第391話 第一次魔界全土戦争の結末

 人間が『二色の併用』を纏っているというところを初めて見た『ディアトロス』は、大賢者ミラを敵になり得る存在と認めて自身もまた『二色の併用』を纏い始めた。


 互いに『青』の練度はMAXを示す5.0という数値を出している。


 つまり『二色の併用』を用いた時、彼らは通常の6倍の強さになると言う事である。


(※青5×紅1.2=5×1.2=6となる)。


「ワシはソフィとは違って人間に対して一切の興味などはない。だが、魔族ではない者が、これ程の力を持ったという現実には興味がある」


 大賢者ミラに向かってそう口をする『ディアトロス』に『ミラ』は嘲笑を浮かべる。


「そんな御託はいいよ爺。お前ら魔族は人間を軽視しすぎている。私と戦う気があるならさっさと最初から本気でこい。面倒だが今回だけは相手をしてやろう」


 ディアトロスはミラの言葉に呆然とした後に、肩を揺らせながら大笑いを始めるのだった。


「カッカッカ! ワシにそんな口を利く者は魔族ですら稀有なのだがな。しかしいいぞ、よくぞ吠えた人間」


 ディアトロスの右手をミラに向けた後、淡く光り始めた。


「さて、躱してみせよ人間」


 ――神域魔法、『哀レ彼ラハ枯レ塵ル』。


 ディアトロスが放った魔法は容易くミラの体に影響を与えた。ミラの顔が、手が、足が徐々に痩せ細っていき見窄らしい姿に変わっていく。


 ――そしてミラは瞬く間に萎れた老人のようになった。


「ほう? これは変わった魔法だな爺」


「カッカッカ! 自分の姿がそこまで大きく変貌を遂げたというのに、そこまで落ち着いてられるのは大したものじゃな? だが、いつまで強がっていられるかな? お主の魔力は先程までの半分以下まで落ち込んでいるぞ?」


 確かにディアトロスの言う通り、強制的に年を取らされたミラは、いつかくるであろう未来の姿と、何より衰えた魔力に嫌そうな表情を浮かべた。


「成程。私もいつかはこうなるという事か。いい経験をさせてもらったよ


 ――そういうとミラは、何と


「ぬっ!?」


 流石のディアトロスも笑みを消して、自分で自分の首を落とした人間の姿を食い入るように見る。


 数秒間動かなかったミラの体が突然緑色の光に包まれ始めたかと思うと、一瞬の明滅の後に萎れた体が水を得たかのように若返り始めて、無くなった首が復元され始めた。


「これは新魔法か? しかしどの系統を扱えばそんな面妖なことがおきる?」


 ディアトロスであっても目の前で見せられた現象に狼狽えさせられるのだった。


 ――神域魔法、『聖なる再施ホーリー・レナトゥス』。


 驚くディアトロスの前で完全に元の姿に戻ったミラは、自分の首を擦りながら目を開けた。


「お前に掛けられた魔法を解くためにやり直したのさ。私は死という概念から解き放たれた存在でね? つまりお前が何をしようとも、私は何度でも元に戻ることができるのだよ」


