第17話 過去
三日後に開催されるギルド対抗戦が終わるまでの間、ギルド関係者はこの宿に泊まる事が決まっている為に宿は貸し切り状態である。
当然サービスは行き届いており、何不自由なく過ごすことができるのでソフィ達も満足気だった。
「うむ、素晴らしい宿ではないか。この部屋にはレグランの実が常備されているしな」
部屋にあるものはサービスなので、遠慮なくソフィはレグランの実を齧る。
宿の食堂でさっきまで皆で食べていたが、宿の近くの酒場にディラックたちが移動した為に、今この部屋にいるのはソフィとリーネだけであった。
本当はソフィも飲みに行きたかったが、見た目が十歳の子供である為にディラックたちに止められたのである。
この世界では十六歳で成人と認められており、成人するまでは酒は飲めないのであった。
当然のようにソフィが残ればリーネも残るので、この部屋に二人というわけである。
「それにしてもリーネよ。この宿に向かう道中の事だが、ギルドの話をしていた時に少し様子がおかしかったのではないか?」
リーネはそのことを聞かれると、半ば分かっていたのか素直にコクリと頷いた。
「ええ、リルバーグに所属する冒険者で勲章ランクがAの『
「やはり血縁関係だったか」
「私たち忍者は時代に取り残された者たちの集まりでね。周りの人たちがギルドを活用するようになっても私たちは裏の組織として依頼された時のみ動き、任務を達成すればまた表の世界からは消える。そうやって生きていく事を私の親の代、そしてそのまた親の代から義務づけられて生きてきた」
でも――、とそこで話を一度切ったリーネは、ソフィの方に視線を送る。
「私の兄は突然父の反対を押し切って、里を捨てて王国軍に仕えようとしたのよ」
だんだんと苛立ちを感じられるような声色に変化していく。
リーネの話に関心を示したソフィは、ベッドを体から起こして真正面に見据える。
「父とその側近の幹部達が、兄を止めて一度は踏み留まらせたの」
「それはお主が何歳くらいの時なんだ?」
「たしか五年前だから、私が九才になったばかりの頃ね。それから半年間は大人しくしていた兄なんだけど、突然その半年後に私の父が
「……」
「犯人は分からずじまいだったけど、
「お主の兄がやったというのか……」
ソフィの言葉に頷きはしなかったが、リーネから否定もなかった。
「そして影忍の次の統領として兄が継ぐ事になっていた為に、兄は里の長になったのだけど、兄は突然こう言ったわ」
「『この土地をルードリヒ王国の領土として明け渡し、我々は傘下の忍びとしてルードリヒ国王に仕えよう』と。当然里の皆は反対したけど、でも里の長は兄だし力も兄さんには叶わなくて、渋々と影忍の里は王国の傘下にされた」
リーネは話をしながら当時の事を思い出したのか、語る表情が少しずつ陰っていく。
「直ぐに影忍の里にもギルドが設立されて、里で戦えるものは冒険者として働かされた。そして少しずつ他の町からも人が里に入ってきてギルドとしての活動が本格的になっていった頃、我が物顔で里を歩くヨソ者たちに、里の皆は不満を持ちどんどんと里を離れていった。気が付けば里は完全に王国の支配下の一つの町になり、名を『リルバーグ』と変えられて私達の『影忍の里』はなくなってしまった。兄さんの……、
全て話し終えたのか俯いて語っていたリーネは、顔を上げて困ったような顔を浮かべていた。
リーネの話では確かにスイレンは、自分勝手に行動して里を滅茶苦茶にした奴なのだろう。
しかしとソフィは考えた。
(もしスイレンが世相と逆行する里の事を想い、王国に取り入る事で里を残そうと考えていたとしたらどうだろうか)
リーネからの話だけでは結論は決して出る事はないだろうと考えたソフィであったが、里の未来を変えた事は間違いない『リーネ』の兄である『
「結局ソフィには全部言っちゃったわね。誰にも喋るつもりなんてなかったのにな」
「安心するがよい、この事を我は誰にも言うつもりはないぞ」
「うん……。そんな心配はしてないよ? それより対抗戦、無理だけはしないでね?」
そう言ってリーネは宿の自分の部屋へと戻っていった。
誰もいなくなった部屋でソフィは過去の自分を思い浮かべる。
ソフィがこの世界に来る前の最後の戦いで、勇者に
しかしソフィが『アレルバレル』の『世界』を統治している数千年間、人間も魔物も一定以上の安寧が
ソフィが魔王となる前は『アレルバレル』の世界は人間の世界も魔族や魔物達の世界も、とてもではないが住めるような世界ではなかった。
ソフィ達魔族が住んでいる『魔界』と、人間達が住んでいる世界『人間界』。
どちらの世界もそれぞれ
魔族の世界の方はあらゆる魔族達が自ら魔王となって世界を支配しようと企み、同じ魔族同士で殺し合いを長きに渡って行っていた。
元々『魔界』には魔族以外の種族も居たのだが、この魔族同士の戦争が行われる遥か昔に、この『魔界』を支配していた一体の大魔王『ダルダオス』によって、魔族以外の種族はほとんどが滅ぼされてしまったのである。
――しかしその支配は長くは続かなかった。
