第203話 尊敬する主の配下として

 ラルフがユファとの修行が開始された後、ベアやハウンド達は再びレイズの首都『シティアス』の守りに戻る。


 しかし『ラルグ』の偵察とやらが一度来てからは、その後は他に近寄る者も現れなかった。


 ただ守りに就くだけではなく、最近は五体の『ロード』達や『ベア』も組手などをして修行を始めた。ソフィの配下である以上、主に恥をかかせるわけには行かないと考えるベアたちの考えがあった。


 自分達がソフィに名づけてもらってから戦力値が一気に飛躍して、ソフィ以外の者に負ける気がしなくなっていたが、先日の叱咤をした時のユファの『淡く青い』オーラを見た時、ベア達は冗談抜きで心底震えあがった。


 そしてその時に自分たちは何をと気を引き締め直す事が出来たのであった。


 自分たちは魔族ですらなく、である。


 そう自覚することで自分たち自身で更なる力を求めて修行を開始したのであった。


 それはベアやロード達だけではなく他の魔物達も同様に、代わる変わる守りを交代しながら同種族同士で研鑽を積み始めた。


 …………


 そして新たにレイズ魔国の首都『シティアス』で新設された冒険者ギルド。


 そこでレルバノンは慣れない作業を続けていたが、ゆっくりと着実にこなしていく。


 その背後に主を守るように立つエルザだったが、そこにレルバノンから声が掛けられた。


「今日はもう私の護衛は十分ですよエルザ。この後は部屋に戻るだけですから」


 横目でちらりとエルザを見ながらレルバノンはそう告げた。


「分かりました、お疲れ様です」


 エルザは恭しく頭を下げると、ギルド長の部屋を出ていく。


 いつもであれば何かと理由をつけてレルバノンの傍にいる彼女だが、やることがある為に素直に応じた。


 そしてエルザは冒険者ギルドを出ると真っすぐにソフィの居る場所へと向かう。


 先日までリーネとスイレンの修行を見ていたが、二人がヴェルマー大陸であっても冒険者として活動を出来ると踏み、ソフィは二人に合格点を出したのであった。


 そしてソフィはレイズという場所をしっかりとみる為に一人で歩いている。


「うむ、ここは良い所だな」


 この町の建物が修復されてくると、過去の『シティアス』の情景が想像が出来る程であった。


 ベア達がいる西の『レイズ』の拠点から歩いてくると、シティアスの西入口に続いており、そのまま真っすぐ道に沿って歩いて行けば、左手側にいくつもの建物がありその建物の前にはテントが張ってある。


 グランの町のように露店を少し大きくした店が、横並びしていたであろうとソフィに思わせる。


 そして反対側には一際大きな建物があった。窓からうっすら中の様子が確認できる。


 そこにはテーブルや椅子が乱雑に並んでいて、その先に酒樽が積まれているのが見えた。


 エールのポップや、何かの肉を模した絵などが壁に貼られている事からも、ここは酒場だったのだろう。


 ソフィがその通りを進んでいくと、少し入り組んだ道が左右に続いている。


 どうやらギルドの場所へは東入り口から入ったほうが分かりやすいのかもしれない。


 色々とソフィは探検している気分を抱きつつ、町の近道などを捜し歩く。


 ようやく最近修復したばかりである冒険者ギルドの建物が見えた辺りで、背後から声が掛けられた。


「待っていたぞ、ソフィ」


「む? お主はエルザか」


 ソフィはエルザの声に振り返り足を止めた。


 真剣な表情を浮かべるエルザに、ソフィは何か重要な用なのだろうなとあたりをつける。


「ふむ。確かここに来るまでに人気ひとけが無い場所があったな」


 ソフィはそう言ってエルザを連れて、西入口から入ってすぐにあった建物へ向かった。


「忙しい中呼び止めて、すまないな」


 エルザはそういってソフィの後をついていく。


 ソフィは前を歩きながらも、エルザから漏れ出る紅いオーラに決死の思いを抱いている事を察した。


(この娘がここまで思い詰めている理由は、レルバノンの事だろうか?)


