第812話 自我を失った鬼女

 ソフィと戦いの中で『念話テレパシー』を交わしていたタクシンの『式』の鬼の女『動忍鬼どうにんき』が突然ソフィの前で頭を両手で抱え始めて苦しみ始める。


 ソフィは必死に『念話テレパシー』で『動忍鬼』に話しかけるが、反応を全く見せずに絶叫をあげながら苦しみ続けているのだった。


 ちらりとソフィは『動忍鬼どうにんき』を使役した『タクシン』を一瞥する。するとタクシンは何やら両手の指で印を結びながら動忍鬼に対して詠唱を行っている。


 ソフィは『動忍鬼どうにんき』が苦しんでいる理由として、タクシンが関係しているのだと判断し、直ぐにやめさせようと声を出そうとするが、既に遅かったようであった。


 タクシンを見ていたソフィは、突如目の前で膨れ上がる力を感知して、直ぐに本能でその場から離れた。


「ぐあああっ!!」


 これまでより一際大きな声で絶叫をあげた動忍鬼。


「よし、これでよい。さぁ『動忍鬼どうにんき』よ、本来の力で存分に戦うがいいぞ」


 タクシンはそう言うと、再び鳥の『式』を呼び出した。


「ふふふ、後は存分に殺し合うがいい」


 そう言うと『式』の鳥が空へと舞い上がっていき、その鳥の足を掴んだ『タクシン』も去っていこうとする。ソフィはそのタクシンを攻撃魔法で止めようと両手をタクシンに向ける。


 ――しかしその瞬間。


 目の前に居た『動忍鬼どうにんき』が力任せに思いきり鉈をソフィに向けて、振りかぶるのだった。ソフィは先程のように』を手に纏い、動忍鬼の鉈を受け止めようとするが、そのオーラで纏われた左手ごと動忍鬼の鉈によって、手首から切断されるのだった。


「ちぃ……っ! 先程までとは何もかもが違う! ヌーよ! 奴を追うのだ!」


 腕を組んで成り行きを見ていたヌーは、ソフィのその言葉にニヤリと笑みを浮かべて見せた。


(しめたっ!)


 ヌーは絶好の好機を得たりと考えてソフィの言葉に従いながら、そのままあらゆる事を脳裏に浮かべた。


「ククククッ! 仕方ねぇな、わぁったよ」


 そう言うとヌーは金色を纏い始めた後、直ぐに『高速転移』を使いながら空を飛び、先にこの場から離れて行った『タクシン』を追いかけるのだった。


 …………


「うあああっっ!」


「くっ……!」


 自我を失い暴走を続ける『動忍鬼どうにんき』は、ソフィを敵として見定めており、ひたすらに追いかけまわす。現在のソフィは左手を失っている状態の為、攻撃に転じる事が出来ずに避ける事しか出来なかった。


「何という破壊力をしておるのだ!」


 今の『動忍鬼どうにんき』は先程までとは力が全く異なっており、ソフィ目掛けて力任せに鉈を振り回しているだけではあるが、その風圧から巻き起こる衝撃波で木々が吹き飛び大地に亀裂が入る。まともに当たればどうなるかわかったものでは無かった。


「ああああっっ!!」


「ちぃっ……」


 ソフィは『高速転移』を使って大空へ飛翔する。間一髪『動忍鬼』の振り下ろされた鉈を避ける事に成功するが、全身全霊の力が込められたその鬼の一撃によって、大地に亀裂が入るどころでは無く、その割れた断面から


 その様子を見たソフィは、空に浮きながら溜息を吐く。


「これがあやつの本当の。それともあの人間が何か能力を施した結果なのか」


 どちにらせよ今の形態である『』では、太刀打ちができる相手では無いと悟る。


「ふむ、仕方あるまい」


 目の色が金色に変わると同時に周囲を纏うオーラの中に、黒いスパークのような物が入る。それはバチバチと音を鳴らしながら、瞬時に恐るべき魔力がオーラ内を駆け巡る。


 ――大魔王『ソフィ』による形態変化『大魔王化』であった。


 これまでのソフィとは魔力値と戦力値が共に比較にもならない程に上昇する。


 【種族:魔族 名前:ソフィ第二形態(大魔王化) 

 状態:金色 戦力値:1900億 魔力値:1850億】。


 背中の漆黒の羽が更に大きくなり、ソフィの周囲を纏うオーラがさらに力強く金色に輝く。


「何があったかは分からぬが、お主をこのままにしておくわけにはいかぬ」


 ソフィは大空でそう呟くと、漆黒の翼を羽ばたかせて『高速転移』を用いて地面に居る動忍鬼に向かっていくのだった。


 ……

 ……

 ……

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