第204話 エルザの修行

 エルザの修行に付き合うと決めたソフィは、一度レルバノンに話を通す為に冒険者ギルドへ向かった。


「レルバノン様には、内緒で鍛えたかったのに」


 エルザはソフィに聞こえないくらいの小さな声で呟くが、当然の事ながらそのソフィに聞こえていないわけもなかった。


「クックック、どうせ分かる事だ。隠しておきたい気持ちも分からぬでもないが、こういう事は最初に話しておくことが大事だぞ?」


「うん、確かに……な。ソフィの言う通りだな」


 ソフィの言葉に納得したのかエルザは同意する。二人がそんな話をしていると、冒険者ギルドに到着した。


「レルバノン様は奥の部屋にいるが、まだ作業が残っていた筈だ」


 私が中を見てくるという言葉を残して、エルザは奥の部屋に入っていった。


「ここに窓口を作るわけだがこのスペースだと、掲示板等を置くとあまりに狭くなるな」


 レイズ魔国をヴェルマー大陸支部にする以上、やはりもっと大きさが欲しいところであった。


「隣の建物と繋げてしまうというのもよいかもしれぬな。どうせ今は使っておらぬのだし」


 ソフィが冒険者ギルドの拡張を考えていると、奥からレルバノン達が出てきた。


「ソフィ君。お待たせしてしまってすみません」


「いや、忙しいところにすまぬな」


 エルザの方を見ながら『レルバノン』は口を開く。


「話はこの子から聞きましたが、何やらソフィ君からエルザを鍛えて下さるとか」


「うむ。どこまでやれるかはエルザ次第ではあるのだが、少なくとも『』くらいにはしてやりたいと思っておる」


 その言葉にレルバノンもエルザも驚きをみせる。


 戦力値とは如何に才能があろうと、そして教える者が強かろうと簡単に上げられるものではない。


 それもリーネやスイレンの時とは違い『上位魔族』としてある程度基礎が出来ている段階から上げようとするならば、それこそ数十年から数百年の時間を要する。


 寿命の長い魔族だからこそ、それを見越して年を取る程に強くなっていけるのだ。


 それを今のソフィの言葉のように、少し修行を見てやると言われてあっさりと『最上位魔族』になれるならば誰もが『』になっている。


「さ、流石にそれはソフィ君でも、無理なのではないでしょうか?」


 この話を持ち掛けたエルザ自身もまた驚いてはいたが、しかしエルザはどこかやる気に満ち溢れた顔に変える。


「どうだろうな? こればっかりは本人のやる気次第だからな」


 クックックとソフィは笑みを零した。


「か、必ず最上位魔族になります!」


 エルザは決意を示すのだった。


「分かりました。宜しくお願いします」


 レルバノンはエルザの決意を見た後に、ソフィに頭を下げるのだった。


 ……

 ……

 ……


「場所は『ベア』達の居る拠点でよいか?」


 ソフィがそう言うとエルザはどこでも構わないとばかりに大きく頷いた。


 拠点ではベアがロードの五体を相手にしていて、激しい戦いを繰り広げていた。


 流石のベアも一体一体が3000万を越えるロードが五体も相手となると気が抜けない。


 普段であればいち早く気づくところだが、今回ばかりはベアもソフィが来た事にも気づかずに、サーベルやデスたちの攻撃に集中するのだった。


 『サーベル』と『ハウンド』が攻撃をするように見せかけて、縦横無尽に走り抜けながら『ベア』を攪乱する。


 そちらに気を取られていると、三メートルを越える『ベア』の身長の頭上から『デス』と『キラー』が空から針を飛ばしたり、羽を羽搏はばたかせて風を巻き起こす。


 回避の為に『ベア』が後ろへ下がると、そこに『クラウザー』が背後からタックルを仕掛ける。


「グオオ……ッ!」


 そして態勢を崩したベアにクラウザーが、細い体を器用に使ってベアの足に絡みつく。


 そしてベアが動けなくなったところに駆けていた猟犬『ハウンド』と、剣歯虎の『サーベル』が猛スピードで襲い掛かっていくのだった。


「グォアアアッ!!」


 鋭利な歯でサーベルがベアの首元目掛けて突っ込んでくる。


 足を取られて身動きが取れないベアを見たエルザは勝負が決まったと思ったが、


 ベアは態勢を変えて肩口でサーベルの歯を防ぎながら、頭を強引に突き出してサーベルの横顔をめがけて叩きつける。


 そして猛スピードで突っ込んでくるハウンドめがけて、肩口に噛みついたままのサーベルを左手で掴みそのまま投げつけるのだった。


「キャインッ!」


 速度が付いていたハウンドは回避が出来ず、サーベルを投げつけられて顎に直撃してひっくり返るとそこにベアが咆哮をあげる。


「グオオオオッ!!」


 爆撃音のような咆哮を身近で受けたクラウザーは絡みつく力が緩んだ。


 その一瞬を見逃さずベアはクラウザーの締め付ける体から抜け出して、両手でそのクラウザーを掴んだかと思うと、空から針を飛ばそうとしていたキラーに目掛けて投擲する。


