第41話 ソフィの逆鱗に触れた者の末路
リディアに教えてもらった宿を見つけたソフィは、
ソフィは『ハイド』という他者から姿を見えなくする『魔法』を用いて自分の姿を一時的に隠すのだった。
この『ハイド』という『魔法』は一定以上の『魔力』を持つ者であれば、あっさりと見つけ出す事が出来る初級といえる程の『中位魔法』であるが、ソフィにとっては宿の従業員といった者から一時的にその姿を隠す事が出来ればそれでよかった。
そして何食わぬ顔でソフィは『ニビシア』のギルドの者たちがいる部屋の扉を開けた。
部屋の中は六人程が横になれる程の広さであり、そこに『ニビシア』のギルドの者達が集まっていた。
その中にはあの『
「しかし今日の試合は運がよかったな。あの少年と戦うと思うと冷や冷やだったぞ?」
ソリュウはソフィの強さを肌で感じており、さらには予選で『スイレン』をあっさりと倒したところを見ていたために、敗北を覚悟していたのだった。
「ふっ、まぁな。実際あのガキが『魔法』を使っているところを見たが相当にやばかった。使っている『魔法』は俺にもよく分からない魔法であった事に加えて奴の『魔力』自体も相当にやばかったからな。俺達の居る『ニビシア』の冒険者ギルドであっても、まず間違いなく勲章ランクAまでのし上がれるだろうよ」
現在『ニビシア』の冒険者ギルドで魔法使いとして最高峰に居る『ルビア』が他人を褒めるところを見るのは『ソリュウ』にとっても珍しく、驚いた様子で『ルビア』を見る。
「だが、俺の機転の良さも大したものだろう? あの『ニーア』っていう
「あ、ああ……。その事だが噂ではあの『ソフィ』って少年は『ヘルサス』伯爵に目を付けられているらしいし、今日のお前と『ニーア』の試合も強引に少年の反則負けを通達させたのは、
本来ルビアがニーアと戦っていた試合が中断された時点では、反則負けはニーアとなっていて『ソフィ』には影響がなかったのである。
それを運営本部にヘルサスが圧力をかけて、元々あってないような過去のルールを持ち出して、強引にソフィの反則負けにできるように持っていったのだった。
別にルビアたちに知らされていたわけではなく、有利な展開に乗っかっただけであった。
「それにしてもあのガキの
ソフィが聞いているとも知らずに、ルビアはニタニタと笑いながら話す。
「ほう? 我の顔はそんなに面白い顔をしていたのか」
誰も居ない場所から突然の声が聞こえてきた事で、その場にいた魔法使いたちは一斉に戦闘態勢をとった。
「だ、誰だ!?」
『ニビシア』の魔法使いの一人が、ソフィの居る方へと声をかける。
ソフィは姿を現すと同時に指を鳴らす。
その瞬間、その部屋にいた『ルビア』と『ソリュウ』以外の者は全員意識を失って倒れた。
「ここまでくれば姿を見せても構わぬだろう」
そう言った瞬間、徐々に『魔法』で姿を隠していたソフィの身体が見え始めた。
「お、お前たち……!?」
『ニビシア』のギルドの者達は全員が耐魔に優れており、先代のギルドの先達達からも『魔法』の研究を受け継いできた魔法使いのエキスパートたちである。
そんな者達が一斉にソフィの使う『魔法』であっさりと倒れていく様を見せられた『ソリュウ』は鳥肌が止まらない。
「饒舌に喋っていたところを邪魔して悪いが、お主には少しばかり付き合ってもらおう」
そう言うとソフィは一瞬で『ルビア』の隣に移動したかと思うと『ルビア』の首を掴み魔法を唱えた。
――『
ソフィと首を掴まれていた『ルビア』は、そのままソフィの魔法によって遥か遠くへ飛んでいった。
それを見た『ソリュウ』も慌てて『移動呪文』でソフィを追尾しようとしたが、ソリュウが『魔法』を使おうとした瞬間にガクンと膝から崩れ落ちた。
「な、何!?」
数秒間原因が分からなかったが、流石に『ニビシア』の最上位魔法使いである『ソリュウ』は直ぐに原因を知る。
この宿全体に高密度の魔力による『
それどころか今ソリュウが魔法を使った後、身体から『魔力』が失われていく感覚に陥り始めて数秒程で『魔力切れ』を起こしたのだった。
