ルードリヒ国王の指名依頼編

第423話 Aランク冒険者リマルカ

 ソフィはレアの元にユファを向かわせた後、屋敷を出てレアを正式に自身の配下となったことをおもだった者に伝える為に『ラルグ』の塔へと向かった。


 レアの魔法によって無残に燃やされた『ラルグ』の塔であったが、シスとユファの協力で少しずつではあるが『ラルグ』の塔の修復も始まっていた。


 建物を修復する魔法は『レパート』の世界の『ことわり』を用いた魔法を使うため、ソフィやアレルバレルの世界の魔族では使えるものはいないが、ユファは『レパート』の世界の魔族であったために使用が出来る。


 更にこの三千年間の間にリラリオの世界で『代替身体だいたいしんたい』である『ヴェルトマー』の身体でシスや、レイズ魔国の魔族の魔法部隊の一部の者達にも、少しずつこの修復魔法を扱えるように『ことわり』を数千年かけて教えてきた甲斐もあって、現在のリラリオの世界の魔族達の間でもレパートの魔法を扱えるモノも増えてきているのであった。


 しかしそれでもレイズ魔国の建物とは違ってラルグ魔国の建物は高さがあり、非常に細かな部分が複雑な造りになっている塔のため、完全修復までの時間は少し掛かるだろうが、それでも元通りになるのに残り半月もかからないだろう。


「うーむ。しかし困った事になったな」


 修復工事中の『ラルグ』の塔を見上げながら、ソフィはブラストの言葉を思い出す。


 どうやらソフィをこの世界へ追いやった後、フルーフを連れ去ったと思われる組織の連中は、アレルバレルを手中に収めるために、行動を本格的に開始したようだった。


 この世界でのんびり暮らしも悪くはないと考えていたソフィだったが、あのが、動き始めたとなれば話はまた変わってくる。


 まさかディアトロスまでもが捕らえられる事態にまで、事が進んでいるのがソフィは信じられなかった。


 何とかブラストがディアトロスを救い出して、イリーガル達と合流を果たしてはいるようだが、ディアトロスを捕らえる程の奴らがいるとなると安心はできないであろう。


 ――どうやらソフィが思っている以上に早く、組織の者達煌聖教団は力をつけてしまったようだ。


「何とかして一度『アレルバレル』の世界へ戻らねばならぬだろうが、それにしても『九大魔王』や他の我の配下の者達までもがやられてしまったというのか?」


 勇者『マリス』達に魔王城へ攻め込まれた時ディアトロスは人間界。イリーガルやブラストは『精霊』の居る大陸に居たように思うが、他の序列を持つ配下やホークといった大魔王達は、魔王城に居た筈である。


 あの勇者パーティが他の者達を倒して、ソフィの元にまで到達したとは到底考えられない。


 確かにあの『マリス』とかいう勇者は、過去の勇者達に比べては『魔』の適正も持っていたようで『魔力』も『賢者』階級クラスは持っていたように思えたが、それでもミールガルド大陸で戦った時の程度であったことは間違いない。


 確かに組織の者達が手を加えたのは間違いがないだろうが、それでもあの稀有な能力持ちのホーク程の大魔王がやられたという事が、ソフィには腑に落ちなかった。


 実際には一部はソフィの読み通り『煌聖の教団こうせいきょうだん』が関わっていて、あの時にマリスをソフィの元に向かわせるために戦闘に加担されていた。


 更には大賢者ミラの完成した魔法によって、ソフィと同じように別世界へと主だった者達は跳ばされていたのだが、彼らは『概念跳躍アルム・ノーティア』というレパートの世界の『ことわり』を用いた『時魔法タイム・マジック』を使われていたために、根源の玉というアイテムによってリラリオの世界に跳ばされたソフィは、皆目見当もつかなかったというわけである。


「我はどうするべきなのだろうか……」


 元の世界へ戻る方法など用意されては居らず、このままアレルバレルに残っている配下達が、むざむざとやられるのを待つしかないのかという不安が塔を見つめるソフィにのしかかるのだった。


「ソフィ様、ここに居られたのですね?」


「む?」


 ソフィが振り返ると、そこには配下のラルフが立っていた。


「うむ。塔の様子を見にここに来ていたのだ。お主はどうした?」


「それがソフィ様に会いたいという者が屋敷に訪ねて参られましてね。今は屋敷でリーネさん達が応対なさっておいでです」


「我に? それでは一度屋敷に戻るとしようか」


「お願いします」


 一体誰が屋敷に来たのかと考えるソフィであった。


 ……

 ……

 ……


 その頃ソフィの屋敷では、重苦しい空気が流れていた。


 ――屋敷に訪ねてきた男はミールガルド大陸にあるルードリヒ王国からの遣いの者であった。


 遠路はるばるルードリヒ王国から苦労してここまできた使いの男の名は『』。


 『ルードリヒ』王国領土にある『リース』という町の冒険者ギルドに所属している冒険者で、かつてはソフィがディラックの指名依頼で出場した『ギルド対抗戦』に出ていた使であった。


