第821話 式からの解放

「ひとまず『妖魔召士ようましょうし』の事は分かった。それよりもまずは、お主を解放してやりたいと思うのだが、一度『式』とされた者達を戻す方法は無いのか?」


「貴方もおかしな人ね。私のような妖魔の話を本当に信じているように感じる。さっきまで私と殺し合いをさせられていたのに……、どうして?」


 『動忍鬼どうにんき』はここまで親身になって話を聞いてくれている彼に対して、ずっと疑問を抱いていた。


 彼は自分と同じ妖魔ではない。妖魔であれば同じ妖魔である自分が気づかない筈が無い。この世界では妖魔と人間以外の種族などは存在していない。


 つまり彼は人間の筈なのである。しかし今の時代に私たち妖魔の言葉をまともに聞こうとする酔狂な人間が居るとは思わなかった。


 今の時代、普通の人間たちも妖魔は敵だと思い込んでいる。しかし人間が妖魔を狙う事、それ自体は仕方の無い事ではある。自分達妖魔側も同胞達を取り戻す為に、人里の人間達を襲っていたからである。


 だから動忍鬼はここまで自分の話を真摯に聞いてくれたり、戦いを行った相手の傷を癒してくれたりするソフィを不思議な人間だと思うのだった。


「そういえばお主は自我を失っておったな。先程タクシンとやらを追っていった者と我は、この世界の者では無く、別の世界から来ただ」


「え?」


 目の前の若い青年は、妖魔では無いとは思っていたが、何と人間でもなかったようだ。それどころか彼たちはこの世界の者達では無く、別の世界から来たらしい。


 突然思いがけない事を告げられた動忍鬼は、今の彼女の胸中をそのまま示したかのような顔をしていたのだった。


「まぁ、我が魔族であろうが人間であろうが、お主の話を聞いた今では、何とかしてやりたいと思っておる」


 それは今ソフィが動忍鬼に伝えておきたい心情であった。


「今一度聞くが……。お主をタクシンとやらの『式』から解放する方法はあるのか?」


 再度同じことを聞かれた動忍鬼は、色々と理解出来ない話ばかりで混乱していたが、それでもこのソフィという存在は信じられると動忍鬼は信じるのだった。


「私を『式』にした『妖魔召士ようましょうし』の持つ『』から私、その『妖魔召士ようましょうし』の命を断てば、を無かった事に出来るわ」


 どうやら『式』の契約自体を無くす方法は複数あるようで『妖魔召士ようましょうし』の持ち物の『契約紙帳』とやらを処分するか、その契約主の人間の命を断てば、無事に妖魔達は解放されるようであった。


「ふむ、ならばもうすぐお主自体は何とかなりそうだな」


「え? そ、それは何故……?」


 ソフィの突然の言葉に疑問を持った動忍鬼は、どういう事なのかをソフィに聞こうとした瞬間。突然、自分の胸辺りに違和感を感じ取るのだった。


「ぐっ……!」


「どうした? 何があったのだ!」


 動忍鬼が目の前で突然胸を押さえながら苦しみ始めたのを見たソフィは、傷は確かに治した筈だと思いながらも再び治癒を施そうと『スタック』を始めようとする。


 しかし動忍鬼は大丈夫と言わんばかりに、右手をあげてソフィに合図を送る。


 やがて何事もなかったかのように、動忍鬼は顔をあげた後に両手を見ながら口を開くのだった。


「私を『式』にしたあの人間からの魔力が、私から完全に消えて無くなった……?」


 信じられないとばかりに自分の両手を見ながら、動忍鬼はそう呟くのだった。


「成程。どうやら先程の話にあったお主の契約を行っておった人間が死んだ事によって、お主は『式』とやらから解放されたようだな」


「ま、待って! ど、どうやって倒したというの? アイツは昔から居る『妖魔召士ようましょうし』とは違うけど、それでも私なんかじゃ太刀打ちできないくらい、とても強い『妖魔召士ようましょうし』だったのよ!?」


 動忍鬼ほどの強い妖魔がそう告げる程、先程の人間は強かったらしい。ソフィは感心するように首を縦に振るのだった。


「確かに人間であれ程の者は中々おらぬだろうからな。だが流石にヌーが相手では、どうしようもなかったようだな」


 動忍鬼はソフィの言葉に出てきた人物をよくは知らなかったが、こうして自分が『式』から解放された現実を突きつけられた事で、タクシンという『妖魔召士ようましょうし』が倒されたという事実を信じざるを得なくなったのだった。


(※『動忍鬼どうにんき』はタクシンの事を『妖魔召士ようましょうし』と呼んでいるが、厳密には妖魔召士では無く『特別退魔士とくたいま』である)。

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