 当たるとも遠からずだろうなとソフィは考える。


 やがてエールのPOPが貼られている場所へと辿り着いた。二人は静かにその酒場であった建物の中へ入っていく。ソフィは乱雑に積まれている椅子を引き出してテーブルの前に置いた。


「この身体になってからは我は一度も酒を飲んではおらぬが、やはりこういう場所へ来ると呑みたくなるものだ」


 いきなり本題に入らずソフィは、この世界に来てずっと考えていた事をぽつりと漏らした。


「そういえば姿は一体何なのだ? 魔族である以上は見たままの年齢では無いと思ってはいたのだが」


「それがな? 我も分からぬのだ……。この世界へとばされた後、直ぐにこの姿に変わっていたのだが、一向に元に戻る気配もないのだ」


(強さがそこまで変わるわけでもないから、別に構わぬのだがな)


 …………


(※実際にはその強さに対して影響を及ぼしているのだが、ソフィがこの世界で本気になることがない為に全くその影響を本人が感じてはいないのであった)


 …………


「転移をさせられたのだったか? その影響なのかもしれないな」


 エルザは不思議だなという表情を浮かべながら、ソフィの姿を頭から足まで見ていく。


「それでエルザよ、何があったのだ?」


 そこでようやくソフィは本題に入るのだった。椅子から勢いよく立ち上がり、エルザはソフィの横に立つ。


「わ、私に修行をつけてくれ! 何でもする!」


 そう告げると『エルザ』はその場で勢いよく頭を下げた。エルザの誠意が伝わってくる。


「魔族として生まれた以上、いつかは必ず強くなりたいと思える時は来るのだろうが、お主はまだこれからの若い魔族だ。そこまで焦らなくても良いと思うが?」


 エルザはまだ魔族として生まれてからである。


 人間で言えばまだ十歳に差し掛かるかどうかという年齢であり、この年齢で戦力値400万を越えるエルザはお世辞抜きで優秀と呼べる強さである。


 …………


(※今のエルザの年齢である二百歳程とは『レイズ』魔国の『シス』が『ヴェルトマー』と出会った時より、少し年上と言える年齢である)


 …………


 自分の特色にあった得物を選んでおり、力の使い方も申し分がない。


 直接戦った事のあるソフィがエルザの戦力値を正確に分析しているのだから、そこに間違いはなかった。


「い、今までは私だって、そう思っていたんだ……! でも!」


 拳をぎゅっと握りしめて、悔しそうな表情を浮かべながらエルザは本音を語る。


「私はレルバノン様の配下として、身を守る盾となり剣となる存在だ! しかし、私は人間にさえ劣る! それが私は悔しいっ!」


 ソフィはエルザの心の吐露を聞きながら、視線はエルザの手を見る。手は大刀を握りしめて、振り続けて出来たであろうマメが何重にも潰れていた。


 この前戦った時にもソフィは注意深くエルザの手を見ていたが、こんな風に手マメの後はなかった。


 どうやら短期間の間に、強引に大刀を振って出来てしまったのだろう。


 焦りから普段の鍛錬とは違うやり方で、自分を鍛えようとした結果だとソフィは理解した。


 そして上手くいかずに強くなれない事でさらなる深みにはまり、どうしていいか分からなくなり、自分で解決できない悩みに苦しみソフィに救いを求めてきたのだろう。


「レルバノンを守る為に力が欲しいのか? それともその人間に劣るのが嫌だから力が欲しいのかどっちだ?」


 ソフィは試すように真剣な目でエルザを見ながら告げた。


「無論、レルバノン様を守る為だ! 主を守る護衛が主に守られているようでは、笑い話にもならない!」


 エルザはあの時にリディアを確かめようと魔瞳『紅い目スカーレット・アイ』をかけた時、そう、あっさりと破られて首元に刃を突き付けられた時、瞬時に恐怖よりも悔しさが勝った。


 身体の基本値として人間に勝る筈の魔族が、自分より遥か上に行っているリディアを見て、自分がなんと体たらくかと思い知らされた。


「そうか、よかろう。我で良ければお主を鍛えてやろうではないか」


 ソフィは本当の意味で強くなりたいと思う者には、惜しみなく手を貸してきた。


 エルザの性格を知るソフィは、本当ならば問いかける必要はなかったが、こうして口に出させる事でエルザに改めて決意を示して欲しかったのである。


「ほ、本当か! 恩に着る!」


 満面の笑みを浮かべたエルザは、ソフィの両手を掴んで上下に振り始めた。


(剣士を鍛えるのは、あいつ以来だな……)


 嬉しそうにしているエルザを見ながらも、ソフィは過去のアレルバレルの世界で鍛えてやった剣を使う『大魔王』を思い出すのだった。


 ……

 ……

 ……


「どうかしましたか? イリーガル様」


 イリーガルと呼ばれた『大魔王』は、手の中にある『金色のメダル契約の紋章』を食い入るように見ていたところを配下に声を掛けられて現実に戻される。


「ああ……、いや何でもない」


 イリーガルは大事そうに、金色のメダルをしまい込むと独り言つ。


「ソフィの親分に、早くまた会いてぇな……」


 【種族:魔族 名前:イリーガル 年齢:9330歳 魔力値:700万

 戦力値:6億8650万 所持:契約の紋章 所属:大魔王ソフィの直属の配下】。


 ――彼こそはソフィ直属の配下にして『』の一体『処刑』の異名を持つ大魔王『イリーガル』であった。

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