 物凄い速度でクラウザーが飛んでいき、ガァンッという衝撃音と共にキラーは落ちてくる。


 今の衝撃でクラウザーも意識を失うが、被弾したキラーは死んだのではないかとさえエルザに思わせた。


 そして自由に動けるようになったベアと、大空を翼を羽搏かせながら飛んでいるデスと一騎打ちになる。


「ほう、やるではないか」


 ぼそりとソフィが感心するように呟くと、今まで戦っていたベアとデスはそこでビタっと動きを止めてソフィの方を見る。


 そしてソフィが居る事に気づいたベアは、慌ててその場でソフィに向けて跪きデスは急降下して降りてくる。


「こ、これはソフィ様! 挨拶が遅れました」


 デスも喋る事は出来ないが頭を下げながら、挨拶をするように鳴き声をあげた。


「いや、我の方こそお主らの試合を邪魔してすまぬな」


 ソフィは自分のせいで試合を止めてしまった事を謝罪する。


「いえいえ、そんな! お気になさらず」


 そこでベアは隣にいるエルザに目をやる。


「我も諸事情でエルザを鍛える事になったのだ。すまぬが隣のスペースを借りるぞ」


 ベアはエルザを横目に見ながら頷いた。ソフィはベアの確認を取った後、エルザを連れ立って歩いていく。


 ベアは主達を見送った後に、倒れて気絶しているロードの仲間達を助け起こしていく。


 そして全員を拠点近くのテントへ移動させてからベアは、ソフィ達の方を眺めるのだった。


 エルザが何もない空間から大刀を取り出すといつかのように構え始める。


 その姿を見たソフィは、いつのかのように第二形態の姿になる。


 【種族:魔族 名前:ソフィ(第二形態) 戦力値:433万】。


「クックック、さあエルザよ。いつでも斬りかかってくるがよいぞ?」


 戦力値のコントロールを行うことで、更に力は増幅させることが出来るが、では、この形態がソフィの最終形態である。


「では……、いくぞぉ!」


 エルザの目が紅く光り大刀に『淡く紅い』オーラを纏いながら、一直線にソフィ目掛けて突進する。


 ソフィはゆらりと手を前に出しながら、拳を握る手をゆっくり開いていき手の平を天に向ける。


 ――最初は小さい光だった。


 ソフィが口角を吊り上げて笑うと同時に、小さな光は徐々に大きく大きくなっていく。


 気が付けばソフィの左手もまた、エルザの大刀のように『淡く紅い』オーラを纏っていた。


「うおおおおっ!」


 もう突進するエルザの大刀をソフィはオーラで包まれた左手で受ける。


 最初の一撃でエルザの力が増している事にソフィは気づく。


(成程。エルザの手を見た時から鍛錬をしている事は理解していたが、少しは結果が現れて来ているようだな)


 エルザは畳みかける様に体を前に出してさらに体重を乗せてくる。


 ソフィは一歩後ろへ引きながら、エルザの体重を乗せた一撃を分散させる。


 そして右足でエルザの大刀の柄の部分を蹴り上げる。


 大刀が手から離れることはないが、今の一撃で重心が後ろへずれるのだった。


 意識が大刀にいったエルザの懐にソフィは一気に飛び込む。


「何があろうとも、視線は外すな……」


 ――ぞくりとエルザは身体を震わせる。


 懐に入られたことや、その言葉で驚いたのではなく、先程までの様子見の時とは違うソフィの真剣な目に対して『エルザ』は気圧されたのであった。


 そして懐に入られた後にソフィの左手ではなく、右手の掌底でエルザの肩を押された。


 ただそれだけでエルザの身体は、ベアの元まで吹き飛ばされる。


「……おっと!」


 ドォンッという音と共に、エルザをベアが両手で支える。


 ビリビリとソフィに押された肩口の衝撃が、未だに残っていた事でエルザは額から汗が流れた。


「エルザ殿。大丈夫ですか?」


 ベアが自分の肩を呆けながら見ていたエルザに声をかける。


「あ……、ああ……。す、すまぬなベア殿」


 我に返ったエルザが受け止めてくれたベアに礼を言った。


 そしてそんなエルザ達の元にソフィが近づいてくる。


「お主は接近戦を主戦とする戦い方だからな。必ず相手から目だけは離してはいかんぞ? 大刀が飛ばされたら直ぐにオーラを纏わせて両手や足で戦え」


 自身の大刀の得物に気を取られ過ぎているエルザに、ソフィは戦場での戦い方や心構えを身につけさせていく。


「わ、分かった! ソフィ、もう一度頼む!」


 基礎の体力作りや基礎練習を行っていたリーネの時とは違い、エルザの修行は更に踏み込んだ領域の研鑽となる。


 ――ソフィのエルザに対する厳しい修行が、こうして幕を開けるのだった。


 ……

 ……

 ……

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