 ディアトロスは瞬時にハッタリだと看破するが、実際に何かの効力が働いてそれに近い真似をされている現実を顧みてどうやって倒すかと考え始めた。


「厄介な若造だな。しかし厄介ではあるが


 そう言うとディアトロスは再びミラに向けて魔法を放った。


 ――神域魔法、『移ろい往く欠落ミッシング・ムーブ』。


 今度はミラの半身を欠損させる。


「再生すると言うのであれば、何度でも再生すればいい。ワシは何度でもお主を壊すだけだ」


 ディアトロスは本心からそう言うと、ミラの足止めにその存在意義を示すのだった。


「やれやれ。お前達のような化け物の相手はこれだから手に負えないな。だが別に今は私も本気でこの世界を獲るつもりはない。精々お前で時間を稼がさせてもらうさ」


 そう言うと欠損させられた半身を『聖なる再施ホーリー・レナトゥス』で、元に戻しながら何か詠唱を始めた。


 確かに魔法に詠唱を乗せて放てば無詠唱より威力は増すが、大魔王を相手に詠唱する暇などないため、ミラが普通に詠唱を始めたのを見た『ディアトロス』は苦笑いを浮かべる。


「成程な。再生するのであれば詠唱を止められる心配もないってわけか。本当に舐めた存在だな人間」


 しかしそれでも何もしないよりはとばかりに『ディアトロス』は再び魔法を放つ。


 ――神域魔法、『消失ス、名モ無キ骸』。


 幾重にもミラの体に線が入り、次の瞬間コマ切れにされてミラの体が千切れていく。


 詠唱は中断されてミラは再び絶命するが、即座に復元されていき途切れた詠唱が再開された。


 ミラの魔法が展開された瞬間。ディアトロスを含めた周囲の魔族達の頭上に、大きな十字架が具現化された。


「ぐぬ……っ!」


 ディアトロスを含めた魔族達が、縫い付けられたように動けなくなる。そして緑色に包まれながら復元を果たすと、大賢者ミラが手で十字を切る。


「それでは、さようなら」


 ――神域魔法、『聖なる十字架ホーリー・クロス』。


 周囲一帯に蔓延っていた大魔王達が、次から次に絶命していってその場から消えた。


 彼らの魂が死神に狩り取られる前に『代替身体だいたいしんたい』で用意していた身体に廻したのだろう。


 今のミラの一撃で死ぬことはなかったが、それでも今回の戦争ではもう戦いには参加できないだろう。


 そしてディアトロスも同じように『聖なる十字架ホーリー・クロス』の攻撃を受けたが、死にはしなかった。


「ほう? それは『金色』か。大したものだな」


 大賢者ミラは感心したとばかりに声をあげる。


 今ディアトロスが纏うオーラは『金色』。


『二色の併用』の上位に位置するオーラで、戦力値と魔力値が共に通常の10倍に膨れ上がる。


「まさかワシが人間如きに『金色』まで使わされるとはな。しかし徐々にお前の戦い方は分かってきた。もう少しでお前を殺してやろう」


「……」


 冗談でもハッタリでもないようで、目の前の魔族の老人は何か分析をするような目でミラを見ているのであった。


 ミラもまた面倒そうな目でディアトロスを睨み返した。今の『聖なる十字架ホーリー・クロス』は『ミラ』が持ち得る攻撃手段の中で一番攻撃力が高い魔法である。


 その攻撃がまともに入ったというのにピンピンしているディアトロスを見て、舌打ちをする大賢者ミラ


「これだから魔界にはきたくはなかったんだがな」


 自身も死ぬことは無いだろうが、ディアトロスを殺す算段が付かないミラはすでにこの戦いに興味をなくしていた。


 彼が戦争に参加する理由は、雇い主である皇帝が命令を出したからである。人間の世界で生きるミラにとって『人間界』の王である皇帝に背くことは生きにくい環境を作る事に他ならない。


 人間界で生きていく事を選んでいる以上、皇帝には逆らえないのである。


(こうなってしまった以上はさっさと皇帝にはところだな)


 皇帝自体に別に忠誠を誓っているわけではないミラは、内心で皇帝の死を望み始めるのだった。


 彼の目的はもっと別の所にあるため、この戦争の結末がどうなろうと知った事ではなかったのである。


 ……

 ……

 ……


 その頃、敵を屠りながら真っすぐに『ロンダギルア』の元にソフィ刃向かっていた。


 彼に向かって襲い掛かってくる大魔王達は、今のソフィに『金色の目ゴールド・アイ』を向けられただけで次々と気を失って倒れていく。


 決して達が弱い訳ではなく、ソフィが強すぎるのである。


 青の練度が4以上あり、戦力値が億を超える魔王達が数万体居たところで『真なる大魔王』の領域まで展開しているソフィが『二色の併用』を纏っている以上、相手になどなりようがなかったのである。


