第118話 レルバノン『フィクス』とステイラ公爵

 現在『ミールガルド』大陸には二つの王国がある。


 ――その一つが『ケビン』王国。


 最強の剣士が在籍する『サシス』の街を首都としており、最強の軍隊を擁する大国でもある。


 その王国に今一人の男が向かっていた。


 男の名は『レルバノン』。かつてヴェルマー大陸で『フィクス』の名を持ち『ラルグ』魔国のNo.2を務めていた大国の重鎮である。


 レルバノンは外交の腕も確かで『ケビン』王国の王や大貴族たちとも繋がりを持っており、すでにラルグ魔国の王の補佐という役職を失った後であっても、レルバノンという男を侮ることなく『ケビン王国』は、今でもレルバノンを自国の大貴族のように扱っている。


 最近では『破壊神』の二つ名を持つソフィとも面識を持ち、彼は大貴族を使ってソフィへ屋敷を提供したとも噂が広がっている。


 そしてそんなレルバノンが『ケビン』王国城に辿り着いた。


「そこの男止まれ! ここはケビン城だぞ!」


 ケビン王国の門番二人が大声で城に近寄るレルバノンに声を掛けて止めた。


「ケビン王には話をしてあると思うのですが、伝わっていないのですかな?」


 レルバノンがそう言うと、門番の一人がハッとした顔を浮かべる。


 そして慌てて直ぐに道を開けた。


「こ、これはレルバノン卿でしたか! 失礼を致しました、お話は伺っております!」


 門番の新人が先輩をぽかーんと見ていたが、先輩が睨んで道を開ける様に促したので慌ててもう片方の門番も道を開ける。


「では、通らせて頂きますね」


 レルバノンはニコリと新人の門番に微笑みかけて中へと入っていく。


 姿が見えなくなった後にレルバノンに笑みを向けられた新人が口を開いた。


「先輩、今の方は?」


「俺達が普段では話す事も出来ないだ」


 面倒そうに先輩門番はそういうと話を打ち切った。


 何やら先輩には思うところがあるのだろうと新人は思ったが、そういう事ならと直ぐに門番の仕事に戻る事にするのだった。


 ……

 ……

 ……


 城の中を歩くレルバノン。


 その堂々とする立ち振る舞いに、城の者たちは見とれるように彼を覗き見る。


 そしてそんなレルバノンの前に一人の男が話しかけてきた。


「待っていましたぞ、レルバノン卿」


 そう言って声をかけた男は『リカンド・ボル・アデラント』。


 ケビン王国の貴族『リカンド』伯爵であった。


「これはこれはリカンド伯爵、本日はこちらの都合で集まって頂いて申し訳ありません」


 レルバノンが謝罪を述べようとしていたのを右手で制止する。


「何を仰いますやら……。それにしてもレルバノン卿が王国で貴族を集めるというのは珍しいですね。一体どのような内容なのか気になりますな」


 リカンド伯爵は下手に出てレルバノンを立ててはいるが、彼自身は出世欲が強く『レルバノン』は利用できるという判断からこういった態度に出ている。


 それをレルバノンも分かっているので、顔に出す事はないが全く信用はしていない。


 まさにこの二人の会話は、表面上の関係が全てだと示しているようであった。


「ええ、とても重要な事でね。リカンド伯爵にも是非、お伝えしておかねばと思いましてな」


 レルバノンが真顔でそういうので、よっぽどのことだとリカンドも頷いた。


「この場で話せる話ではないと……。これは余程の事なのでしょうな、分かりました。会議の場で詳しくお聞かせ願いましょうか」


 そう言って会議室へと二人は歩を進めていった。


 会議室にはすでに多くの貴族たちが一堂に会していた。


 中でもやはり注目を浴びているのは、『エッダ家』のコーブル公爵。そして武神の末裔として『ケビン』王国を支える『ルオー家』のステイラ公爵。


 この二大公爵を中心に多くのケビン王国の貴族達が集まっていた。


 他にもギルド対抗戦の時に顔を出していた『マーブル』侯爵も参列しており『ケビン』王国有数の貴族達が、レルバノンの一声によって集められた形であった。


 そしてレルバノンが会議の部屋に姿を現した瞬間に、それまで騒がしかった会議室が静まり返った。


 次の瞬間、一斉にレルバノンの元へと貴族達が集まってくるのだった。


「これはこれは、レルバノン卿」


「お待ちしておりましたよ、レルバノン卿」


「本日はお声を掛けて頂き感謝しますよ」


 貴族達が一気にレルバノンに対して媚びを売り始める。


 ――面白くないのはそれまで話題の中心であった『』であった。


「フン! 他国の貴族がこの城に我が物顔で鬱陶しい!」


 周りに聞こえない程度の声量で毒づくステイラ公爵。


 もちろん普通の人間ではないレルバノンの耳にはその声は届いていたが、聞こえないフリをして流す。


 今この国の貴族達と揉めている場合ではないのだから当然の事であった。


 レルバノンが約束の時間まで他家の貴族達を上手く相手にしていると、ついにケビン王が姿を現した。


