第760話 支配者としての目線

「成程。塔の周りに建てた要塞は、その魔物達を見越しての事だったのか」


 魔族の襲撃に備えてであれば、防衛に関してはまだまだ考えなければならないと思っていたが、単に魔物の襲撃を優先的に考えるのであれば、中々いいアイデアだと考えるソフィだった。


「理由は他にもいろいろとあるのですが、ラルグの要塞程に大きな物を作るにあたっては、民達の為だと思えば必要な事です」


 何やら含みのあるレルバノンの言い方にソフィは少し気になったが、ソフィは今回のようにレルバノンが話したいと思って来た時には相談に乗る事はするが、自分からラルグ魔国の取り決めに異を唱える事は極力避けたいと考えている。今のソフィはあくまでこの大陸の相談役に徹しようとしていた。


 そのソフィの意図を汲んでレルバノンもまた決定的な言葉は出さない。互いに雑談の延長上に話を交わし合う。そこへコンコンと、扉をノックする音が聞こえてきた。


「どうぞ」


 レルバノンが会議室をノックする音に返事をすると、扉が開きレアが入ってきた。


 そしてそこで目当てのソフィの顔を見ると、レアは眉を寄せて不機嫌そうな顔を浮かべた。


「もうソフィさまぁ! ラルグ魔国に行かれるのでしたら跳ぶ前に伝えておいてくださいよぉ!」


 レアは可愛らしい顔を膨らませて、開口一番にソフィに愚痴を言うのだった。


 どうやらフルーフに命令されて、この世界に来たものの屋敷の方に居るものだとばかりに、向かってみたらソフィの姿がなく、リーネにソフィの居所を聞いてきたのだという。


「仕方あるまい? 我も唐突に呼ばれて来たのだ」


 そこでレアは視線をソフィからレルバノンに向ける。


「ご無沙汰しております。レア様」


「ああ。貴方は確かレルバノンと言ったかしらぁ?」


 レルバノンはコクリと頷くと再度口を開いた。


「どうしてもソフィ様にお伝えしておきたい事がありましたので、ここにご足労して頂いたのですよ。何かお飲みになられますか?」


「結構よぉ。それでもうそのお話とやらはすんだのかしらぁ?」


「うむ。もう用件はすんでおる。それでは屋敷に戻ろうか」


 はそう言うと立ち上がり、レルバノンの顔を見る。


「本日はご足労頂きありがとうございました。何かあればまたいつでもお越しください」


 そう言ってレルバノンは、ソフィに一礼をするのだった。


 …………


 レルバノンが見送りをつけようとしたが、ソフィは断りを入れてレアと二人で塔の中を歩き入り口を目指す。


「それにしてもぉ、ここも色々と変わっちゃいましたねぇ?」


 ソフィと並んで歩いていたレアがそう言うと、ソフィも同意をするように頷いた。


 時代こそ違うが『』と『レ』の両者ともを経験している。


 当然数千年前のレアの居たラルグ魔国の頃とは違い、今のラルグ魔国は様変わりを果たしている。窓の外から見える要塞を珍しそうに見ていたレアにソフィは声を掛ける。


「今この世界ではこれまで大人しくしていた魔物達が、活発化してきているらしいぞ」


「魔物達がですか? という事は新たにこの世界でとして、行動を始めた者でもいるのでしょうかぁ」


 レアはレキの事を詳しくは知らない。彼女がこの世界で魔族の王となった時には、既にレキは封印されていた後だった。


「いや。この世界の遥か昔の魔王が封印から解かれて、再び現世に現れた事が影響しているようだ」


 その話を聞いてレアは少しだけ驚いた。


「そうでしたかぁ。この世界の魔物や魔族達が弱体化していたのには、そう言う理由があったのですねぇ。でも良かったではありませんか」


「む?」


 レアの言う『良かった』という言葉の意味を理解出来なかったソフィは首を傾げる。


「だってぇ。魔物が強くなったという事は、それに比例してです。その古来の魔王っていう者が強ければ強い程、魔族は他種族に対してになるでしょう?」


「……」


 ソフィは反論するでも無く、レアの言葉を冷静に考える。


 魔族もまた種を守る為には、他種族に対してのであるというのは間違っていない。


 かつてレアがこの『リラリオ』の世界に来た時は、あまりに戦力値の低い魔族達の存在に驚いた。


 魔国を支配する者達であっても戦力値が2000万未満といったしか居らず、周辺に居る魔物達などは本能でレアの強さを悟り、近づきも出来なかった程である。


 魔人族の王であった『シュケイン』のヴェルマー襲撃事件や、脅威と判断されたレアを狙ってきた精霊族の王『ヴィヌ』との戦い。そしてこの世界の調停者として君臨していた龍族の王『キーリ』との戦争。


(※『リラリオの魔王編』290話~361話)


 もしレアがこの世界に来なければこの世界の魔族は、他種族達によっていつかは滅ぼされていたか、若しくはアサの世界のように隷属させられていたかもしれない。


 当時の三大魔国王。ラルグ魔国の『ベイド』レイズ魔国の『エリス』トウジン魔国の『クーディ』。


 ヴェルマー大陸を代表とするこの三国の王達は互いに争いを起こしていたが、例えこの三大魔国王達が手を取り合っていたとしても決して、魔人族の襲撃には耐えられなかっただろう。


 魔人王シュケインどころか、配下の幹部級のリオンや、リーベといった魔人達でさえ、を纏った時の戦力値は一億を越えていた。


 戦力値が1500万程度の『』が束になり、魔国同士の魔族や魔物達を使役したところで、その結果は見えていただろう。


 ――争いというのは何が火種で起こるか分からない。


 そう言った意味でとなる存在や、国を守る為の防衛手段というものは、常に確保しておかなければならない。


 このラルグの塔の周囲にそびえ立つ要塞の存在もきっと何かの役に立つ事だろう。


 支配者や統治者としての目線をもって要塞を見るレアは、見た目は幼女だが、既に世界を支配した経験を持つなのである。


 彼女の親となった『レパート』の支配者『フルーフ』が大事な娘をこの世界へ送り込み、世界を一つ支配させたのには、この今の見ている目線を持たせるような『を身につけさせる為でもあった。


 そんなレアの意見はソフィにとっても無下にはしない。どんな世界でも一度でも国や民を束ねた王は、


『百聞は一見に如かず 百見は一考に如かず、百考は一行に如かず、百行は一果に如かず』。


 経験者は経験者で無ければ理解の一途に辿り着けない。理解の一途に辿り着けない者は発言の本質さえ窺い知れない。結果を出す為には多くの事を見て考え、そして実際に行動を起こして成果を得なければならない。


 支配者であったレアのたとえ漏れ出た一言でさえ、ソフィのように他世界の頂点に立つ者でなければ、理解されない言葉もある。逆もまた然りであるのだ。


 ――レアの発言を頭で考えて、知識として吸収するソフィであった。

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