第69話 ルノガンの研究

 レルバノンの屋敷は森林に囲まれた奥地にあった。


 相当な広さの敷地に警備の数も尋常ではなく多い。


 もともと最大勢力の『ラルグ魔国』のそれなりの地位にいたレルバノンは、自分の配下たちを連れてこのミールガルド大陸に来た。


 それなりの広さの屋敷でなければ、多くの配下を住まわせることが出来ない。


 そこでこの『ケビン王国』に居る自分達の存在を知るある貴族の協力の元、この屋敷を用意してもらったという事のようである。


 その屋敷の中をビレッジはミナトを連れて歩いている。


 ――そして長い廊下の先にようやく主の待つ部屋に到達した。


「レルバノン様、件の商人を連れてきました」


 厳かな作りの部屋に彼らの組織の主は居た。


 ビレッジの言葉に視線を向けたその男は、一見柔和な笑顔を見せてはいるが、商人として長く生きているミナトは直ぐにその男の目の奥が笑っていない事に気づいた。


 そしてミナトはその目を見て、と思ってしまうのだった。


「ほう、よくやってくれましたね。それでどこで仕入れているかも、聞き出せましたか?」


「いえ……。それは本人の口から直接聞き出そうと思いまして」


 その部屋に居る者達が一斉にミナトをみる。


 ミナトは震えながらも正直に言うべきか悩んでいた。


 ここで素直に薬草の仕入先や場所を吐けば彼は用済みとなり、殺されるのではないかと。


 それならばと聡い頭をフル回転させてこれを商売として、転じるこ事が出来ないかと計算を始める。


 だが、そんなミナトに対して男から先んじて、釘を刺される言葉を投げかけられるのだった。


「無理に何も言わずともいいですよ。別に貴方の意思に関係なしに聞き出す手立てはいくらでもあるのですから」


 男はそうミナトに告げて再びにこりと笑みを浮かべるのだった。


 そしてその男の言葉は決して駆け引きを行おうとするようなモノではなく、既に彼が抱え込んでいる『調合師』が作り出した使も可能であるし、その気になれば『を用いてあっさりと聞き出すという事も可能な為である。


 素直に吐いたとしても殺されるかもしれないと悟ったミナトは、最早何も交渉の言葉が思いつかず、八方塞がりに陥るのであった。


「お、おとなしく言えば、わ、私を生かしてくださいますか?」


 ミナトは何とかそれだけを口に出す事が出来た。


「ええ、もちろん構いませんよ。貴方を殺したところで我々には何の得もないですしね? 協力をして頂けるのならば、こちらもそれ相応のおもてなしをさせて頂きますよ」


 勝手に拉致を行っておいて、おもてなしも何もないだろうと考えたミナトではあったが、まだしっかりと会話が出来ている上に、直ぐに殺すと言われなかっただけまだマシだと考える事にするのだった。


 こうしてミナトは新しく見つかった『薬草』の仕入先を話す事に決めたのであった。


 ……

 ……

 ……


 その頃ステンシアの町では、また魔物たちが攻めてきていた。


 今度の魔物は蜂の魔物で『キラービー』の大群である。


 キラービー自体が、ランクD相当の魔物で狂暴化している今は一つ上ののランクC級と見てもおかしくはない事だろう。


 警備隊達や町の冒険者が対処にあたってはいるが、魔物の数は非常に多く徐々に押されてきている。


 特に面倒なのが『キラービー』の持つ毒針である。


 『キラービー』に刺されて毒を受けるのは今までもあったが、今は毒の他にも刺された者が次々と酩酊めいてい状態になって倒れていくのである。


 どうやら今までにこういった現象は起きず、討伐している警備隊たちも対処に悩んでいるようだ。


「これは『例の薬』の影響で『キラービー』の毒針も変異しているのか?」


 警備隊の一人が慌てながらも考察をする。


「ええい、考えてる暇はないぞ! 次から次に被害は出てるんだ、このままだと全滅だぞ!」


 ギルドからのクエストで集まった護衛の冒険者達が、町の侵入を防ごうと『キラービー』達を相手に奮闘をしているが、それでも状況は芳しくない。


「お、おい! まずいぞ『キラービー』だけじゃなく他の魔物たちもきてる!」


 冒険者の一人が指を差す方向を見ると、前回の襲撃の時のように数十匹の規模の魔物達が、続々と集まってきていた。


「こ、後退だ! 怪我人と『キラービー』に刺された者を背負って、急いで町の中へ入るんだ!」


 冒険者達と警備隊が慌てて街の門の前にバリケードを作って後退していく。


 ――このままでは『ステンシア』の町は終わりである。


 狂暴化している『キラービー』の戦力値は、少なく見積もっても数万を越えるだろう。


 この数値はギルドに属する冒険者の勲章ランクで言うと者、もしくはにさえ、匹敵する強さである。


 そんな強さの魔物が数十匹、さらに日を増すごとに数は増えていくのだ。


 何とか今は町の中への侵入は防いでいる為に、町の非戦闘員たちへの被害は出ていないが、このままでは時間の問題であろう。


 警備隊の隊長マークは自分達がとても優れていると自負しており、有事の際にも冒険者の力等必要ないとずっとそう思っていたが、現実にこういう状況になってから


「お、俺は……! なんと思い上がっていたのだ、情けない!」


 酒場のテーブルを叩いたマークは、自分の不甲斐なさを恨むのであった。


 ……

 ……

 ……


 ルノガンは自分の部屋の一室で、今日も研究成果をメモし続ける。


 『キラービー』に刺された冒険者の状態を思い出しながら、あらゆる統計を取り続けている。


「あの酩酊めいてい状態は、元々ある毒と薬の影響であることは間違いはない。そうであるならばいずれは薬を必要ともせずに、『キラービー』の毒針から薬の成分を感染させる事は不可能だろうか?」


 今日もまた超がつく程の一流の調合師『ルノガン』による、薬と新たな薬品の調合の研究は続いていく。


 彼の願いが成就されるまでそれは呪いの如く続くのだろう。


 ――行きつく先に彼のがあるかは、誰にも分からない事であった。

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