第119話 翼が捥がれた先に

 ケビン城での会議が終わった後、部屋に最後まで残っていたレルバノンの元に、エッダ家の『コーブル』公爵と『サシス』の町で行われた冒険者ギルドの対抗戦で、ソフィの戦いぶりを観戦した事がある『マーブル』侯爵が近寄ってくるのであった。


「レルバノン卿……。心中お察しするぞ」


 コーブル公爵がレルバノンの肩に手を置いてそう言うと、マーブル侯爵が周囲に誰も居ないのを確認しながら口を開いた。


「私も先の対抗戦でソフィという少年の戦いを見ていなければ、他の貴族達と同じ意見でした。しかし今は違いますよ、レルバノン卿……。私も『ケビン』王国の軍事力よりも、あのソフィ殿の方が上だと理解が出来ます」


 マーブル侯爵の言葉を聞いたレルバノンは、この王国にも話が分かる貴族が残っていたとばかりに儚く笑みを見せたのであった。


「まさかケビン王がこういう決定を下すとは思っていませんでしたよ。王やステイラ公爵は魔族というモノを理解しておらぬのですよ。ヴェルマー大陸で行われる魔族達の戦争は、人間達の国の戦争とは規模が違いすぎるというのに……」


 ミールガルド大陸の中では、確かにステイラ公爵の持つ軍事力は桁外れであり、ルードリヒ王国の国力と比べてもケビン王国の方が上だと理解はしている。


 しかしそうだとしても『ヴェルマー』大陸と比べては『ミールガルド』大陸の軍事力の差は計り知れない。


 この国の軍事力では、ヴェルマー大陸の中にある大した事のない小国との戦争であっても、とてもではないが勝ち目はないに等しいだろう。


 それも相手はそのような小国ではなく『ヴェルマー』大陸全土の統一を果たした『ラルグ』魔国なのである。


 ――戦争となれば万が一にも『ケビン王国』に勝てる道理はない。


 レルバノンが俯いて考えていると、再びマーブル侯爵が話掛けてきた。


「レルバノン卿。人間の冒険者ではありますが、是非紹介したい者が居るのです」


 顔に手をあてながら俯いていたレルバノンは、そのマーブル侯爵の言葉にゆっくりと顔をあげた。


「マーブル侯爵、申し訳ないが……」


 レルバノンが断ろうとしたのだが、被せるようにマーブルは言葉を続ける。


「その者はこの大陸で間違いなく最強の剣士でありましてな、先程の会議でレルバノン卿が口にしていたソフィ殿とも面識がある者なのです」


 ソフィとも面識があると言われたレルバノンは、口にしようとしていた言葉を飲み込んだ。


 そして『サシス』の町のギルドまで案内されるのだった。


 ……

 ……

 ……


 サシスのギルド長『クラッソ』はマーブル侯爵達が顔を見せると、直ぐに声を掛けてきた。


 そして隣にいるレルバノンの顔を見る。


「マーブル侯爵、その御方がレルバノン卿ですか?」


「うむ。私が是非にリディアと会って欲しいと頼み込んだのだ」


 マーブルがそう言うとクラッソは、頷いた後にレルバノンに頭を下げて自己紹介を始めた。


「お初にお目にかかりますレルバノン卿。私はこの街で冒険者ギルド長をやっております『クラッソ』という者です」


 そう言って挨拶をしてきたクラッソを興味無さそうに一瞥しながらも、しっかりとレルバノンは挨拶を返すのだった。


「初めまして。レルバノンです」


 レルバノンは早く屋敷に戻って王国の事情をソフィに話をしたいと思っていたが、せっかくここまで来たのだからと、クラッソに挨拶を返しながら件の剣士の顔を見ておこうと思いなおすのだった。


 そしてギルドの二階の会議室に案内されて部屋に入ると、腕を組んだ男がそこには居た。


 その男の佇まいを見ていても単なる冒険者とは異なっていて、レルバノンから見ても相当にやれそうだと判断するのであった。


(確かにこの大陸で最強というだけの事はあります……が)


 リディアがちらりとレルバノンの方を見る。


 そしてその瞬間、ニヤリと笑みを浮かべて近づいてくるのであった。


「ほう? お前なかなか斬り応えがありそうな奴だな」


「は……?」


 いきなりの態度にレルバノンは呆然としたが、直後に笑いがこみ上げてくるのだった。


「こ、これ……! リディア! この方は大貴族のレルバノン卿だぞ!」


 慌ててクラッソがリディアを窘めようとするが、レルバノンは手を前に出して制した。


 次の瞬間にはレルバノンが『魔力』を高め始めたかと思うと、リディアに圧力をかける。


「むっ……!!」


 リディアは身体を固くしながらもレルバノンを睨む。


 この場に居るリディアにだけその魔力圧を向けたレルバノンだが、その魔力の余波を他の者達には一切向かないように精密な『魔力コントロール』を行いながら、リディアに圧力をかけたまま口を開いた。


「こう見えて私は忙しい身でね? マーブル侯爵が是非あって欲しい者がいると君を紹介されたので、ここまで来てみたのですが……。に屈する何て事はないでしょうね?」


 厭らしい笑みを浮かべながら、リディアを挑発するレルバノンだった。


 口ではそういっているがレルバノンは今『上位魔族』のエルザですら片膝をつくほどの圧力を、リディアだけにかけている。


 それは到底、ただの人間に耐えられる代物ではない。


「全くあいつの周りにいる奴は、どいつもこいつも化け物揃いだな」


 しかしリディアもまた笑みを浮かべて、レルバノンの魔力の圧をはじき返してみせた。


「まさか……!」


 流石にこれにはレルバノンは驚きを隠しきれなかった。


 確かにリディアを一目見てある程度強いとは思ったが、それでもラルグ魔国の魔族を相手に出来るだけの存在ではなく、レルバノンはその生意気そうにしている世間知らずの最強の剣士に対して、上には上がいるのだと分からせてやろうと威圧を見せたのだが、まさかただの人間が『最上位魔族』の威圧をはねのけてみせるとは思わなかった。


「『漏出サーチ』」


 【種族:人間 名前:リディア 年齢:25歳 

 魔力値:999 戦力値:856万 職業:剣士】。


「ふ、ふははは! これは実に面白い!」


 突如笑い始めたレルバノンを見て、その場にいたマーブル侯爵とクラッソは何が起きたのかと顔を見合わせた。


「いやいや成程、成程。これは失礼をしました。というのは、まんざら嘘ではないようだ」


 レルバノンが『』という名前を口にした瞬間に『リディア』が口を開いた。


「俺はあいつと同じ領域に行くまで、立ち止まってられないんだ。話は聞いたが此度の戦争に、この俺も参加させろ」


 レルバノンはその言葉を聞いて、先程までの態度を変えて頷いた。


「ええ、構いませんよ。貴方であればこちらこそ是非お願いしますよ。私も貴方がどこまで行けるのか、見てみたくなりましたしね」


 こうしてまた一人、戦争への参加者が増えたのだった。


(それにしてもでどうやって、ここまで強くなれたのだろうか?)


 レルバノンは笑みを浮かべながらも、内心でリディアの強さに疑問を持つのだった。

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