第815話 ヌーVSタクシン

 結界は失われたが、今のやり取りを見ていた死神は、一度契約主であるヌーの元へと戻ってきていた。このまま再びタクシンを狙うべきか、新たに出現した式たちを狙うべきか、その判断をヌーに委ねようとしたのである。


「アイツはどうやら過去の俺の魔力で契約した、お前達の手に負える相手ではなさそうだな」


「――」


 ではどうするのだとばかりに死神達は声を揃えてヌーに指示を仰ぐが、ヌーはそこでちらりと相手の陣営を見る。現在はタクシン達を守る結界が無くなっているが、その代わりに多くの式神達が姿を見せている。それに今またタクシンを狙いに向かわせたところで再び結界を張られる可能性は否めない。


 ――ヌーはその事を踏まえて決断を下した。


「よし、お前達はあの巨体の鬼たちを狙え。そのまま倒してしまっても構わねぇが、手に負えねぇと判断したら幽世かくりよに戻れ」


「――」


 死神達は紅く目を光らせながら契約主の『ヌー』の言葉に従うのだった。


 …………


 ヌーと呼ばれていた魔族が、再び死神達を動かそうとした事を悟り、タクシンもまた思案をする。


(奴の狙いは私だろうが、今はこちらも幽鬼たちを使役している。先にあの禍々しい者達を使って幽鬼達を狙ってくるだろう)


 ヌーの狙いを正確に読み取ったタクシンは、邪悪な笑みを浮かべながら、再び印を結び詠唱を開始した。


 その瞬間、タクシンの近くで敵と戦う為に構えていた『幽鬼ゆうき』と呼ばれていた鬼たちは、一斉に苦しみ始めた。


「「ウグググッ……!」」


「……」


 自分の使役した『式』達が苦しんでいるのを見向きもせず、高速で指印を結びながら詠唱を続けるタクシン。


「「グウアアッ!」」


 …………


(野郎! ! こっちのやろうとする計画がまた狂うだろうが!)


 ヌーはとある呪文を使う為、魔力回路に注ぎ込んでいる魔力を使い、自身の魔力を急上昇させる魔法を使おうとしていた。その間に死神達を使ってこちらに、奴等の『式』を近づけさせないようにしようとしていたが、再び奇想天外な事をし始めたタクシンに、意識をそちらに割かれるのだった。


 …………


「「グウウッ!」」


 苦しんでもがいていた幽鬼たちは、一斉に死神達を見据え始めた。

 大鎌で一気に幽鬼の首を切断しようと、空を移動していた死神達だったが、突然幽鬼達が自分達を見定め始めた事に感づき、一瞬だけ真正面から向かう事を躊躇う。


 しかし結果的には、それが良くなかった。中途半端な移動速度となった最前線の死神は『幽鬼』の一体の恐ろしい程の速度で放たれた右拳によって、顔の原型が残らない程に砕かれてしまい、そのまま現世から消失していった。


 他の死神達も今の光景を見て動きを止める。そして、幽鬼達を迂回しながら空へと飛翔して『式』達の射程内から避難する。しかし空へと逃げた死神達を追尾するように、タクシンが空を舞い上がったかと思うと、その死神達を相手に高速で指印を結び詠唱をする。


「堕ちろ」


 最後にタクシンはまた日輪印を結びそれを死神達に翳す。


「――!?」


 残った死神たちは自分の意思に反して、自らの身体が地面に落とされていく感覚を覚えた。そして地上へとその姿が現実に落ちて行き、その瞬間に迫ってきていた幽鬼たちの怪力の拳や、太い鬼の足を思いきり合わせられて残った五体の死神達は、予想以上の苦戦を強いられるのだった。


 …………


(慌てるな、やるべき事は変わらねぇ)


 最初の一体の死神が幽世へと送還されたのを見たヌーだったが、それからは自分の仕事を優先し、自分の魔力をあげる為の魔法『仮初増幅イフェメール・アンプ』の準備を続ける事にした。


 アレルバレルの世界の『ことわり』を用いて、ヌーは無詠唱では無く正確に詠唱を唱える。どうやらタクシンを脅威と認め、半端な無詠唱の効力では無く、完全な『仮初増幅イフェメール・アンプ』を用いるつもりのようであった。


 そして供給された魔力回路から、一気に魔力が放出されて『スタック』した魔力が魔法陣へと吸い込まれていった。


 ――神域魔法、『仮初増幅イフェメール・アンプ』。


 大魔王ヌーの魔力が急激な上昇を果たしていく。更にそこで終わることなく詠唱は続けられる。


 その間にもタクシンの謎の詠唱と指印によって死神達の自由が奪われて、地に伏すように縛り付けられ続ける。そして『幽鬼ゆうき』達によって、六体全ての死神が消え去ったと同時――。


 ――大魔王『ヌー』は最近覚えたばかりのを完成させるのであった。


 ……

 ……

 ……

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