第42話 ソフィVS微笑

 ベアが縄張りとする森の中で『ルビア』を始末した後に、サシスの町に戻ったソフィは自分の泊っている宿の前まできてその違和感に気づく。


 宿のロビーの明かりが消えていて泊っている人間達の気配が全く感じられなかったのである。


 そしてソフィが宿の中に入ると、異臭や血の匂いが部屋中に充満しているのだった。


「何だ……? 我が出ていった後に、一体何があったというのだ!」


 眉を寄せながらそう告げたソフィは、慌てて自分が泊っていた部屋の扉を開けて中に入る。


 するとそこにはロビーとは比較にならない程に、見るも無残に部屋の中が荒らされており、建物に備え付けられている棚やテーブルに椅子などが破壊されて、破片が至る所に散らばっていた。


「これは酷いな」


 そう呟いたソフィは床に散らばる硝子の破片を割けて通り、奥の部屋に入っていく。


 するとその部屋の中央には『ニーア』達が血まみれで倒れており、それを見たソフィは直ぐに駆け寄って身体を揺らさぬようにゆっくりとソフィは、傷の具合を確認しようとする。


 しかしそこでニーアがゆっくりと目を覚ますのであった。


「うっ……!」


「目覚めたか? 一体何があったというのだ」


 傷が痛むのかニーアは辛そうな顔をしたが、何とか何かを伝えようと手でソフィの服を引っ張りながら、必死に口を開くのだった。


「そ、ソフィ君、す、すまない……。ギルド長とリーネちゃんが連れていかれた……」


 ニーアはそこまで話すとソフィの服を握っていた手が、だらりと落ちていき再び意識を失った。


「一体誰がこのような真似をしたのだ……」


 ふとソフィがテーブルの上に目をやると、一枚の紙と金貨を重し代わりに置かれている事に気づいた。


 ソフィは中を確認するとその紙には『リーネ』達を預かっていると書かれており、返して欲しければ一人で指定された場所へこいと書かれていたのだった。


「スイレンではないだろうが、一体誰がこんな事を……」


 連れ出したのが『スイレン』であれば、リーネに手を出した瞬間に『呪縛の血カース・サングゥエ』が発動するために今回の件から除外される。


 しかしだからといって、リーネは勲章ランクBの冒険者である。


 そんなリーネ達を誘拐出来たのであれば、最低でも大会に出られるくらいには力量を有している者が出張った事になるだろう。


 少しの間考えていたソフィだが、仕方なく二人を『サシス』のギルドの『クラッソ』の元へと連れて行き、詳しく事情を話して匿って欲しいと告げると、直ぐに首を縦に振ってくれてそのまま二人を医務室で休ませてもらえる事になった。