 そして遂にこの戦争の発端となった魔族『ロンダギルア』の陣営を南方の大陸で発見するのだった。


 ソフィは目を『金色』にして大陸の中心部分に向けて魔法を放った。小さな光が地面に向かう途中で弾けた。


 次の瞬間『ロンダギルア』の陣営に居た魔族達は、数万という規模で一撃で消し去られてしまった。


 ソフィの放った魔法から何とか生還した魔王達数名が大陸の空へと飛びあがり、ソフィの周りに集まってくる。


「何者なのだ、貴様は?」


『二色の併用』を纏いながら更に障壁で身の守りを固めながら、ロンダギルアはソフィに問う。


「我のことか? 我はソフィだ。静かに暮らしていた我らの大陸に土足で上がり込んで好き勝手に暴れてくれた上に、我のまで傷つけてくれた愚か者たちを皆殺しにするためにここに来たのだ」


「成程。どうやら北方にも俺と同レベルの存在が居たようだな」


 戦力値が500億を越える『ロンダギルア』だが、今相対しているソフィという魔族の力は、自分と同等かもしくは上をいっている事を悟る。


「我の仲間を傷つけた事を後悔しながら死ぬがよい」


 ソフィが人差し指をロンダギルアに向けた瞬間、ロンダギルアの肩がはじけ飛んだ。


 何をされたか分からないロンダギルアだったが、直ぐさま『高速転移』でその場から離れる。


「我からは逃れられぬ」


 ソフィが何かを念じた瞬間にロンダギルアは再びソフィの目の前に戻されるのだった。


 これは『逆転移』と呼ばれる技法であり『転移』とは違って自分が移動するのではなく、使用者が念じる事でこの場から離れていこうとする者達を再び自分の前へと転移させることが出来るのである。


 当然『逆転移』は誰もが使えるというわけではなく、また詠唱者が技法の対象となる相手との間に相当の力の差がなければ行う事の出来ない技法である。


 つまりは現状で『ロンダギルア』と『ソフィ』の間には埋められない程の力の差があったということであり、こうしてあっさりと呼び戻されてしまうのだった。


「何か言い残すことはあるか?」


 彼は『アレルバレル』の南方の大陸全土を掌握する程の魔族であった。そんな彼であったからこそ、


 先程の逆転移を加味した上で『ロンダギルア』の目の前に居る大魔王ソフィという存在は、自分と同等や少し上どころの騒ぎでは無く、


「とんでもない化け物が、この世には居たものだな……」


 その言葉を最後に『ロンダギルア』はソフィに首を掴まれた。



 ソフィの手で首を握り潰されて殺された直後、ロンダギルアが『代替身体だいたいしんたい』で魂を移動させようとしたが――。


「我は死神のように甘くはない」


 ソフィに『空間除外イェクス・クルード』を使われて永遠に魂はこの世界から『除外』されるのだった。


 ソフィが魔法を解かない限りは『ロンダギルア』は転生をすることも復活する事も出来ないだろう。


 ――そして、ソフィは今後『ロンダギルア』に対して魔法を解く気はなかった。


 それはつまり姿


 あっさりと自分たちの王であった『ロンダギルア』が滅ぼされた事で、数体の魔族達はその場から逃げ出す。その様子を見ていたソフィだが、普段の彼であれば逃げる者達をこのまま見逃していただろう。


 ――だが、仲間を傷つけられたソフィの怒りは、全てが片付くまでおさまる事はなかった。


「塵ひとつ残さぬ」


 ――、『転覆カタストロフィ』。


転覆カタストロフィ』の効果は、術者の魔力の影響下にいる全ての生物の行動を操り反転させる。


 現在『真なる大魔王』の限界地点まで魔力を高めながら、更に『二色の併用』を纏うソフィの魔法範囲内は『魔界全土』が対象内である。


 五体の『大魔王』達は呼吸困難に陥りながらその場でもがき苦しみ始める。


 その五体の魔族の元へソフィは足を運び、一体一体確実に首を刎ねた後に世界から『除外』していった。


 魔族たちは死の間際。の酷く冷たい目に晒されながら、この世に別れを告げる事となった。


 ……

 ……

 ……

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