「ま、魔法を使うと魔力を吸われるのか? そんな魔法聞いた事がない……!」
この宿はソフィの手によって、
そしてソフィによって強制的にグランの街の近くの森、あの『ベア』達の居る所へ移動させられた『ルビア』は、辺りを見回して他に待ち伏せをしている者がいるかどうか、それを確かめながら口を開いた。
「おい、ここはどこだ? 俺をここに連れてきてどうするつもりだ」
「心配せずともここには我しかおらぬ」
「何……?」
「
――その言葉に『ルビア』の我慢は限界だった。
『ルビア』は魔法使いの町『ニビシア』においても最強と名高く、現代の最高峰と言われる最上位魔法も操る大魔法使いである。
そんな『ルビア』がたかだか十歳程の見た目の子供に、
「『麗なる氷華、凍てつく凍結の力よ、その絶対なる力を以て我の敵を砕く刃と……」
「黙れ……」
静かにソフィがそう告げると『ルビア』は詠唱の途中で口が開かなくなり、『極大魔法』の発動が出来なくなる」
「!?」
『ルビア』の口は動くようだが、喉から声の発生が出来ないようであった。
――ソフィの目は、
「何を勘違いしているのか知らぬが、これはルールのある試合ではない。これから殺し合いが始まるというのに、我が悠長にお主に『詠唱』をさせるとでも思っていたのか?」
『
『魔法』を使うのに詠唱を必要としている時点で、
――そしてこれより、大魔王による
――超越魔法、『
ソフィから超越位階魔法が無詠唱で放たれたかと思うと、何もない空間から夥しい程の数の呪いを具現化したような悍ましい表情を浮かべた死霊達が、次々と出現してくるのだった。
「!?」
『ルビア』は恐怖心に怯えて必死に声を出そうとしていたが、ソフィの目が金色に輝いた瞬間から『ルビア』は、その場に縫い付けられたかの如く、
「喰らい尽くせ」
ソフィがそう命令を下すと、いまかいまかとその言葉を待っていた呪いの具現者ともいうべき死霊達は、一斉に『ルビア』に襲い掛かっていった。
「!!」
目に涙を浮かべて自分の元に向かって来る死霊に、震えあがりながらも目を逸らす事が出来ず、その場から動く事も出来ない『ルビア』は、見えているのに抵抗が出来ない恐怖を体感する事になった。
死霊達は『ルビア』の手や足を少しずつ喰らっていく。
一思いに喰い尽くすつもりはないようで、どうやらソフィの意図を汲み取り『ルビア』に痛みを与える事を目的としたようである。
目も逸らせない上にその場から動けない『ルビア』に、この仕打ちはたまったものではない。
見ているだけで全身に鳥肌が走る程の悍ましい者達が、自分の手の腕を齧ったり爪を舌で舐めていたかと思うと指の先を食い千切り、涎をまき散らす死霊は『ルビア』の足の太ももに喰らいついた。
『ボキリ』という骨の折れる音が、彼の耳に聞こえてきた頃には、また違った痛みが『ルビア』に走り、恐怖と痛みで彼は涙を流し始めるのだった。
「さて、次だな」
――超越魔法、『
ソフィがそう呟くと同時、死霊達は一斉にその場から離脱したかと思うと、大会中にソフィが使った『超越位階魔法』の炎が放たれた。
痛みに必死に堪えていた『ルビア』は全身が炎に包まれて、皮膚を焼かれる痛みだけが伝わってくる。
だが、決して絶命する事が出来ず、自分の身体が燃えていく匂いが鼻孔を擽り、更には痛みと熱さだけが延々と続いて行くのであった。
「楽に死ねると思うなよ? まぁ別に死んだところで
――根源魔法、『
ソフィはそう言うと新たな『魔法』を発動させる。
するとルビアの火傷で爛れた皮膚を再生していき、死霊に喰われた部位等が元に戻っていくのであった。
どうやらソフィの言葉通りに回復の『魔法』によって再生を果たしたのだろう。
しかし『ルビア』にとってはこの後、回復をされる事の方が辛いと思えるようになっていくのであった。
再び動けない『ルビア』の元にまた死霊達が現れたかと思うと、今度は手の小指の爪を剥がしたりと先程とは違う痛みを与えていく。
しかしそれでも痛みを与える事だけを目的とされているのか、その痛覚の先に至る直前で止められて、再び傷が修復されて再生が繰り返されていく。
(ぐっ……ぅ、ぐあぁ……!)