 裏にヘルサス伯爵が関わっているだろうと判断したのか、クラッソはそれ以上は何も言わずに頷いて医務室に運んでくれるのだった。


 どうやらクラッソは今回の件には関わっていないようなので、ソフィも感謝の言葉を残してそのままギルドから出る。


「どこの誰だか分からぬが、我の仲間を狙った事を後悔させてやる」


 『ルビア』を葬ると決めた時と同様に、再び恐ろしい形相を浮かべたソフィは指示があった場所へと向かうのだった。


 ……

 ……

 ……


 そしてソフィは手紙に書かれていた建物に到着した。


 『サシス』の町の路地裏を進んでいった先にその建物があり、周りには何もない廃墟のような場所だった。


「ここにリーネ達が居るというのか?」


 ソフィが建物の前で静かに呟くと、中から見た事のあるが出てきた。


「ようこそ、ソフィ君。貴方の大事な仲間は私が預かっていますよ」


 そう言って青服の男は笑み浮かべながら建物の中に戻って行く。


 どうやらソフィに中へついて来いという意味だろう。


 ソフィは一定の距離を保ちながら、青い服の男の後ろをついていくのだった。


 建物の中は薄暗く人の気配は全くしない。


 本当にこんな場所にリーネ達が居るのだろうかとソフィが訝し気に感じ始めた頃、青服の男は廊下の最奥の部屋の前で止まった。


「ここに貴方の探し人は居ますよ。さぁ、どうぞ」


 そう言って青服の男は笑みを浮かべながら部屋の中へと促してくるのであった。


 ソフィはそんな青服の顔を見ながらも部屋の中に入る。


 中には猿轡さるぐつわを噛ませられた『リーネ』と『ディラック』が、疲弊しきった顔でこちらを見ていた。


「んー! んー……!!」


 リーネはソフィの姿を見て嬉しそうな表情を浮かべたが、背後から青服の男がソフィに対して手を伸ばそうとしているのを見て『リーネ』は必死に声を出そうとする。


 ソフィはそれに気づき、背後からの青服の攻撃を躱す。そして今度はソフィが恐ろしい速度で青服の男の首に手刀を振り下ろした。


 だが、青服はソフィの手首を左手で掴んだと思うと、そのまま右手の肘でソフィの鳩尾を貫いた。


「……ぐっ!」


 ソフィは鳩尾に受けたダメージが大きく、身体が一瞬硬直して呼吸を止められてしまう。


 青服は微笑みを浮かべたまま、動けないソフィの顎に掌底を叩き込んだ。


 流石のソフィも呼吸を止められた状態で脳を揺らされてしまい苦痛に顔を歪ませる。


「……」


 青服の男は目を細めながらソフィの様子を観察する。


 そしてソフィは呼吸が正常に戻ると同時に、バックステップで青服から離れた。


「貴様、何者なのだ?」


「死に逝く者に名乗っても仕方がない事ですが、私は『微笑』と呼ばれています」


 青服の男はニコリと笑った後に丁寧に一礼をする。


「『漏出サーチ』」


 【種族:人間 年齢:23 性別 男 

 魔力値:999 戦力値:??? 職業:殺し屋】。


 ソフィが微笑に『漏出サーチ』をかけるが、魔力値はソフィと同じ999と同じ数値が現れていた。


 どうやらこの青い服の若者もあのリディアと同じように隠蔽を施しているのだろう。


「魔法使いでもないようだが、大した『魔力』だな?」


 隠蔽されていると分かっていて、皮肉でそう告げるソフィであった。


 そして返事がない『微笑』と名乗った青服の男に向けて、ソフィは目を紅くしながら『魔瞳まどう』を発動させる。


!」


 アウルベアの『ベア』を森で跪かせた時と同じように『魔瞳』でそう命令を出すソフィだった。


 しかし、ベアと同じようにはならず――。


「お断りします」


 ソフィの『魔瞳まどう』の影響を受けていないようで、にこりと笑いながらソフィの言葉を断るのだった。


「何……?」


 驚いているソフィとの距離を一気に詰めたかと思うと、そのままソフィの首を掴んで部屋の窓に叩きつけるように放り投げた。


「ぬぅっ……!」


 微笑の腕力は恐ろしく強く三階の部屋の窓を突き破って、一気に一階まで落とされてしまうのだった。


「ぐぬ……ッ!」


 ソフィはすぐに起き上がり上からソフィ目掛けて振り降ろされる『微笑』の踵を何とか避けて、カウンターで後ろ廻し蹴りを放つが、それすらも難なく避けられる。


 そして互いに後ろへ跳躍して、仕切り直した。


「驚いたぞ『微笑』とやら……。ただの人間でそこまでの領域に立つ者を我は見た事がない」


 『アレルバレル』の世界で精霊の加護を受けたよりも、圧倒的に『微笑』の力は上であった。


「そうですか、それはそれは……。で生きてきたのでしょうね」


 『微笑』と名乗った青い服の男は、ソフィの言葉を聞いて嘲け笑う。


「クックック、言うではないか。それよりお前の目的は何なのだ? 単なる戦闘狂だというのならば、他を当たってもらいたいのだが」


「あなたを消すようにと、とある御方から依頼されていましてね」


 見る者がゾクリとするような、そんな笑みを浮かべてソフィに告げる。


「ほう……? ではその依頼主とやらは『ヘルサス』という貴族ではないか?」


 青服の『微笑』はを浮かべたまま答えない。


「どうやら我も面倒な奴に気に入られたようだな」


 『微笑』はソフィが喋っている間にも攻撃を仕掛けていく。


 ――ソフィは戦っていて分かった事がある。


 この『微笑』と名乗る男はこれまでの戦いの間中、こちらの動きをずっと観察しているのだ。


 もっと効率よくダメージを与えられるといった場面でも必ず手を止めてこちらを見ている。


 それでもこちらの攻撃を完全に見切っていて埋めようのない差が感じられた。


 どうやらの力を抑えた状態で挑んでも、この『微笑』と言う人間には勝てそうもなかった。


(この世界に飛ばされてから子供の体だが、それが影響しているのか、それともこの人間が異常なだけなのか)


 この世界ではここまで圧倒される事がなかったソフィは、この戦いに少しだけ多幸感を覚え始めていく。


 ソフィは次から次に急所を狙われており、何とか致命的な攻撃こそ避ける事が出来ているが、全く攻撃が出来ない程に防戦一方となっている。


「……」


 攻撃をしながらもソフィがどういう行動に出るかを、じっと観察を続ける『微笑』と名乗っている男。


 そして遂にソフィの心臓を狙った打撃が、決定的となってソフィの体が崩れてしまう。


「ぬ……!」


 その瞬間を狙って『微笑』がトドメを刺しに向かってくるのであった。


 『微笑』の右拳がソフィの脇腹を捉えて遂にソフィはその場に伏せた。


「ここまでですかね……」


 ソフィと『微笑』の戦闘で最早建物は滅茶苦茶であった。


 元々三階に居た二人だったが『微笑』に三階の窓から突き落とされた後、外で交戦を行ったり再び建物の中へ投げ飛ばされたりと、場面は目まぐるしく変えられていったが、外にも周りに野次馬といった人の姿は全く見受けられない。


 どうやらこれには『微笑』が関係しているようで人払いの『結界』が、ここら一帯に張られている事が関係している様子であった。


 ソフィは息も絶え絶えに立ち上がるが、その姿はいつもの然とした姿はどこにもなく、今にも消えてなくなりそうな儚さが見える。


「終わりですね」


 『微笑』はここにきて渾身の一撃を倒れているソフィに放つのだった。


 ――『微笑』がいつも見てきた光景。


 如何なる強さを持つ標的も最後はこの一撃で命を奪ってきた。


 ――しかしただ違う事は、標的ソフィの顔が笑っていた事であった。

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