貴族の陰謀編

第40話 リディアの思惑

 ソフィが宿を出て向かった場所は『サシス』の冒険者ギルドであった。


 サシスのギルドの上層部であれば『ニビシア』のギルドの宿泊している場所を知っている者が居るだろうという判断だった。


 強引な手口で反則負けにされた事に対して思うところはあるが、手を出した事は事実ではあるので大会ルールに口出しするつもりはなくソフィも素直に受け入れている。


 ――しかしソフィは『ルビア』だけは


 あの時『ニーア』の命を確実に奪ったであろう攻撃は故意である事は間違いなく、その後のニーアに対する暴言も決して許せるものではない。


 ソフィ自身に向けて行われた事であるならば別にいいが、仲間にされる事には我慢ならないのがソフィの心情である。


 ルビアは決して怒らせてはいけない者を怒らせてしまった――。


 今のソフィは冷静そのもので傍から見れば怒っているようには見えない。


 しかしソフィの深淵を覗ける者がいたとするならば、その者はに違いなかった。


 そしてソフィはこの町にきた時に入った『サシス』のギルドに到着した。


 中に入るとこの時間でもまだギルド内には人が多く、対抗戦も決勝トーナメントまで進んでいるために予選で負けた者などはもう、普段通りにギルド依頼のクエストを受けている者も居る様子であった。


 ソフィがギルド内に入ると、そのまま窓口まで歩いていき受付に声を掛ける。


「お主、すまぬがちょっとよいか? ここのギルド長に面会を願いたいのだが」


 突然現れた十歳程の子供にそう言われた『サシス』のギルドの窓口担当の女性は、どう対応をしようかと悩み始めたが、その子供の姿のソフィを見ていると突然その女性ははっとしたような顔になった。


 どうやら今ギルドの冒険者達を賑わせている『グラン』の冒険者ギルド所属の『ソフィ』選手だという事に思い当たったようである。


 『ソフィ』に気づいた受付の女性はそのまま頭を下げて、どうやら要求通りにギルド長に会わせてくれるようで、取り次ぎの為に奥に入っていった。


 そして直ぐに『サシス』のギルド長のクラッソが姿を見せた。


「これはこれは! 当冒険者ギルドへようこそ『グラン』所属の冒険者ソフィ殿」


 すでに何度もソフィの戦いぶりを見ていた『クラッソ』は、ソフィの事もよく知っている様子で、邪険な扱い等せずに真摯な態度で声を掛けてくるのであった。


「唐突に押しかけてきてすまないな。忙しいところではあると思うのだが、少しばかりお主に聞きたい事があってな」


 ソフィがそう言うと、クラッソは目を細めて口を開いた。


「そうですか……。分かりました、それでは中で詳しくお聞きしましょう。どうぞこちらへ」


 そういって誘われるがままにソフィは、ギルドの奥にある『クラッソ』ギルド長の部屋に案内された。


 中に入ると豪華な机に椅子、そして大きなソファーが目に入った。


 元々建物からして『グラン』の冒険者ギルドとは比較にも出来ない程に大きいが、ギルド長の部屋一つとっても『ディラック』の部屋とは大違いの広さだった。


「そちらのソファにお座り下さい」


 ソフィが言われた通りに腰掛けると『クラッソ』も自身の椅子に座り口を開いた。


「それで、ご用件は?」


「うむ。単刀直入に言わせてもらうが『ニビシア』のギルドの者達が泊っている宿を教えてもらいたいのだ」


 余計な事を一切言わずに真っ向から『クラッソ』に訊ねるソフィであった。


 クラッソは聞かれる内容をいくつか予想をしていたが、そのどれとも違う内容に眉を寄せた。


「ふむ。ソフィ殿はそれを聞いて、一体どうなさるおつもりで?」


「我の仲間に舐めた真似をした『ルビア』という者に制裁を加えようと思ってな。その為に我はお主に居場所を教えてもらいに来たのだ」


「は、はぁ……?」


 あまりに堂々と言い放つソフィに、クラッソは空いた口が塞がらなかった。


「この町のギルド長であれば、当然知っているのだろう?」


 冗談でも何でもなくソフィが本心のままに、聞いているのだと悟ったクラッソは言葉を返す。


「い、いやこれは驚きましたな。当然知ってはいますが、彼らはまだ対抗戦の最中です。揉め事を起こすと口にしている者に、そうやすやすと教えるわけにはいかないでしょう?」


