第393話 大魔王ソフィの統治と支配の始まり

 『魔界』で戦争が終結した頃。人間界にある『ダイス帝国』では、ロンダギルアと同盟を結んだ皇帝が魔界統一を果たすであろう『ロンダギルア』の報告を心待ちにしていた。


「ふふふ。ロンダギルアが魔界をとれば協力したワシの見返りも大きい。いずれはワシも魔族共を配下に持つ時がくるのか!」


 皇帝は国民を奴隷のように扱い続けた結果。自らの富は膨れ上がったが、国はもう破綻しかけていた。普通であればこんな事が許される筈がなく、暴徒と化す国民によって国家の転覆もあり得るだろう。


 しかし現在皇帝は大賢者『ミラ』と、そのエリート魔法部隊に守られている上に『ロンダギルア』という大魔王と同盟を結んでいる事で誰も逆らえる状況ではなかった。


(※この頃『精霊族』の生き残りである『精霊女王』の力を授けられている『勇者』と呼ばれる人間が現れていたのだが、そんな勇者となれる人間でさえ『皇帝』の守りについている『大賢者』ミラに存在を察知されて傀儡に変えられていた。つまり『人間界』の希望となる筈の『勇者』としての務めを果たすことが出来なかった)。


 『魔界』の大魔王『ロンダギルア』や『大賢者』である『ミラ』と手を結んでいる『皇帝』を『勇者』ですら止められず、富だけではなく野心も膨れ上がっていく一方であった。


 そしてそんな皇帝の元に、大賢者ミラが姿を見せる。


 突然皇帝の目の前に現れた事で、皇帝は驚いた目でミラを見るが、これは『転移』という魔法だと知っていたため、皇帝は狼狽することなくミラに声を掛けた。


「……おおミラか! 魔界の方はどうなった? あのロンダギルアは『魔界』を手中に収める事が出来たか?」


 いい知らせを持ってこの場に現れたと信じて疑わなかった『皇帝』は、大賢者ミラに上機嫌に話しかけるのであった。


 ――しかし……。


「皇帝。残念なことだが、。悪いが私はここで降りさせてもらうよ」


「……は? ミラよ、何を言っているのだ? ロンダギルアはどうした?」


「このまま何も知らぬままっていうのは流石に不憫か」


 ぶつぶつと何やら独り言を呟くミラに、訝し気に眉を寄せる皇帝だった。


「いいか? よく聞け。大魔王ロンダギルアは『。ロンダギルアについていた。おまけに。以上だ」


 聞き捨てならない事を淡々と説明する大賢者ミラに、皇帝は目を丸くして押し黙る。


「ああ、それともうすぐここに数体の魔王が到着するだろう。その中の魔王の一体の狙いは私だろうが、ロンダギルアを倒したあの化け物の狙いは皇帝だろうな。お前もうすぐ死ぬぞ」


「なんだ、何を言っている? ロンダギルアがやられただと!? そ、それにお前のその口の利き方は何だ!? 余は皇帝だぞ!」


 皇帝はミラが何を言っているのか何一つ理解が出来ない。


 ロンダギルアは、アレルバレルの魔界でも、多くの国を従える大魔王であった筈である。


 今回の戦争でロンダギルアは残っている半分の大陸を完全に掌握する筈であり、念をおす形で皇帝は、帝国と大賢者を協力させたのだ。


 今更そんな話をされるとは露程つゆほども考えていなかった皇帝は驚きふためく。


「悪いが私はここで契約を切らせてもらう。あとはアンタが自分で何とかしてくれ。あんな化け物ソフィはどうにもならないだろうがな」


 そのまま部屋を出て行こうとした大賢者を止めようと、皇帝は立ち上がって後を追いかけた。


「ちょ、ちょっと待て!! まだ話は終わってはおらぬ……!」


 しかし皇帝がミラの肩に手を置いた瞬間。皇帝はそれ以上声を発することが出来なくなった。


 ――皇帝の首が『ミラ』の風の魔法によって刎ねられたからである。


「私に触れるなよ。が」


 皇帝の首を足で踏みつけながらミラはそう告げると、皇帝の顔に唾を吐き捨てた後にそのまま部屋を出て行こうとするのだった。


「カッカッカ、惨い事をするものだな若造?」


 ――大魔王ディアトロスの声が玉座の間に響いた。


 再び玉座を振り返ったミラは、眉を寄せながら口を開いた。


「早かったじゃないか爺。ここへはもう少し掛かると思っていたが」


「貴様如きの若造に遅れを取るワシではないわい」


 『人間界』では大賢者ミラの転移に追いつける存在など皆無であった。それどころかミラの膨大な魔力を感知しようと『漏出サーチ』を使えばそのミラの膨大な魔力に圧し潰されて、瞬時に絶命するであろう。


 確かにこのディアトロスという大魔王は、自分の魔力を感知して『転移』してくるだろうとミラは思っていたが、これ程までに早く追いつかれるとは露にも思っていなかったのだった。


「ちっ! この通りお前達の『魔界』へと侵攻命令を出した。だから私を見逃してはくれないか?」


 大賢者がそう言うと『ディアトロス』は鼻で笑うのだった。


「それはソフィにでも言うんじゃな? 


