第818話 戦闘の玄人

 タクシンは『式』を使役しながら戦闘を行う退魔士であり、こんな状況下では本来の半分以下の実力しか出せてはいない。それとこの魔族と言う奴らが侮れないのは、非常に面倒な戦いをする事に長けているというところである。


 このヌーという魔族が特別なのか、それともこの魔族と言う種族自体が戦闘に長けた種族なのかは分からない。しかし間違いなく言える事は単純な妖魔達とは比較にならない程に、このヌーと言う魔族は賢い。


 先程から姿が見えなくなった魔族だが、タクシン程の戦いの経験を持つ者であれば、相手の攻撃の瞬間にそこを見極めて避ける事も可能なのだが、その攻撃の終わりには必ず場を荒らす事を目的とした魔法を使ってくるのである。


 姿を消したとしても、攻撃を繰り出す瞬間には場所を探る事は出来る。しかし反撃を考えた場合、こうして攻撃の終わりに場を荒らされると、再び相手の位置がリセットされてしまい分からなくなるのである。


 昨日今日この戦い方を始めた者であったならば、こちらの洞察や経験則、はたまた勘といった要素によって、偶然にも場所を探られた瞬間に相手は油断を見せて愕然とするか、ひた隠そうとするあまりどこか歪な動きを晒してしまう物である。


 しかしこちらが勘頼りに攻撃を仕掛けて、当たりそうになった惜しい一撃を前にしても全くこれまでと変わらずに、規則的に同じ行動を繰り返してくる。


 こちらが相手の居場所を探れる筈がないとどこかで確信を持っているのか、それとも当たっても構わないと思っているのか、そこまでは判断はつかないのだが、結果的にこういった行動をとられると、タクシンにとっては


 せめて空中ではなく地上に降りて普段通りに動き、そして『式』を使って、妖魔との連携の攻撃をとれたならば、相手を今頃倒す事は可能であっただろう。しかしヌーという魔族は、こうしてこちらの精神を削る攻撃を続けて少しずつ弱っていくのを待ち続けている。確実に仕留められると判断がつくまで、油断や隙を見せるような大技を仕掛けてくる事はないだろう。


 ――まさに戦闘のプロと呼べるものであり、こんな玄人的な戦い方をする者が単なる野生の妖魔といえる筈がなかった。


 どこかこす狡さを感じさせる戦い方。どの魔族もこんな戦い方をするのであれば『退魔組』の『退魔士衆たいまししゅう』が数人程度で挑んだところで、勝ち目を見出す事は出来ないであろう。


 そして何よりこちらが先程から仕掛けている『罠』。それには一切手を出してこない。普通これだけ私が攻撃を避け続けたならば、相手は空を飛べない私の弱点を狙い、空を跳べる要因となっている鳥の『式』を狙うだろう。


 私を直接狙わずに『式』に攻撃してくるならば、その一瞬を突いてこちらの隠している奥の手である『印行』で相手に手痛い一撃を食らわせられる自信がある。


 しかしどこまで読んでいるのかは分からないが、この魔族は一切『式』には手を出してこない。あくまで私を狙い続けて攻撃を仕掛けながら、の行動を規則的に行ってくる。


 こんな事を続けられては流石の私でも勝機は無い。ジリ貧を続けられた挙句、最後は精神面を削られた私が、無念にも敗北してしまうだろう。


(もう地上へ降りて戦うか? このまま戦うよりは勝機があるやもしれん……)


 今こうして空を飛んでいる状態でこの魔族と戦い続けるよりは、毒に汚染された場所であっても『式』等を使い態勢を立て直し、再び状況を最初に戻した方が勝機が生まれる可能性が高い。


 そう結論を下したタクシンは、掴んでいた『式』の鳥の足から手を離した。そして直ぐに汚染された場所へ向かう事になる事を理解した上で、口元に手をやりながらもう片方の手で懐から新たな『式』を使役しようと札を取り出すタクシンだった。


「残念だが、それは悪手だ」


隠幕ハイド・カーテン』を使いながらの言葉だった為、ヌーの姿は見えないが、しかし声は間近で聞こえてくる。そして落下している所為で自由の利かないタクシンを対象に、雨雲が再び出現する。


 タクシンが地上へ降りるのを見計らって、用意していたモノだったのだろう。


 ――だが、タクシンもまたこうなる事は予測をしていた。


 相手の隙を突いた攻撃をするのは常套手段であり、空中で戦い続けるのが不利なタクシンがとる行動は限られている。このタイミングを狙ってくるのは当然である。


 しかしを使う為の漏れ出る魔力量、そして声の位置。タクシン程の洞察力を以ってすれば、姿が見えずとも場所は探れた。つまりこれはもう一つのだったのである。


 ……

 ……

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