「ほう? 素直に教えたほうが身のためだとは思うがな」


「それは脅しですか? 理由はどうあれ貴方は大会中に反則を犯して負けたのですよ。大会のルールに則り運営本部が認めた以上は、それが覆る事はない」


 流石にクラッソは『サシス』という大きな町のギルド長を務めているだけあって、ソフィの圧のある言葉にも屈せずに言い返してくるのだった。


「勘違いしてもらいたくはないのだが、大会の決定に対して我は文句を言いに来たのではない。我が知りたいのはあくまで『ルビア』の居場所だけだ。それ以外の事については、何も口出しするつもりはないし、もちろん決まった事に従うつもりだ」


 しかしクラッソも先程述べた通り、大会の真っ最中である『ニビシア』のギルドと、揉め事を起こすといっている者に居場所を教えられる筈もなく話は平行線をたどる。


 ――やがてソフィは、これみよがしに溜息を吐いた。


「もうよい。お主はどうやら本当に教えるつもりはないようだ。ルビアとやらの居場所は自分で探す。忙しい所に邪魔をして悪かったな」


 ソフィはもう話は終わりだとばかりに席を立って、そのまま部屋を出ていこうとするが、そのソフィの背中に向けてクラッソがぼそりと声を掛けた。


「一つだけ忠告しておきましょう。今貴方はとある貴族から大きな恨みを買っています。今回の件もそうですが、今後貴方の周りで不幸な出来事が起こるかもしれませんよ。十分にお気を付け下さい」


 そう告げた『クラッソ』は、ソフィに親切心で教えたわけではなかった。


 やはりどこかで十歳の子供であるソフィの見た目に惑わされていたのだろう。


 ソフィが今の忠告で背筋を寒くさせているだろうと、チラリと目線を送るとソフィは振り返った。


 そして背筋を凍らせたのは、であった。


 ソフィの目は鋭く、


「忠告は感謝しようクラッソ殿。だが、貴族であろうが王族であろうが、これ以上我を怒らせるならば……」


 ――この大陸ごと沈めて国そのものが、


 ソフィがそう口にした後、のオーラがソフィを包み込んだ。


 ここまでの激怒を見せた『ソフィ』の怒りを鎮めるには、もう『ルビア』の首を差し出すしかない。


 『アレルバレル』の魔界に生きる魔族達であれば、皆一様に声を揃えてそう告げる事だろう――。


 これまで数多くの勲章ランクAまでのし上がってきた屈強なギルドの冒険者達を相手にしてきた『クラッソ』が、目の前の十歳程の年齢の少年に圧倒されて、背中は大量の汗でびっしょりと濡れてしまっているのであった。


 ギルドを出たソフィはこの町にある全ての宿をまわって『ルビア』を探そうと歩き出したが、前から来た長い髪をした長身の男がソフィの前で立ち止まった。


「お主は確か『リディア』といったか?」


 ソフィがギルドから出てくるのを待っていたであろう『リディア』は、ソフィを見て非常に残念そうな顔を浮かべた。


「俺はお前を逃すつもりはない。必ずお前は俺が斬る。だが、物事には順序というものがある。つまらないルールで貴様を敗退にした、


 リディアが本気で斬りに行くつもりだという事を感じたソフィは笑みを浮かべた。


「……何を笑っている?」


 そんなソフィを見て不可解だとリディアは眉を寄せる。


「クックック、見かけによらずお主はいい奴だと思っただけだ」


「ふん。何を勘違いしているのかは知らないが、全てが終わった気でいるなら警告しておいてやる」


 そう言った瞬間『リディア』の周りの空気が張りつめていくようであった。


「ルードリヒ王国の大貴族である『ヘルサス』伯爵は、お前が『スイレン』を倒した事で面目丸つぶれとなった。つまりお前は今後『ルードリヒ王国』の大多数の貴族を敵にまわしたといっても過言ではない」


 この大陸は『ケビン王国』と『ルードリヒ王国』の二大国家で成り立っているため、その片方の王国そのものを敵にまわしたようなものだと『リディア』はソフィに告げたのだった。


