第422話 レアの決意と償い

「シス、居るかしら?」


「ヴェル? ええ、入ってちょうだい」


 リーゼに教えられた通り、シスは執務室に居るようだった。


 レイズ城の最上階にある執務室は、キーリ達が攻められた後に新しく作られた部屋であり、シスの自室に隣接する場所にあった。


 ユファ一人だけだと思ったシスだったが、ひょっこりと付いてくるレアの姿を視界に捉えると作業をする手を止めた。


「あら? 貴方は?」


「この姿で会うのは初めてよね? 私はレアよ。


 レアの自己紹介を聞いたシスは、椅子から慌てて立ち上がって身構える。


「シス大丈夫よ。この子はもう敵じゃないわ!」


「一体どういう事なの? ヴェル」


 レイズ魔国という大国の女王であるシスはこのヴェルマー大陸に対して戦争を仕掛けてきた、別の世界の魔王の存在を理解している。そしてラルグ魔国王であるソフィとの闘いで『魔王』レアは行方不明となり、戦争は終結したと伝えられていた。


 そんな戦争を仕掛けてきた別の世界の軍勢の首謀者が目の前に突然現れたならば、シスのこの態度は当然だと言えるだろう。


「シス。とりあえず落ち着いて話を聞きなさい」


 レイズ魔国の女王に対してこの国のNo.2の発言としては些か不自然だが、今はレイズ魔国のフィクスであるユファではなく、シスの師としての立場で命令をするのだった。


「分かったわ。ひとまず奥の私の部屋へ来て頂戴?」


 シスはゆっくりと話を聞くため、執務室ではなく隣接する自室へと二人を招くのだった。


 …………


「それで? どうして行方不明の筈の『魔王』レアが、貴方と一緒に居るのかしら?」


 レアがヴェルマー大陸に戦争を仕掛けた事によって、この国でも多くの犠牲者が出ており、更に言えば自身もこの『魔王』レアに殺されかけた過去を持っている。そんなシスにとって、目の前で平然とレアと一緒に行動しているユファに驚きと、多分な苛立ちが混じるのも仕方がない事であった。


「貴方は戦争の後の会議でこの子が戦死。もしくは行方不明となっている所までは知っているわね?」


「ええ」


 戦争の後に『ヴェルマー』大陸の各国の王たちが会議に集められて、王と側近以外は内密にという事でこの戦争を仕掛けた者達の情報が伝えられていた。


「私がレインドリヒの墓で花を手向けている時にこの子が姿を見せてね。戦争で起こした罪を償いたいって私に伝えにきたのよ」


 ユファは戦争が終わった後にレアが『代替身体だいたいしんたい』の身体で、ユファの元に訪れた時を思い出す。


「この子はね。組織と共謀を図っていた『ヴァルテン』っていう『レパート』の世界の自分の配下にしている魔族に騙されて戦争を起こしたのよ」


「本当に?」


 シスはユファの過去の世界の同胞である目の前の魔族に、騙されているんじゃないかと心配する。


「ええ。ヴァルテンっていう魔族の事は私もよく知っているのよ。そもそも私が『レインドリヒ』と戦う事になったのもこの『リラリオ』に来る事になった理由でさえ、その『ヴァルテン』ってやつのせいなんだけどね。あいつは狡賢い最低の虚言野郎だから、この子が言いくるめられたのも分かるのよ」


 ユファは当時のヴァルテンを思い出したのか、恨むような表情を浮かべながら話す。


「まぁ、今はアイツの事はどうでもいいんだけど。それでこの子は私に会って『フルーフ』様を連れ去った元凶である『ヌー』を倒すまで猶予を欲しいと言ってそれまでは罪を償うって約束したのよ」


「罪を償うっていうけれど、具体的に何をしてくれるというのかしら?」


 この大陸はレアが連れてきた『レパート』の魔王軍によって、多くの犠牲が多く生み出されている。簡単に償うと言われて、信じられる筈がなかった。


「女王シス。この度は申し訳ない事をした。私に謝罪をさせて欲しい」


 そう言ってレアはユファに詰め寄って口を開いていたシスの前に出て頭を下げる。真摯に頭を下げ続けるレアを見たシスは、溜息を吐いて口を開く。


「頭を上げなさい。貴方が本当に謝ろうという意思があるのは理解したわよ。でも謝ったから済むというそんな問題ではないのは、貴方にも分かるわよね?」


 ヴェルマー大陸中に被害が出て、多くの街が壊されて多くの魔族が犠牲となった。

 レイズ魔国の女王シスはその立場上は簡単に許すことは出来なかった。


「町の復興にこの大陸の発展。他に何か貴方が望む事があれば、私の力の限りで償いをさせて欲しい」


 そう言った後に再びレアはシスに頭を下げる。


「……」


 レアの本気が伝わったのだろう。シスは険しい表情を浮かべながら黙り込んだ。


「シス? 少しだけこの子がやる事を見守って上げてちょうだい? この子はね、生意気で普段はイタズラをするような子供だけど、なのよ」


「ヴェル……」


「それにこの子は嘘を吐けば殺されると理解した上で、ソフィ様の重圧に耐えながら償いをすると約束したのよ。それがどんな形であっても行動で示すと私も信じている」


「……先輩ユファ


 そこまで信頼を寄せる言葉を告げたユファに、レアは決意を滲ませた視線を送るのだった。


 シスも溜息を吐いて頷いた。


「『魔王』レア。貴方の言葉を信じます」


「ありがとう。女王シス」


 そう言って決意を固めた表情でレアは『レイズ』魔国の女王に頭を下げるのであった。


 ユファとレアが部屋を去った後にシスは子供の頃に、枕元で母から聞かされた『魔王』レアの昔話を思い出す。


 …………


 ――この世界を支配した伝説の魔王レアはね。どうしようもないワガママで、魔人も精霊も力で従わせて挙句にこの世界で一番強かった種族である龍族に目をつけられて、ずっと戦争を続けて続けて続けて、皆に迷惑をかけた本当に身勝手な魔王だったのよ。


 ――わるい子だったんだね、まおうれあって。


 ――そう。でも一度やると決めたら絶対に嘘はつかず最後までやり遂げる。そんなところは、


 …………


「やると決めたら必ずやり遂げる……か」


 母である『セレス』も師であり姉でもある『ユファ』も、皆レアを知る者は同じことを言っていた。


 そして償いをさせて欲しいと私に言った時のあのレアの目は決意に溢れていた。

 決して嘘は吐いておらず、本心からの言葉だったと思う。


「魔王レア。貴方の本気とやらを見せてもらうわよ?」


 そう言ってシスはため息をついて、執務室へと戻るのであった。

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