レルバノン編

第70話 スカーレット・アイ

 ルノガンの調合された例の薬によって、狂暴化した『キラービー』達が町を攻めてきた日からさらに数日が経った。


 あれからも魔物達の数が増え続けており、今やステンシアの町に居るほとんどの冒険者が防衛に駆り出されている。


 ステンシアの冒険者ギルドは別の街のギルドに連絡を取り、こちらの街に冒険者の援軍を募ってはいるが、もうそれまで持つかどうかという瀬戸際まで追いやられている。


 ステンシアを襲う狂暴化した魔物達はすでに数百という規模にまで達していて、現場は大混乱であった。


 そんな中ソフィはというと『ステンシア』の町の北の森林の中を歩いていた。


 何故そんな所に居るのか説明をするには、少し時を遡る必要がある。


 ……

 ……

 ……


 リーネに魔物の事を聞いた日の夜。


 ステンシアにある宿で横になっていると控えめにドアをノックされる。


「む、誰かな?」


 ソフィが入口のドアに近づくと、小声で話す女の声が聞こえてきた。


「魔族ソフィ。貴様の探し人は我々が預かっている。返して欲しければ黙って私についてこい」


 ソフィはその声に部屋のドアを開けると、宿の廊下にはローブに包まれて顔が見えないが、小柄のどうやら女性と思われる『』が立っていた。


「こっちだ」


 ローブの女はソフィの姿を確認すると、そのまま歩き出した。


「ほう? 『魔族』か……。珍しい来客だが、ここは行かねばなるまい」


 相手が単なる人間ではなく『魔族』である以上は、ひとまず軽視は出来ないだろうとソフィは判断するのだった。


 そして溜息を吐きながらソフィは、その怪しいローブ姿の女の後を追って町の外へ出て行くのであった。


 ……

 ……

 ……


「待て、お主。そろそろ行き先くらいは我に教えてくれてもよいのではないか?」


 ソフィが目の前を歩いているローブの女に話し掛けると、その足を止めてゆっくり振り返りながら口を開いた。


「魔族ソフィ、貴様は選ばれた」


「? 話が見えないな」


 冷たい目をした女は行き先を告げるでもなく、全くソフィと噛み合わない発言をするのであった。


「喜べ、貴様の強さは我が主に認められたのだ」


「そのように会った事もない奴に認められても困るというのがこちらの本音だ。そもそも我が『魔族』だと知っている者はそう多くはない筈だが?」


 そう言いながらソフィは、ローブの女に『漏出サーチ』をかける。


 【種族:魔族 年齢:244歳 名前:エルザ

 魔力値:999 戦力値:???】。


(そういえば失念していたが、この世界では魔族の存在は見た事がなかったな)


 どう見ても小柄の人間にしか見えない目の前の女が、ソフィがこの世界で初めて見たなのであった。


「ステンシアの町で貴様が魔物に放った『魔法』は、この大陸の人間の領域を遥かに越えるものだ」


 確かにソフィの『終焉の炎エンドオブフレイム』は、この世界の現存の最上位とされる魔法使いが扱える『魔法』を遥かに凌駕する。


 『超越魔法』と呼ばれる部類の魔法であり『魔族』の中でも『魔王』と呼ばれる領域に立つ事を許された者にしか使う事の出来ない位階の『魔法』である。


 『ことわり』と呼ばれる魔法を生み出す発動の源となる叡智や、その『ことわり』から生み出された魔法を扱う膨大な魔力がなければ発動すらままならない、その領域の魔法なのである。


 ミールガルド大陸にある魔法使いの町『ニビシア』の天才魔導士でさえ、超越魔法の領域には立てていないのだから、この世界の生粋の人間で扱える者はまず居ないだろう。


「ふむ、貴様が魔物達に薬を投与して狂わせている者達か?」


 ソフィの目が、に変わっていく。


「ふふ、やはり貴様は力ある魔族で間違いはなかったな」


 エルザという名の魔族は薄く笑みを浮かべながらも、ソフィの『魔瞳まどう』に対抗する為に自身目も紅く変えるのであった。


 ――魔瞳、『紅い目スカーレット・アイ』。


(※上位魔族が保持する目で、実力差があれば何もせずともその目で対象者を支配出来る。魔族であっても誰もがこの目を開眼できる訳ではなく、一定の力の壁を乗り越えた者の証でもある)


「先程の貴様の質問は半分正解だ。私の所属する組織の者が街を襲わせている」


 今度はソフィの身体の周りに、紅いオーラが具現化されていく。


「そうか。このままお主についていけば、我はそやつに会えるという事だな?」


「それは貴様次第だな。ひとまず大人しくついてこい」


 もしこの場に普通の人間が立っていれば、ソフィとエルザの体から溢れ出るオーラの圧力に圧し潰されていたであろう。


 町を襲わせている者が、目の前の女の仲間であるというのであれば、ソフィがついて行く事に反対する理由もない。


 ……

 ……

 ……


 再び二人は会話もなく歩き始めたが、自分の後をついてくる十歳程の少年にエルザは内心で感心していた。


(フッ、堂々としているじゃないか)


 エルザの戦力値はこの人間たちの大陸ともいえる『ミールガルド』大陸では間違いなく大陸最強階級クラスである。


 彼女が冒険者を屠るような事件でも起こせば間違いなく、の討伐対象として扱われるであろう程に。


 しかしそんなエルザであっても、ソフィの目が紅く光った時にエルザは内心で驚いてしまい、見せなくてもいい『紅い目スカーレット・アイ』を見せてしまった。


 すでにエルザもソフィに対して『漏出サーチ』を使っており、ある程度の情報は掴んでいたのだが『紅い目スカーレット・アイ』を持っている以上、隠蔽もしくは本当の力ではないと悟っていた。


 その証拠に彼が魔瞳を使った少し後、『紅いオーラ』が彼の身体を纏った後は戦力が測れなくなってしまったのであった。


(ソフィが紅いオーラを纏う前)


 【種族:魔族 名前:ソフィ 魔力値:999

 戦力値:70万 職業:冒険者、Dランク】。


 ↓↓


 (ソフィが紅いオーラを纏った後)


 【種族:魔族 名前:ソフィ 魔力値:???

 戦力値:測定不能 職業:冒険者、Dランク】。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る