第811話 VS動忍鬼

 戦闘が開始されてからある程度の時間が経ち、ソフィは何度も『動忍鬼どうにんき』と呼ばれている鬼の女の相手を続ける。開始時よりも必死な形相を浮かべながらソフィを殺そうと手を出し、攻撃を繰り出し続けるが、全くと言っていい程にソフィの相手にはなっていない。


 『動忍鬼どうにんき』もソフィに手加減をされている事は、薄々と感じ取っており、攻撃をする顔にも焦りが見え隠れしている。


(?)


 ソフィにも目の前の鬼の女の表情が変わっている事には、とっくに気づいている。そして、試合前にも感じていた鬼女の目からは、今も憎いという感情が込められているのは理解している。しかしどうにもソフィは納得がいかない。その怨恨とも言える感情が、全く戦いの中では感じられないのだ。どうやらこうして戦っているソフィが憎いだとか、殺してやるといった感じでは無く、全く別の何かに対して苛立ち恨みを持っているようだとソフィは、戦いながら相手の動きを見て察する。


 …………


(何をそんなに憎んでいる?)


「!?」


 ソフィに対して攻撃を続けていた、動忍鬼の動きがピタリと止まったかと思うと、辺りを見回し始める。


「ん? 何処を見ているんだ?」


 突然攻撃の手を止めて周囲を見渡し始めた動忍鬼を見て、タクシンは眉を寄せながら疑問を抱く。


(どうやら我と上手く波長が合っているようだな。お主も我の声が聞こえておるのだろう?)


「!」


 『動忍鬼どうにんき』はこの声の正体が目の前のソフィのモノだと気づき、驚いた様子でソフィの目を見る。


 ソフィは目の前の鬼が何かに悩み、何かに苦悩しているのを悟り、どうにかして会話をしてみたいと思い、波長が合うかどうかも分からないままに、こうして『念話テレパシー』で語り掛けてみたのである。


 どうやら波長が合ったらしく、相手はソフィの声を理解出来た。

 しかしこれまで『念話テレパシー』を使ったことが無い動忍鬼は、どうやって返事をすればいいか分からず、こうして動きを止めて目の前の青年を見続けるのだった。


(お主。。お前の様子に疑問を抱いたが、お主を訝しんでおる)


 ソフィの言葉にはっとした表情を浮かべ、再びソフィに向けて攻撃を開始した。


(『念話テレパシー』を使って会話はまだ出来ぬか? ゆっくりと我の声に合わせて、心の中で伝えたいと念じてみるがよい)


(……っ、……?)


 表向きは鬼女が激しい攻撃を繰り返し、それをソフィが受け止めるという構図が続いている。だが、こうして心の中で必死に訴えかけるようにソフィに向けて声を念じ続ける。


(少し声に魔力を乗せるようなイメージを持て。お主に伝える気持ちがあれば、我はある程度の種族と会話は出来る)


(……っる?、聞こえる? 聞こえて、お願い、聞こえて!!)


 必死に懇願するような辛い感情が乗った『念話テレパシー』の声がソフィの心に届いた。


(うむ。大丈夫だ、聞こえておるぞ)


(! お願い、ここから早く離れて! もうすぐ私はアイツに自我を失わされて、また暴れさせられる!!)


 動忍鬼の『念話テレパシー』は、とても悲痛な色の感情だった。本気でそう伝えていると感じ取ったソフィは、一体何がどういう事なのかと、動忍鬼に尋ねようとする。


 しかしそこで突然に動忍鬼の目が見開かれたかと思うと、急に口から泡を吹いて苦しみ始める。


「!? 何だ、一体何が起きておる」


(どうした! 何を苦しんでおる!?)


(もう……、時間が無い、に、げっ……!)


 その『念話テレパシー』を最後に、 動忍鬼からの心の声は聞こえなくなった。


「ああああっ!!』


 突然絶叫をあげ始める動忍鬼に『ソフィ』は眉を寄せる。


「……何だあの鬼の女、まるで洗脳されているようだな」


 これまでソフィと戦い続けていた鬼女だが、ソフィから致命的な一撃を受けたワケでも無く、突然胸を押さえながら苦しみ始めているところを見たヌーは、かつてミラがフルーフを洗脳し、操り始めた頃の様子を思い出しながらそう呟くのだった。

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