第34話 殺気
予選が終わり本選の準備で会場が整うまで、最低でも三日程は要するとの事だった。
決勝進出を決めたギルドには、運営側から宿代を貰っているので、気兼ねなくいい部屋を借りて連泊をさせてもらっていた。
そしてソフィがいつものようにレグランの実を齧りながら寛いでいたところに、ニーアが声を掛けて来るのだった。
「ソフィ君、トンプーカのギルドのトンシーさんが、また君に会いに来ているみたいだよ」
「何? またか」
ソフィが部屋のドアを開けると、トンシーがこちらに気づいて頭を下げてきた。
「ソフィ殿っ! 決勝が始まる前に私に稽古をつけてくれないだろうか!」
トンシーは予選リーグでソフィに敗れて以来、ソフィの武術に惚れて連日のように付きまとって来ていた。
「お主またか……。何度も言うようだが、我は魔法使いなのだぞ?」
溜息を吐くソフィだが、トンシーは諦めずに稽古をつけてもらおうとする。
「全く、仕方がないな。武術を教える事は出来ぬが相手をするくらいの事はしてやろう」
ソフィがそう言うとトンシーは、嬉しそうな顔で再び頭を下げる。
「ソフィ殿、かたじけない!」
「ニーア、お主も見に来るか?」
ソフィに誘われるがニーアもまた、自主練をするからと断りを入れるのであった。
ここに滞在している間に見つけた町外れにある広い広場へ、ソフィとトンシーが向かっていると、青い服が特徴的な背の高い男とソフィはすれ違った。
トンシーと話をしながら歩いていたので、ソフィは全く青服に意識を向けていなかったが、すれ違い様に
その瞬間にソフィは、隣にいたトンシーを抱えて大きく後ろへ跳躍する。
(居た……!)
殺気を放った青服の姿をソフィが捉えると青服もその事に気づいたようで、そのままソフィに
ソフィは即座に魔力探知を展開して今の男を探すが、全く『魔力』を感知出来なかった。
「何だと?」
魔力が全くない人間や魔物、魔族は見た事も聞いた事もない。
つまりそれは『魔力』の値を探らせない隠蔽呪文を使うか、完全に魔力をゼロにコントロールしているかである。
隠蔽であればまだいいが、完全に魔力値をゼロにする技術を持つ者などは、この世界ではまだ見た事はないソフィだった。
他者から能力を隠蔽をするだけでも相当に会得が難しい『魔法』ではあるが、そもそも持っている能力を一時的にゼロ押さえてコントロールしながら通常通りに過ごす事など、隠蔽の『魔法』を使いこなす以上に難しく、そう容易く出来る事ではないのである。
ソフィが居た元の世界『アレルバレル』の『人間界』の者達でもかなり研鑽を積んだ者でしか『魔力コントロール』は出来ない程である。
(※『人間界』とはアレルバレルの世界の人間達の住む大陸の事であり、ソフィ達魔族や魔物が住む大陸の事は『魔界』と呼ばれている)
ソフィはリディアを見た時よりも、警戒している自分に気づき笑みを浮かべた。
(リーネの時のように『忍術』という我の知らぬ力を持った者達という可能性も捨てきれないが、魔力コントロールで身を隠しているというのであれば、相当な実力者かもしれないな)
むしろソフィはそうであって欲しいと願うのだった。
(クックック! 何か目的があって我に近づいて来たという事だろうからな。こちらからは無粋な真似をせずに、真っ向から受け止めようではないか)
先程殺気を向けて来た者に対して、ソフィは興味を持って次の機会を待つ事にするのだった。
「むっ……、お主、生きておるか?」
そしてトンシーは『微笑』の殺気をまともに浴びたのだろう。
トンシーが抱き抱えられたまま気絶していた事に、ようやくソフィは気づくのであった。
(やけに大人しいと思っておったのだ)
そう独り言ちながら、ソフィは大きく溜息を吐くのだった。
……
……
……
青服は
(成程、ソフィという少年の実力を直に見ようと思いわざと近づいてみましたが、確かにアレは相当にやばい部類の存在ですね。もう少し隙を見せていれば逃げる事が出来ずに、あの場で始めなければいけませんでした。元々それでも構わないと思っていましたが、もう少し準備をする方が賢明なようです)
『微笑』が殺気を放った時、もしソフィが想定内の存在であった場合は、あの場で消す事も
しかしこちらの殺気を感じた瞬間に、迷わずに仲間を抱えて距離を取ってみせたソフィの行動を見た『微笑』は殺す事を先延ばしに決めた。
(それにしても子供があっさり動けるような、
冒険者ギルドに属する勲章ランクA。それもかなり上位に位置する者でも、即座に動けなくする程には『微笑』は殺気を込めていた。
『微笑』は冒険者ではないが殺し屋としての腕は、間違いなくAクラスである。
(あれ程の存在を始末するとなると、もう少し報酬の上乗せが必要でしょうかね)
似顔絵を見ていた頃よりも実際にソフィの動きを見た事で『微笑』は、確実に仕留める為に警戒度を上げるのだった。
……
……
……
ソフィは宿に戻った後にニーアに説明した後、そのままトンシーを預けて再び『サシス』の町の中を歩き始める。
もしかするとまたあの青服の男が、自分を狙ってくるかもしれないと思った為である。
(奴のあの殺気をもう一度感じ取ることができれば、今度は直ぐに分かるのだがな。流石にそう何度も隙を見せるような真似はしてはこないか)
半ば諦め気味のソフィだが、万が一もあるという事で、そのまま一人『サシス』の町を練り歩くのであった。
――ソフィと『微笑』との出会いは、こうして始まったのであった。
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