込まれて白目を剥きながら泡を吹いて気絶しているのが見えた。


「事情を深く知らぬ木っ端風情が、誰に向かってそんな口を利いている? 小生を舐めているなら殺すぞ……」


 そう言い捨てた後、エイジがギロリと残った二人を睨みつけると、退魔組の二人は震えあがったかと思うとそのまま過呼吸を起こし始めた。


「若衆達の無礼は謝りますから……。そこまでにして頂けませんか?」


 突然その声が聞こえたかと思うと、退魔組の若衆達の隣にエイジとは色が違う狩衣を着た少年が立っていた。


「お前は確か『特別退魔士とくたいま』の『』だったか」


 エイジがイバキの方を見てそう言うと、少年はニコリと笑って頭を軽く下げた。


「あーあ。こりゃあ酷い。この馬鹿、完全にのびてやがるわ」


 そう言って先程エイジの手によって、向かいの長屋に吹き飛ばされた退魔士を両手で抱えながら、髪をオールバックにした体格のいい男がこちらに向かってくるのだった。


「今度はお主ら『特別退魔士とくたいま』様のお目見えか。貴様らまさかとは思うが、小生達をもこの町から追い出そうって肚か?」


 そう言うとイバキと呼ばれた少年は、困った表情を浮かべるのだった。


 ……

 ……

 ……


 エイジの長屋の隠し部屋の中に身を潜めているソフィ達は、空いている戸の先から聞こえてくる声に顔を見合わせる。


「この声は先程の食事処に居たあやつらのようだな」


 ソフィが小声でそう言うと、ヌーは微かに頷きを見せた。


「どうやらあの赤い奴が雑魚を吹き飛ばした事で、上役が警告に来たっていうところのようだな」


 退魔組の若衆を雑魚呼ばわりするところは昔と変わっていないヌーだったが、その目は真剣そのものでいつでも飛び出せるように身構えている。


 どうやら『魔力感知』か『漏出サーチ』のどちらを使ったかは分からないが、イバキ達の魔力値を覗き見たのだろう。決して低く見ていい相手では無いと、ヌーのその真剣な眼差しから見て感じ取るソフィだった。


 ……

 ……

 ……


「ん? 何か妙な気配を感じるね」


 不敵な笑みを浮かべてエイジと対峙していたイバキがそう口にすると、彼はエイジの長屋をそっと覗こうとする。しかしその視線を遮るように、エイジは一歩横に移動して戸の前に立つ。


(結界を外側に向けている故、滅多なことをせぬ限りは中の様子は探れぬ筈だが、ソフィ殿たちが何か行ったか?)


 先程、退魔組の若衆達が長屋を尋ねてきたとき、ソフィ達の存在を知らせたくない彼は、板を媒体にして結界を張り直したエイジだった。


 エイジの張った『結界』はソフィ達に向けて使ったものとは違い、存在を稀薄にして人除けを行う類の結界であった。


 この結界の内側であれば、、外に居るイバキ達にバレる事は無い筈だった。


 しかしどうやらヌーが『魔力感知』や『漏出サーチ』といった相手の魔力を測る魔法をイバキ達に使った事で、目聡くイバキは気づいたようであった。


 ヌーやフルーフの使う『隠幕ハイド・カーテン』や、影忍の麒麟児である『リーネ』のような技術があれば、余程のことが無い限り魔力を使っても彼らに感知されずに存在を消す事が可能であるが、どうやらエイジの結界の効力では、イバキクラスの退魔士であれば、一度違和感に気づいた事で存在を認識出来たようであった。


 まだソフィ達が居る事がバレたワケでは無いだろうが、この違和感に捕らわれている状態のイバキに、

 もう一度ソフィやヌーが『漏出サーチ』などを使えば、もう隠し通す事は出来ないだろう。


「そちらが実力行使に出るというのであれば、小生もこの『裏路地』に居る仲間達も黙っては居らぬ!!」


 エイジは突然大きな声をあげながら『魔力』を開放し始める。


「!?」


 その瞬間に『イバキ』は若衆二人の襟首を掴んで大きく背後へ跳躍する。そしてオールバックの男『スー』が『イバキ』の前方に立って戦闘態勢に入る。


 イバキとスーの両者は完全に長屋の中にを頭から消して、目の前の厄介な『妖魔召士ようましょうし』に視線を移すのだった。

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