 それまで談笑をしていた貴族達が、一斉に姿を現したケビン王に敬意を示した礼を取り一気に静まり返るのだった。


 ケビン王国の象徴、全ての国民の王であるケビン王が『レルバノン』に声を掛ける。


「久しいな、レルバノン」


「ええ、そうですねケビン王」


 ミールガルド大陸のケビン王と、元ヴェルマー大陸の宰相が言葉を交わすと、他の貴族達は尊い物を見るかの如く二人の重鎮に意識を向けた。


 そして会議の時間となりレルバノンは、今回集まった貴族や王達に此度の危機が迫っている事を伝えた。


 会議室はレルバノンが喋り終えるまで静まり返っていたが、やがて危機感が伝わったのか、ザワザワと話し合う声が大きくなっていた。


 ケビン王も事前にレルバノンに聞かされてはいたが、こうして多くの自国の貴族達が慌てるところを見てその現実味を帯びてきたのだろう。


 真剣な顔で今後の事について考え始めていた。しかしその中にはそこまで重要視せず、騒ぐ会議室をほくそ笑むようにしていた者がいた。


 ――それは、ルオー家のステイラ公爵であった。


 現在のケビン王国の守りの要として存在している『ルオー家』はケビン王国の軍事力の40%を預かっている。


 戦になれば約半分の勢力が、ルオー家のステイラ公爵の者という事になる。


 もし今回ヴェルマー大陸のラルグ魔国と戦争という事になれば矢面に立ち、中心となるのがステイラ公爵であろう。


 しかしステイラ公爵はむしろ、今回のレルバノンの話は歓迎であった。


 それもその筈、魔族との戦争を経験した事のないステイラ公爵にとっては、更なる名をあげる好機チャンスが訪れたとしか思えなかったからだ。


 レルバノンが戦争になれば、手を出さずに防衛に力を注いで欲しいという主張をすると、ステイラ公爵は真っ向から反論するのであった。


「何を言うかと思えば、貴公は単なる冒険者風情の者達に戦争を任せて、我々ケビン王国の軍事力を防衛のみにまわせというのか?」


 予想はしていたが、反論をしてくるステイラ公爵にレルバノンは内心で舌打ちをする。


(余程自分達の家の武力を示したいのでしょうね。貴公程度、足手纏いにしかならないというのに)


「ステイラ公爵、ヴェルマー大陸を舐めないで頂きたい。確かに単なる冒険者ギルドに所属する人間達だけであれば、ステイラ公爵の持つ軍事力の方が遥かに秀でているでしょう。だが『破壊神』の二つ名を持つソフィ殿は、とは違うのです」


 だがステイラ公爵はここまで言うレルバノンに対して引き下がるどころか、更に言葉を荒げて反論を続ける。


「フン! 貴公の言うが、どれ程のものか分からんが『ケビン』王国の軍隊に勝てるとでも思っているのか? ヴェルマー大陸の魔族共が攻めてくるというのであれば、我々『ルオー家』が迎撃してやるから安心なさるがよい」


 自信満々のステイラ公爵を見た他の貴族達も次々と乗せられていく。


「そ、そうだな。たかが平民の冒険者に頼るくらいならば我々ケビン王国の要『ルオー家』のステイラ公爵に任せる方が安心できるというものだ!」


「うむ、私もそう思っておったのです。そもそもラルグ魔国は『レルバノン』卿がいた国ではないですか」


「はっはっは! まあ自国を高く評価する気持ちは我々も分かりますよ、しかし少しばかり誇張が酷過ぎるとは思いますがねぇ?」


 他の貴族が口々にレルバノンを嘲笑するかの如く囀ると、会議室は笑いに包まれた。


 見かねたケビン王が口を開き場を窘める。


 流石に王に逆らう者はおらず、会議室はまたも沈黙に包まれた。


「事情は分かった、レルバノンよ。此度の戦争の情報は助かった。しかし我々ケビン王国も無能の集まりではない。お主の心配する気持ちはありがたいが、向こうから戦争を仕掛けてくるというのであれば、後は我々国家に任せてもらいたい」


「ば、馬鹿なっ!?」


 事前にこちら側につくように示し合わせていたケビン王までもが、ステイラ公爵の言葉に乗っかり、自分達の軍事力に慢心しようとしている。


(こいつらは魔族というものを理解していない! 本気で『ケビン』王国の軍事力でどうにかなるとでも思っているのか!?)


 流石のレルバノンも信じがたい状況であった。


「レルバノン卿、まさかケビン王の決定に異論を唱えようとは思ってはおらぬだろうな?」


 ステイラ公爵がレルバノンに向けて、嘲笑うかの如く口を開いた。


「ケビン王がそういうのであれば、仕方ありませんがこの決定は後々後悔することになりますよ」


 レルバノンがそう言うと『ステイラ』公爵は堪えられぬとばかりに大笑いをして、それに釣られるように公爵に媚びを売るかの如く他の者も笑い始めるのだった。


 その中には会議が始まる前には、レルバノンに必死に媚を売っていた貴族達の姿が多く見られた。


 どうやら手のひらを返してステイラ公爵側についたという事だろう。


 そうしているうちに軍議は終わり、

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