第103話 トウジン王の思い

 ソフィ達の居る『ミールガルド』大陸から、遠く離れた場所に位置する『ヴェルマー』大陸。


 その大陸では、三大魔国と呼ばれる三つの大国が長きに渡り、バランスを保ちながら繁栄を続けてきたが、遂にその一角であった大国『レイズ』魔国が『ラルグ』魔国に攻め滅ぼされた事で、情勢は大きく変わろうとしていた。


 大陸の至る所にある小国に『ラルグ』魔国軍の駐屯地が出来て、勢力を拡大しながらラルグ魔国は次々とヴェルマー大陸を支配していく。


 すでに大陸の七割程を掌握した『ラルグ』魔国は、残す大国である『トウジン』魔国の領内付近に兵を集め始めていた。


 トウジン魔国もこの状況を理解しており、戦争への準備を進めている。


 トウジンの主だった街に軍隊を派遣してラルグ魔国が領内に侵入すれば、直ぐに攻撃を開始出来るように見張りを設置している。


 トウジン魔国は数が少ないが魔族同士の統率と連携力は大国三国一である。


 それを可能とするのが『目』の良さでもあった。


 『戦局』を一体一体が見極めて動き有利になるように動く。


 そしてその兵達を上手く派遣している者達もまた強者であった。


 ――『シチョウ・クーティア』。トウジン魔国の切り込み隊長と呼ばれている男である。


「本格的な戦争が始まるな……」


 まだ魔族としては若い彼だが、すでに数千の『トウジン』軍を指示する立場にある男で、彼の属する国の王『ディアス』にも目をかけられている男である。


 レイズ魔国陥落から数日でラルグ魔国が動いた事を察知した彼は、直ぐにトウジンを包囲されないようにあらゆる場所に軍隊をおいて、領内への侵攻を現在まで抑え込んでいた。


「シチョウ様、トウジン王が御呼びです」


 彼の部下の『レイリー・ディルグ』がシチョウの元に言伝を運んでくるのであった。


「そうか、分かった。ここはお前に任せるぞ?」


「御意」


 シチョウはレイリーの返事を確認した後、直ぐにトウジン王であるディアスが待つトウジン本国の屋敷へと向かうのだった。


 ……

 ……

 ……


 トウジン魔国の王ディアスは屋敷の庭で刀を抜き、精神を研ぎ澄ましていた。


 大国の王が住む屋敷にしてはそこまで大きくもなく、目立った調度品などもない。


 よくいえば趣があるといえるが、悪く言えば貧相な暮らしと呼べるモノだった。


 だが、装備品や戦争に使う回復材といった物には、出し惜しみなく国財をつぎ込んでいて、まさにトウジンにとっては金とは、といった様子である。


 トウジン王にとって民や同胞こそが宝であり、それを守るために武力は出し惜しみはしない。


 そして国民もそんな王に尽くす為に、国が一丸となっている。


 此度のラルグとの戦争は軍隊だけのものではなく、この国に生きる民達全ての戦争である。


 そんな民たちを誇りに思い『トウジン』王の『ディアス』はは民の為に尽くそうと考えている。


 ――そしてそんなディアスの元に、シチョウが到着する。


「ディアス様、お待たせしました」


 シチョウは地面に跪いて礼を尽くす。


 ディアスはそんなシチョウに背を向けたまま、刀をゆっくりと鞘に戻して静かにシチョウの方を振り向いた。


「待っていたぞ、シチョウよ」


 そして庭から屋敷の中へとシチョウを連れて行き上座にディアスは座る。


「今日はお主を見込んで頼みがあるのだ」


 やがてディアスは厳かな態度で、シチョウに向けて口を開いた。


「はっ! なんなりと申しつけ下さい」


 シチョウがそう告げるとディアスは頷く。


「近々この『トウジン』魔国全域を巻き込んだ戦争が始まるだろう……」


 それはシチョウも感じていた事だが、ディアス王から聞かされると一段と身が引き締まる思いであった。


「お主も知っているだろうが、先日レイズがラルグに攻め滅ぼされた」


 当然ヴェルマー大陸に住んでいる者であれば、知らぬ者は居ない事である。


「だがレイズ魔国の女王『シス』は『ヴェルトマー・フィクス』の魔法によって、ミールガルド大陸の方角へと飛ばされて行ったのを確認された」


 その情報は幹部の者しか知らされていないが確かな情報であった。


 ラルグ魔国とレイズ魔国の戦争が行われた日に、斥候部隊に属している『マーティ』の部下が確認した情報であった。


「もちろんの事存じております。どうやらあの天才大魔導士……『ヴェルトマー・フィクス』が、自らの死と引き換えに逃したようですね」


「うむ、その通りだ。そこでお主にはこれより『ミールガルド』大陸に渡り『シス』の生存を確かめて来て欲しいのだ」


 その言葉にシチョウは立ち上がる。


「お、お待ちください! そ、それではディアス様は私には戦争には参加するなと仰りたいのですか!?」


 シチョウの言葉にも僅かにも反応せずに、ちゃぶ台に乗っているお茶を啜り飲む。


「そ、それはないでしょう? 憎き『ラルグ』の魔国兵共をこの手で切り刻んで死んでいった同胞達の報いを受けさせる絶好の機会……」


 最後まで啖呵を切ろうとしたシチョウだったが、それ以上は口を開けなかった。


 ディアスがお茶を飲みながらも、同胞の話題を出した瞬間に目が一段と険しくなったからである。


 これ以上はいけないとシチョウは何とか思い留まり、口を閉ざして自分を制御する。


 この国では何事も分を弁える事が、何よりも大事なことだとシチョウは理解している。


「分かりました……」


 シチョウが折れると『ディアス』はようやく優し気な目に戻る。


「すまぬがシチョウよ、これは私がお前を信頼しているからこその頼みなのだ」


 分かってくれとばかりに諭すディアスに、頷く他ないシチョウであった。


 ディアスの屋敷から肩を落として、帰っていくシチョウを部屋の窓から見送るディアス。


(すまぬ、分かってくれシチョウ。ラルグ魔国との戦争になれば、我が国はどう足掻いても勝ち目はないのだ。お主だけでも生き延びて『トウジン』魔国の!)


 これまで三大魔国として『トウジン』魔国が『ラルグ』魔国を相手に均衡を保っていられたのは、圧倒的な力を誇る『ラルグ』魔国に気軽に背後を向ける事を許さず、遠くから『魔法』で狙い撃ちが出来る『レイズ』魔国の存在が大きかったからなのである。


 その『レイズ』魔国の存在がなくなった今、正面切って『ラルグ』魔国とぶつかって『トウジン』魔国に勝ち目は残されてはいないだろう。


 トウジン王ディアスの悲痛な願いを知らぬままに、シチョウはゆっくりと帰路につくのであった。


 ――そしてヴェルマー大陸にて、最後の戦争が始まる。

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