 リマルカはルードリヒ国王からの指名依頼で莫大な報酬を約束されて、危険を冒してなんとか『ミールガルド』大陸から、ここ『ヴェルマー』大陸まで辿り着いたのだった。


 リマルカはあの後にとなり、ミールガルド大陸では類を見ない程の猛者と呼ばれる者達の仲間入りを果たしたが、このヴェルマー大陸に辿り着いたとき、僅か半日で後悔する事となった。


 リマルカはミールガルドの英雄『破壊神ソフィ』に会うために、まずは聞かされていた『レイズ』魔国という場所にあるという冒険者ギルドを目指そうとした。


 ヴェルマー大陸の海沿いにある『ダイオ』魔国の領土にある港町に降り立ったのだが、ダイオ魔国の町民達に『シティアス』という場所はどこにあるかを尋ねた。


 ダイオ魔国の町民は直ぐに『リマルカ』が人間だと気づき、物珍しそうな目ではあったが『リマルカ』に親切に首都『シティアス』のある『レイズ魔国』の場所を教えてくれた。


 どうやら『破壊神』であるソフィが、この大陸にある国の王になった後に『ヴェルマー』大陸中の国々に『ミールガルド』大陸から人間が来た時に優しく接するようにと、伝えられているようだった。


 ――その甲斐あってここまでの冒険はまだよかったのだが、リマルカの問題はここからだった。


 このダイオ魔国の領土である港町から、レイズ魔国までは目と鼻の先だと教えられたのだが、それは魔族の者達から見ての感覚であり、空を飛べない人間のリマルカにとっては


 そしてリマルカは半日程かけて歩いたが、全く辿り着く事が出来ずに徐々に辺りが暗くなり、彼は野宿を考え始めた。


 リマルカはAランク冒険者であり、野宿や野営といった事には慣れていたため、普段から持ち歩いている荷物から簡易なテントを取り出して準備を始めた。


 ――しかしそもそもではあるが、リマルカは野宿を考えてはいけなかった。


 リマルカがテントを張っていると獣の唸り声が聞こえてきたのである。ただの獣かこの大陸に生息する魔物の声か分からなかったリマルカは、テントの準備をやめて杖を片手に戦闘態勢に入った。


 リマルカにとって魔物は『ギルド指定A』の魔物でもない限り、恐れる事はなくなっていたために、ミールガルド大陸の感覚のままで戦闘の準備をしてしまった。


 しかしここは『ミールガルド』大陸ではなく、人間の常識が通じない『ヴェルマー』大陸だったのである。


 リマルカの前に姿を見せた魔物は『ギールドッグ』。


 ミールガルド大陸で出現を確認されれば、ギルド指定Aランクにして戦力値は25万を越える『災害級』認定の魔物であった。


 ――それも一体ではなく、目に見える範囲で五体居たのである。


 冒険者Aランクの者達が最低でも三人は居なければ、とても討伐できる魔物ではなかった。


 そして『ギールドッグ』達が一斉にリマルカに襲い掛かってきた。リマルカはこの指名依頼を受けたことを後悔して、自らの死を覚悟するのだった。


 リマルカは必死に魔法を詠唱するが、ギールドッグの速度の方が早く、一気にリマルカに肉薄し、あわや食らいつかれると覚悟した時に、突然リマルカとギールドッグの間に何者かが割って入り、ギールドッグを蹴り飛ばした。


 蹴られたギールドッグはそのまま気絶して、他の魔物達はその何者かを見た後に怯えるような声をあげながら、そのまま一目散に去っていった。


「た、助かったのか?」


 リマルカは杖を持ったまま、そのまま地面に尻餅をついた。


「大丈夫だったか? まさか自己研鑽の修行の旅の途中に、この大陸でミールガルドの人間に出会うとはな」


「す、スイレンさん!?」


 何とリマルカを助けた乱入者は、元ミールガルド大陸のAランク冒険者だったのである。


 ……

 ……

 ……


 そしてその後『スイレン』に助けられた『リマルカ』はスイレンに事情を説明すると、どうやら少し前まで『破壊神』の屋敷に世話になっていたらしく、ギルドの依頼だと伝えると快くリマルカを『破壊神ソフィ』の居る屋敷まで案内してくれると約束してくれた。


 その後は『ラルグ』魔国の拠点の一つである『ゼグンス』の街に到着したリマルカに、破壊神ソフィが現在住んでいるという屋敷まで案内してくれると、そのまま彼は笑顔で去っていった。


 スイレンはどうやら自己研鑽の旅を終えるまでは、この屋敷には戻らないと決めていたそうだった。


 それなのに快くリマルカの依頼のために、わざわざここまで連れてきてくれたのである。


 リマルカの抱いていた昔の鋭いナイフのような冷酷で、残忍な印象だったスイレンはどこにも居なかった。


 リマルカは先輩Aランクの冒険者に感謝して、自分も頑張ろうと思い直すと屋敷のドアを叩いた。


 ようやくこれで依頼は達成したという解放感に包まれながら、屋敷から出てきた男に笑顔を見せるリマルカだったが――。


「何だ貴様は? ここが誰の屋敷なのか理解してきたのか?」


 リマルカの前に姿を見せた男は、だった。


 どうやら彼の本当の受難は、ここからだったのである――。

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