ルビアはもう自分の身体がどうなっているのかも分からず、悶える事しかできない。
手足は死霊に何度も何度も喰らいつくされては元に戻り、痛みだけが何度も何度も繰り返されて、想像を絶する業火が何度も何度も自らの身体を焼いていく。
気が付けば痛みと熱さだけが延々と繰り返されてからもう数十分が経っており、痛みに慣れそうになるとまた違った痛みを即時に与えられて、神経損傷を
痛覚だけがいつまでも続くのだが、人体の回復機能や修復機能が『魔法』によって施されているために一時的に元の状態に戻されるため、どちらかといえば人間の精神を司る脳などに異変が生じ始めていく。
人間には五感が備わっているが、ルビアはその五感の中で視覚や嗅覚が麻痺する程の異変を長時間に渡って幾度なく生じさせられている為に、ルビアの肉体よりも先に精神が壊れ始めていた。
これこそが大魔王ソフィの狙いであり、彼の報復はルビアという人間の全てを完全に壊しきるまでは終わる事はない。
かつて『アレルバレル』の世界の勇者『マリス』が、このソフィと戦っていた時に考えていた通りに、この大魔王がその気になれば、あっさりと『ルビア』だけをこの世界から消滅させる事も可能ではあるのだが、彼の大事な仲間である『ニーア』に対して行った仕打ちの報いを『ルビア』本人に理解させるまでは『消滅』程度の生易しい報復で終わらせるつもりはない。
――勘違いをしてはいけないが、大魔王ソフィは決して優しいだけの魔族ではない。
このソフィという存在は『魔界全土』の大魔王領域に居る存在達から命を狙われて尚、そして『人間界』から幾度となく『勇者』に討伐対象とされて尚、数千年という長い年月『最強の大魔王』として君臨し続ける程の存在なのである。
そんな存在をたかが『魔力』が人よりも高い程度のいち人間が、彼の大事な仲間に手を出して怒らせてただで済む筈がないのである。
ルビアは痛みや熱さ、苦しみに対して泣き言一つ言葉に出せない。
ソフィの『
(こ、こんな……、こんな容赦のない事が、何故平気で出来る!?)
『ルビア』は何とか生きる為に、本能で『何かを考える』という行動を取るのであった。
思考をする事で痛みや熱さなどの痛覚もまた、忘れる事は出来ずに感じられるが、何かを考える事で発狂だけはせずに自我を保つという事に成功しているようであった。
これは『ルビア』が知識として知っていたわけではないようで、生き残る為に彼が咄嗟に導き出した答えなのだろう。
そしてその『考える』という思考を巡らせ始めた『ルビア』を見たソフィは、冷酷な目をギロリと動かして、ゆっくりと彼に近づいていく。
「どうやら痛覚に耐える術、抗う術を身につけたようだな? この短時間で精神を安定させる術を得られた事は見事だ」
――ソフィは感心するようにそう言葉にする。
しかしだからといって、この大魔王の苦痛から解放されるわけではなかった。
「さて、それでは次だな。お主よりも更に不撓不屈の精神を持つ者を我は何千年と生きて相手にしてきているのだ。安心するがよい、この程度の事は想定の範囲内だ」
そしてソフィはいつの間にか、左手で『ルビア』の首を掴み上げていた。
俯いていた顔を上げさせられた『ルビア』は、そこでソフィの金色に光る目を再び見てしまい震えあがる。
この世で一番恐ろしい化け物を敵にまわしてしまった後悔を一身に受けた『ルビア』は、その両目からとめどなく涙が溢れて止まらない。
彼は声が出せないまま、死霊たちが自らの手と足をゆっくりと喰いちぎられる痛みを数十分に渡り繰り返されて、自分の身体の皮膚が燃える匂いと熱さを覚えさせられて、何度も何度も繰り返された挙句、現実逃避を行おうと別の事を必死に考えようとしていたところに、首を掴まれて眼光鋭い大魔王に恐ろしい言葉を投げかけられて、恐怖が上書きされてしまい何も考えられなくなっていった。
(こ……っ、殺してください……! お願い……し、ます、こ……っして、もうころしてください……!)
――どうやら死んで楽になりたいとだけは考える事が出来たようで、そして死だけが救いだと『ルビア』の思考は到達点を迎えたようである。
そして『ルビア』にはもう戦う意思など当然のようになく、完全に捕食された餌の気分でソフィを見ていた。
どうやら『ルビア』に対してこれまで以上の絶望を与えようとする寸前に、彼がニーアに対して行った仕打ちを反省し、自責の念に駆られているとそのルビアの『目』を見てソフィは察したようであった。
これから残虐的な行為を行おうとしていたソフィは、そのルビアの『反省』を考慮して思い留まると、徐に口を開いて言葉を発し始めるのであった。
「貴様が誰に向かって舐めた真似をしたのか理解したか? 理解したのであれば仕方あるまい、今すぐに楽にしてやろう」
ソフィはルビアの首を掴んだまま、空高く上空へ投げ飛ばした。
そして――。
――超越魔法、『
次の瞬間、空の広域範囲に次々と鮮やかな魔法陣が浮かび上がる――。
その速度は時間にしても一秒にも満たなかっただろうか。
魔法陣が明滅し始めたかと思うと上空に大爆発が起きる。
対象となったルビアは高耐魔を持っているにも拘らず跡形も残らず消し飛び、遥か上空で起きた爆発にも拘わらず『ミールガルド』大陸中に響き渡る程の大爆音と共に、大陸のあちらこちらに歪みが出来て亀裂が走ったのだった。
ソフィは数秒程空を見上げていたが、やがて『サシス』のある方角に向かって飛んでいくのだった。
自分達の縄張りの中で起きた戦闘の音を聞きつけて、ソフィの近くまで来ていたベアは、あんぐりと口を開けて飛んでいくソフィを見えなくなるまで見届けていたのだった。
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