第814話 拮抗する力

「逃げ切れると思っていたか? 残念だったな」


 ヌーは金色のオーラを周囲に纏いながら、タクシンを追って空から自分自身も降下しながらそう告げる。


「ふふふ、確かに黒羽の奴なら面倒なところであったが、


 皮肉たっぷりにそう言うとタクシンは、口角を吊り上げて笑う。


「てめぇ、この俺を舐めてんのか? 前の戦いを見て俺を判断したのなら大間違いだ。あの時は急に現れた、お前達に油断を……」


「あーもういいもういい。やるならさっさとかかってこい。それともあれか? お前は黒羽に時間稼ぎを頼まれたか?」


 ヌーが喋っている途中に声を被せるように煽るタクシンに、流石に我慢が出来なくなったのかヌーは殺意のこもった視線をタクシンに送る。


 アレルバレルの世界でNo.2だった時代だけでは無く『煌聖の教団こうせいきょうだん』の総帥であるミラと同盟を結んだ時代でさえ、多くの者達に一目置かれていたヌーは、このようにあしらわれるような態度をとられるのは久しぶりだった。それものは初めてに近い。


「殺してやる……」


 ――神域魔法、『邪解脱エビル・リベラシオン』。


 六体の死神は、鎌を携えて現世へと姿を見せ始めた。


「何だ? 退魔……術? いや、あんな禍々しい姿をした妖魔等は見たことが無い」


 タクシンの言う通り『ヌー』の『邪解脱エビル・リベラシオン』で使役されたのは、妖魔では無く『』である。


 『死神』は神の中では下位に位置付けされる神位だが、他者の命を狩り取る大鎌を持つその悍ましき姿は一般的な妖魔とは一線を画す。


 ――紛うこと無き『』である。


「あの人間を殺せ」


 契約主であるヌーのその言葉に六体の死神は、一斉にタクシンに飛び掛かっていった。


「脅威は感じないが、あの人数は面倒だな……」


 タクシンはそう告げると、両手を胸の前に出した後に高速で印を結び始めた。


 その瞬間『タクシン』の前に薄っすらと青い壁が構築された。死神達は唐突に出来た壁に向けて鎌を振り切るが、壁に弾かれてそれ以上踏み込めなくなった。


「あれは……『結界』か?」


 ヌーは手を口元に持っていきながら自分の使役した死神達が、壁に阻まれている様子を見てそう呟き分析を始める。


 神の中では下位とされる死神だが、死神程の神格持ちにはただの人間ではどう足掻いても太刀打ちは出来ない。


 だが、タクシンはこうして現実に六体の死神の攻撃を防いでみせている。ヌーの使役している死神は、死神階級の中でも爵位を持つ貴族や、フルーフのような死神達を束ねる『王』の『階級クラス』でも無い。


 呪文である『死司降臨アドヴェント・デストート』では無く、あくまでヌーの創り出した魔法『邪解脱エビル・リベラシオン』で呼び出している単なる死神に過ぎない。


 現世に出現している彼ら六体の死神では、高魔力を誇るタクシンの結界は破れないようであった。


「さて、それではこちらも」


 結界の内側でタクシンは懐から数枚の札を取り出す。そしてその札を空に向けて投げつけると、ボンッという音と共に、巨体の赤い鬼が複数体出現する。


「ちっ……! またそれか」


 ヌーは舌打ちをしながら、タクシンの『式』を見て悪態をつく。


 大きな体の赤い鬼はどうやら『加護の森』でソフィを襲った『式』達と同じ鬼のようだった。


「『動忍鬼どうにんき』程では無いが、この『幽鬼ゆうき』達はそこいらの『式』達とは違う。舐めてかかると、後悔するぞ


 タクシンは目の前の人間でも妖魔でも無い種族。魔族をソフィから聞かされた事で認識し、その上でそう告げるのだった。


「死神共が結界を突破出来ないというのなら、俺が直々にお前の相手をしてやる。死神共、お前らはあの鬼どもを蹴散らせ」


 死神達の目が紅く輝いたかと思うと、ヌーが放とうとする魔法の射線上から退いていく。邪魔にならぬように、道を開けたのである。


 ――神域魔法、『闇の閃日ダーク・アナラービ・フォス』。


 ヌーはタクシンの張っている結界に向けて、彼の持つ極大殲滅魔法『闇の閃日ダーク・アナラービ・フォス』を放つのだった。


 迸る大魔力が注ぎ込まれた殲滅魔法の光は、タクシンとその前の結界を飲み込もうと、光り輝きながら突き進んでいく。


「あれはまずいな」


 鬼達を左右にばらけさせようと命令を出した後、再びタクシンは『結界』の内側で印を結び直している。高速で指はあらゆる印の形が作られていき、最後は両手で日輪印の形を作る。


 その瞬間、タクシンの結界は無くなったが、代わりにヌーの放った魔法を模倣された光が生み出されて、それがヌーの『闇の閃日ダーク・アナラービ・フォス』に向かって放たれた。


「な、何!? そ、そっくりだ……! 『闇の閃日ダーク・アナラービ・フォス』だと!?」


 自分の生み出した魔法と瓜二つの魔法のようなものが発射されるのを見て、流石にヌーは驚きの声を堪えきれなかった。


 光と光は衝突し僅かな時間拮抗していたが、どうやらほぼ同威力だったのだろう。やがては同時に消失していった。


「ほう。私の方が押し切ると思ったが、中々やるでは無いか『魔族』とやら」


 驚きながらそう告げるタクシンだったが、真に驚きたいのはヌーの程であった。


「俺の魔法をそっくりそのまま模倣し、威力も俺と同規模……か!」


 流石にヌーはショックを隠し切れなかったようであったが、しかしヌーは今のタクシンの模倣を見た事で使をするのであった。

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