「全く勝手な話だ。正規に出場した大会の中で戦っていただけで、まさか一国を敵にまわす事態になるとは思わなかったぞ」


 ソフィが肩を竦めて困ったとばかりの表情を浮かべると『リディア』もまた頷きを見せた。


「正しくその通りだ。お前のように正々堂々と戦った者が、大会運営や一部の貴族の気分で反則負けにされるような大会ならば、存在そのものを失くすべきだ。そこに何の価値もない」


 そしてリディアの体から戦闘意欲を示すようなオーラが溢れ出て来たかと思えば、非常に濃さを増していく。


 ソフィは『リディア』の戦力値を『漏出サーチ』で測ったわけではないが、今のリディアは『アレルバレル』の世界でよりも遥かに上だろうなと確信する。


「それで? どうするつもりなのだ?」


 ソフィは目の前の男がもう止まる気がないのを承知で訊ねた。


「それはこちらのセリフでもあるが、俺は先に告げた通りにこれからお前を反則負けにした張本人を含めた『ニビシア』の魔法使いの関係者を全員に行くつもりだ」


 何でもない事のようにリディアは言っていたが、それは冗談でも何でもなかった。


 約束された至高の戦いの場を汚されて、そのまま決勝を無価値に変えた男を当然『リディア』は許すつもりはない。


 勲章ランクAという冒険者ギルドで最高峰に立ち、同じ勲章ランクAの者達からも最強と謂われる『リディア』という男にとって、自身の認めた相手と心行くまで殺し合う機会というのを失った報いは安いモノではないのであった。


「悪いがそれは諦めてもらおうか」


「何……?」


「我は我の『ルビア』だけは許す事だけは出来ぬ」


 ソフィの口から『ルビア』という魔法使いの名前が出た瞬間、ソフィの目が紅く光る。


「確かにお主の言う通り、。確かに『ルビア』は『ニーア』よりも現在の段階では上かもしれぬが、所詮その差は微々たるモノだ。鹿あやつは、一体自分がどれほど偉いつもりなのかは知らぬが、


(こ、これは武者震いか? それともこの俺が怯えているのか?)


 『ルビア』の事を話し始めた頃からソフィの目は紅く光り輝いていて、その紅い目と話す言葉の内容を聞いていた『リディア』は、目の前の十歳程の少年から目を離せなくなっていた。


 どちらにせよ目の前の男は『ニビシア』の魔法使いに対してただならぬ怒りを覚えている。


 ここで自分が手を出す事は筋も違うだろう。


「ちっ! 分かった。だがソフィよ、約束しろ!」


 ソフィの放つ殺意に負けぬように、胸中で自分を鼓舞しながらリディアは口を開いた。


「全てが片付いた後、!」


 リディアの目はまっすぐにソフィを見つめている。


 その目はとても純粋で少年のようであった。


 彼の今の願いは目の前の男と全力でぶつかり、どちらが上かを決める事であった。


 それ以外の事など瑣末な事だとリディアの目が訴えており、それを理解した上でソフィは笑みを浮かべた。


「クックック、我はお主に気に入られたのだろうな」


 そしてソフィはリディアを見上げて口を開いた。


「構わぬぞ? 我でよければ好きなだけ相手をしよう」


 ソフィがそう言うと、ここでようやくリディアは、満足気な顔を浮かべたのだった。


「さて、お前が探している魔法使い共の居場所だがな。この通りをまっすぐいった先にある、青い看板の宿に奴らは宿泊している。後はお前の好きにするんだな」


 それだけを告げてリディアは、約束を忘れるなよとばかりにソフィを一瞥した後、満足気に笑みを浮かべて去っていった。


(クックック、恩に着るぞ。リディアよ)


 ソフィは去って行く男の背中を見ながら胸中でそう告げた後、踵を返して反対方向の教えられた宿へと歩を進めていく。


 ――この後、ニビシアの冒険者『ルビア』は後悔する事になる。 


 『アレルバレル』という猛者が揃う恐ろしい世界で、凡そ数千年に渡り『最強の魔王』と恐れられた魔族からをその身に受ける事になるのだから。

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