第819話 策略勝負

 夜空に再び雨雲が集まっていく。

 この世界では天候を自在に操る魔法等は存在しない為、これほど短期間の間に天気が変わる事は無い。しかしこれはヌーの放とうとしている魔法の影響であり、当然ながら自然に出来た雨雲では無い。


 今もかなりの高さから落下していっているタクシンは、空を仰ぎながら先程の雷光が再び自分に向かって襲い掛かって来るだろうと理解している。


 だが、当然今は鳥の『式』に捕まっているワケでは無い為、先程のように雷の一撃を躱す事は出来ない。雷の一撃を受けた衝撃で自分はどうなるかは分からないが、今はそちらの心配よりもリスクを負ってでも、作り上げたこの状況を上手く利用しなければならない。


(奴の居場所は分かっている。後は奴が先程の雷を落とそうとした時、目にものをみせてくれる)


「地上へ降りて仕切り直そうとしたのだろうが、残念だったな? 今の貴様は落下する事しかできまい!」


 タクシンの目論見通り、ヌーは空を飛びながら魔力を解放し始めた。こちらが手出しできないと見て、油断をしているようだった。


「死ねっ!」


 ――神域魔法、『天雷一閃ルフト・ブリッツ』。


 先程の雷光の一撃である『天空の雷フードル・シエル』とは、速度も威力も桁外れの『天雷一閃ルフト・ブリッツ』がヌーから放たれた。


 既に『行』の準備はしていたが、想像よりも速い魔法の発動だった為に『タクシン』の額に汗が浮かんだが、するのだった。


 ヌーはこの瞬間でも『隠幕ハイド・カーテン』で姿を隠していたが、既にタクシンには居場所は完全に分かっていた。そしてそのタクシンは術を用いて、ヌーを対象に威力無き攻撃に転じた。


「な、何……!」


 タクシンが何やら呟きながら最後に『日輪印』を結ぶと同時、自分に向かって降り注いでくる雷光の射線上にヌーの身体が引き寄せられていく。


「自分の技であの世へ行くがいい」


 タクシンとヌーは引力に逆らいきれず、地面に向かって落下していく。そして空を飛べるはずのヌーでさえ、今はタクシンの術によって身動きが取れずに自身が放った『天雷一閃ルフト・ブリッツ』が背に向かって落ちて来るのを悟った。


 この時点でタクシンの目論見通り、仕掛けた『罠』が成就して、ヌーを仕留めたと確信出来た。タクシンの術の所為か、それとも『隠幕ハイド・カーテン』を自分で解いたのか、ヌーの姿が見えるようになり、その表情が分かるようになった。


 タクシンはヌーが絶望の表情に染まり、怯えていると信じて疑わなかったが、その表情を見た瞬間に目を丸くする。


 ――


「馬鹿めが! その技はすでに


 なんとタクシンの術に掛かり動ける筈が無いヌーが、魔法を発動させるのだった。


 ――神域魔法、『エビル』。


「な、なんだ、こ、れは……!?」


 黒い球体が出現したかと思うと、そのままタクシンの身体を呑み込んでいく。


「ぎ、ぎゃあああっっ!!」


 見た事の無い恐怖と悍ましい感覚がタクシンを襲い、それを見たヌーは既にタクシンを見てはおらず、何かを期待するように虚空を見つめている。


 閃光の一撃はそのままヌーに向かって降り注ぎ、もうすぐ傍という所まで迫ってきていた。


「よし、解けたか」


 タクシンの身体が全て球体に飲み込まれた瞬間。動けなくなっていたヌーの身体が自由に動くようになった。そして既にしていた『スタック』の内、もう一つを発動させる。


 ――神域『時』魔法、『次元防壁ディメンション・アンミナ』。


 間一髪と言うタイミングで『時魔法タイム・マジック』が発動し、自分に向かって降り注いでくる『天雷一閃ルフト・ブリッツ』は、全く違う次元へ逸らされて消えていった。


 『隠幕ハイド・カーテン』を使ってわざと自分の居場所を探らせて、それ以外の行動を目晦ましさせる事に注視し、相手に勝ちの目を見せた事で勝利を確信させて油断を誘ったヌーは、タクシンを仕留めてみせるのだった。


「――」(まぁアイツが勝利するのは分かりきっていた。てか、そんな事よりあれ……、メッチャ痛いんだよね。もう私は二度と味わいたくないよ)


 ――は、口笛を吹いて勝利を収めたヌーに対して、ぱち、ぱちと拍手を贈るのだった。

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