 ミラはディアトロスの言葉に舌打ちをする。


「貴様は人間だがワシら魔族よりどこか危うさを持っておる。今この場で始末しておかねば、いつか後悔しそうなのでな」


 そう言うとディアトロスの周りを『金色のオーラ』が包み込み始めた。


「……まだ分からないのか? お前が如何に強かろうとも私を殺す事は出来ないと言っているだろう?」


「ワシ相手にそのハッタリが何時までも通用すると思うなよ? そうじゃな、あと数回程お主を殺せば、本当に『』を迎えるんじゃないのか?」


「!?」


 ディアトロスがそう言った瞬間、ミラは初めて驚愕する表情を見せた。


「どうやら当たったようじゃな? あまりワシを舐めるなよ若造」


 その台詞を聞いたミラは、今のディアトロスの言葉は誘いのブラフだったと知り、上手く嵌められて悔しそうな表情を浮かべた。


「やれやれ、本当に厄介だな爺!」


 ディアトロスはすぐに戦闘態勢に入り、ミラの行動に備える。


「覚えているんだな。私は必ずお前や、あの化け物を凌駕する力を手に入れてこの世界を支配する」


 そう言うとミラの目が『金色』に輝き始めた。


 ――魔法、『移り行く残像ディゾルヴ』。


 ミラの周囲に眩い光が照らされたかと思うと、彼の身体がブレるように重なり合って分身が現れたかの如く映り始める。


「小賢しい!」


 何と効力のよく分からない大賢者ミラに、向かって真っすぐに『ディアトロス』は突っ込んでいった。


 そして『金色』を纏ったままのディアトロスは、ブレて見えるミラに向けて魔法を放つ。


 ――超越魔法、『万物の爆発ビッグバン』。


 一箇所に凝縮させられた『万物の爆発ビッグバン』は、恐ろしい殺傷力を以てミラに放たれた。


 しかしすでにミラの姿はそこにはなく『万物の爆発ビッグバン』はミラの居た場所で爆発を起こすだけだった。


 ディアトロスは直ぐに『魔力探知』でミラの魔力を探知するが、凄まじい魔力コントロールで魔力数値を0にされてしまい、ミラを完全に探知出来なくなった。


 それならばと『漏出サーチ』を放ち、能力値から場所を探り当てようと試みるが、先程のミラと寸分違わぬ戦力値を持った者達が、複数違う所から検知されたのであった。


「な、なんじゃと!?」


 戦力値コントロールや魔力コントロールで限りなく0にすることは可能だが『漏出サーチ』であれば、表記上で数値が分からなくても『測定不能』と表記はされるために、どこに逃げても分かる筈であった。


 しかし『漏出サーチ』で感知したミラは数値もしっかりと表記されたのだが、その同じ魔力と戦力値を持ったミラが『魔界』『人間界』の至るところから複数感じられるのである。


 そう言えば奴が消える直前に放った魔法で体がブレるように見えた。

 あの『魔法』の原理がよく分からないが、どうやら自らの魔力や戦力値を均等にした実体を持つ残像を生み出す魔法なのだろうとディアトロスは判断する。


 ――しかし、当然そんな魔法は見た事も聞いた事も無い。


 どうやら過去の大賢者『エルシス』と同様に、新たに無から創り出されたなのだろうと予測する。


 そして『漏出サーチ』の効力が薄れていく頃には、完全にミラの魔力値は感知が出来なくなった。


「面倒な人間が居たものよな」


 仕方なくディアトロスは『漏出サーチ』を切り、追うのを諦めるのだった。


「どうやら逃げられたようだな? ディアトロス」


 悔しそうにしていた『ディアトロス』の背後に声がかけられた。


「ソフィか……。気をつけろよ? あの人間の狙いは分からぬが、ワシやお前を倒して『魔界』を乗っ取ろうと考えているかもしれぬ」


 ディアトロスの言葉を聞いたソフィは、感心したように薄く笑う。


「クックック、やはり人間は凄いと思わぬか?」


 ディアトロスは溜息をついて首を横に振った。


「お前の考えている事はよく分からんし、知りたいと思わぬがな。お前を殺すのはワシの役目だ。ワシ以外の奴に遅れをとるなよ?」


 そう吐き捨てると『ディアトロス』はもうこの場に用は無いとばかりに『転移』するために、魔力を込め始めるのだった。


 ――しかし……。


「少し待つのだ。よ」


 ソフィの声色に真剣が帯びているのを感じ取ったディアトロスは慌てて『魔力』を閉じた。


「な、なんじゃ?」


 転移しようとしていた『ディアトロス』だが、ソフィの目を見て狼狽する。


 その目は過去に現れた大魔王『』の暴威をあっさりと封じた時の『大魔王ソフィ』がそっくりそのまま存在していたからである。


「このままだとこの国は滅んでしまう。お前の力を我に貸せ」


 真剣な表情で首の無い『皇帝』の骸を見た後、ソフィはディアトロスにそう告げるのだった。

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