『魔界』全土の広大な土地が魔族だけのものになった事で、今度はその土地を巡って同じ同胞である魔族同士で争いが始まってしまったのである。
ここからが本当の『アレルバレル』の魔族による『魔界全土』を巻き込んだ地獄が始まる事となったのである。
それから数百年、数千年と時代は進んでいったが、魔族達の寿命は恐ろしく長く『魔界』の所有権を握る為の戦争は終着点を迎えなかった。
そしてソフィは流石にこのままだと『アレルバレル』の『魔界』自体が滅ぶ事になると、そう考えたソフィは遂にたった一人で立ち上がり、この数千年で出来た『魔界』のあらゆる大陸の支配者となった
その時代の『魔界』はもう魔族以外の種族が居なくなり、元々居た他の種族達が暮らしていた広大な土地土地が魔族達のモノとなっていた為に、ソフィが向かった一つ一つの大陸には、恐ろしい程の数の魔族やその魔族の生み出した魔物達が軍勢となって、話をしにきたソフィに対して牙を向く事になった。
しかしソフィはその
最初は個々でソフィという魔族を潰そうとしていたが、ソフィが『魔界』の北側にある五つ程の大陸の支配者の魔王達を屠る頃には、それぞれの大陸の王達はソフィを脅威と感じ始めて、それまで争っていた大陸間で徒党や同盟を組み始めたのである。
そして大魔王ソフィの強引な
最初に北側全土の大陸はソフィの言葉に応じる事となって、今後は魔族同士で争わないと約束させるに至った。
北方側の大陸全土がソフィに統治を任せるようになった頃には、多くの『魔界』の魔族達が、ソフィの軍門に下っていき、最終的には北側から西側や東側と次々南下をしながらソフィの
そして最終的には『魔界』にある全ての大陸の支配者がソフィを認めて『魔界全土』の王として、ソフィが認められる事となった。
こうして大魔王ダルダオスの時代が完全に終わり『魔界全土』が落ち着きを取り戻す事となったが、ソフィはこの話合いに全大陸が応じた為に、一度は表舞台から姿を消す事となった。
誰もがソフィが『魔界』の支配者となって、今後は『魔界』の王として君臨し続けるものだと思っていたばかりに驚いていたが、ダルダオスが煽る事で『魔界』を混沌の世界へと変えた時のようにはならず、その後は『魔界』は荒れる事はなかったのである。
何故なら
そしてそこから数千年程時代が進み『人間界』の皇帝と呼ばれる一人の人間が登場し、私利私欲を満たし続けていたが、やがては『人間界』を掌握するだけでは満足が出来なくなり、数千年前から魔族達のモノとなっていた『魔界』に目を向け始める事となった。
そこで『魔界』の南の大陸側の支配を行っていた一体の魔族と手を組んで『第一次魔界全土戦争』へと発展させる事となるのだが、最終的にソフィの居る『魔界』の中央大陸に、南側の大陸の王である魔族達が攻め込んできた事がきっかけで、仲間を傷つけられたソフィが激昂する事となり、数千年ぶりに
最強の大魔王である『ソフィ』を恐れるあらゆる『魔界』の大陸の支配者とその軍勢は、このソフィと同盟を結んで次々と『人間界』の皇帝の軍勢と、南側の大陸を支配する魔王達の軍勢を滅ぼしにかかった。
(※『第一次魔界全土戦争』は『魔界』の中央大陸から上のソフィの軍勢と、中央大陸から下の南側全土を支配し始めた魔王の軍勢達と、その軍勢と同盟を組んだ『人間界』の皇帝の軍勢という構図で行われた戦争である)
最終的にこの戦争によって『人間界』の皇帝は戦死して統べる者が変わる事となった。
厳密にはこの皇帝はソフィが殺したのではなく、圧政に苦しんでいた同じ種族である人間達の手で皇帝は最期を迎える事となったのであった。
しかし皇帝が死んだ直後の『人間界』は、これまで圧政を敷いていた人物とはいっても皇帝が突然居なくなった事で指導者が居なくなった。
その所為で『人間界』のあらゆる大陸は混乱を招く事が懸念されたが、ソフィがこのまま『人間界』を放っておくわけにはいかないと、今度はソフィが『人間界』をも安寧させようと尽力する事となるのであった。
――これこそが、大魔王ソフィの『アレルバレル』の世界の統治をする事となるきっかけとなる。
『死』という概念がない魔王が統治し続ければ、魔物も人間も一定以上の安寧を得られる。
結果、
だが、人間を襲うなという命令を律儀に守らない魔物も中にはいて、襲われる前に滅ぼすと考える人間が勇者となって魔王城に乗り込みソフィを狙う。
これはやはりいつの時代になっても変わらず、そのたびにソフィは仕方なく手を下す結果を生まざるを得なくなった。
だが忘れてはいけないのは魔族『ソフィ』は魔王ではあるが、
――魔族ソフィは魔王ではあるが、人間が嫌いではない。
このソフィという魔族は『魔界』も『人間界』も争いがない世界にして、皆が笑って暮らせる世界を目指しただけの事なのである。
「我はレグランの実があれば、この世界でも生きていける……」
そう独り言ちたソフィは、柄にもなく過去に耽っていた自らを笑って『グラン』の町の仲間であるギルドメンバー達が宿に戻るのを待つのであった。
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