第16話 王国の領土

「君たち、待たせたな」


 ギルド掲示板の所に居たソフィ達を見つけたディラックは、ひとまずこのまま宿へ向かおうと促すのだった。


「それでディラックさん、中でギルド対抗戦の話をしていたのでしょう? 結果はどうなったのですか?」


 宿に向かう途中でニーアがディラックに質問を投げかけると、彼は渋そうな表情を浮かべながら口を開くのだった。


「ああそれなんだがな。二日後に各町のギルド長を集めて、対抗戦の対戦相手を決める抽選会をするそうだ。しかし少し気になることがあってな」


「気になる事?」


「ああ……。今回の対抗戦に王国の貴族を呼んでみないかと提案されたのだ」


 ギルド対抗戦はミールガルド大陸中に存在する冒険者ギルドを集めて対抗戦が行われるので、今までも娯楽目的のミールガルドの貴族や、王国から軍がスカウト目的で何人か来ていた筈である。


 しかしそれらはあくまで個人的に見に来ている訳で、今回サシスのギルド長に提案されたのはギルドから国賓的な扱いでを指名しようと言ってきたのだった。


 しかし、この『ミールガルド大陸』には、『ルードリヒ王国』と『ケビン王国』の二つの国がある。


 『ケビン』と『ルードリヒ』のどちらのギルドが優勝したとしても、負けた方の国にとっては心証が悪い。


 娯楽とはいっても勝負は勝負である以上、自分たちの領土内のギルドが負けた場合に外交的な影響が出ないともいえないのであった。


「それは確かに、大変な事になりましたね」


 ニーアの言葉にディラックは、苦虫を噛み潰したかのように頷いた。


「互いの国の貴族が顔を合わせて自国のギルドを応援するのだ。その場に各々の街のギルド長も同席するのだからな、今から想像するだけで胃が痛くなる」


「断りたい所だったが、この『サシス』の町のギルド長の提案はほとんど決定のようなものだからな」


 対抗戦自体この町で行われるというのに毎回決勝まで勝ち進み、現役の冒険者で『最強』と呼び声高い勲章ランクAの『リディア』が代表の『サシス』のギルドの発言力には、万年予選リーグ落ちの『グラン』のギルドの人間には、逆らえないものがあるようであった。


「ちなみに『グラン』の町はどちらの国の領土なのだ?」


「なんと! 『グラン』の町に住んでいて知らないのかねソフィ君! 我々グランの町は『ケビン』王国領土内のギルドだぞ?」


 知らないのかと言われたソフィだが、一か月前まで別の世界に居たのだから、知らなくとも無理もない事であった。


「ふむ。そういえばソフィ君は、最近冒険者ギルドに所属したんだったな」


 ニーアは両王国の領土で主に『ラクール』地域と『セス』地域にあるギルド町を教えてくれた。


「『ケビン王国』はミールガルド大陸の西側にある王国で、ギルドのある町は全部で16程ある。その中で南東の端、一番辺境にあるのが我々『グラン』なのだ。そしてこの前いった港町『コーダ』の町を東に進んだところにあるのが『ステンシア』の町。ケビン王国内では一番冒険者の数が多いところなのだよ。次に『ステンシア』から少し北上した所にある町が『ニビシア』の町。ここには僕たち魔法使いの冒険者が多くいる町で、そこそこ決勝リーグに進んでいるね。そしてさらにニビシアから北東へ進んだ所にあるのが『ローランド』。ここには『ケビン王国』では五本の指に入る戦士がいる」


 次々と出てくる町の名前や冒険者の名前を必死に覚えようとするソフィは、ひとまず冒険者の名前を意識して覚えていくのであった。


「そしてここ『サシス』は、ケビン王国の中で一番優勝経験が多いギルドでその強さの秘密に数年前から所属している大陸最強の剣士『』の存在が大きいんだ」


「そう言えばこの前言っていたのが、この『リディア』という者だったか?」


 ソフィがそう尋ねるとニーアはコクリと頷くのだった。


 どうやら『ケビン』王国15の町で最も戦力値の高そうな冒険者が集まる町のギルドが『ローランド』と『サシス』のようであった。


「我としてはニビシアの使が、どういった者たちなのか知っておきたいな」


 『魔法』を極めたといっていい程の研鑽を積んでいるソフィにとって、この世界の上位の魔法使いと戦ってみたいと思うのだった。


「そして北方の海から縦に割るように流れている『スノービカ川』を挟んで、東側が『ルードリヒ』王国の領地になる」


 川を挟んで西と東で領地が分かれているとは、わかりやすいとソフィは思うのだった。


「『ルードリヒ』王国の抱えるギルドがある町は17。冒険者自体が多い印象なんだけど、毎回対抗戦で勝ち上がってくるギルドは毎回固定に近いね」


 ソフィは、ニーアの言葉に耳を傾ける。


「スノービカ川から一番近いギルドのある町が『クッケ』。ここは『ミールガルド』大陸で一番商人が多く所属する『商人ギルド』の『ヴェルサード』の本部がある町で、欲しいものがあればここにいけば揃うと言われるほどの商人の町だ。もちろん冒険者ギルドもあるが、そこまで強い人はいない印象かな。そして『クッケ』の東に大きな山々があるんだけど、ここを越えた先に『リルバーグ』がある。このリルバーグには勲章ランクAの『』さんが所属するギルドがあるんだ」


 隣で話を聞いていたリーネが一瞬体をビクッと震わせたが、一瞬だったのでソフィを除いて誰も気づかなかった。


「スイレンさんは近年冒険者ギルドを引退するという噂があって、どうやら今回が最後の出場だって噂らしいよ」


「ほう。冒険者ランクAまできて辞めるというのは、もったいないと思ってしまうが……。それは年齢の問題なのか?」


「いや、まだスイレンさんは僕より少し上で二十代半ばくらいかな。どうやら引退する理由は『ルードリヒ』王国の軍にスカウトされたからだそうなんだけど、噂だから本当かはわからないんだよね」


(勲章ランクAまで登りつめれば金銭的には安泰だろうと思うが、金ではなく愛国心というものなのかもしれないな)


 ソフィはふと勇者に攻められた時に言われた圧政という言葉が一瞬よぎったが、ニーアの言葉に現実に戻される。


「『ルードリヒ』では、だいたいこの『リルバーグ』の町が決勝まで来るんだけど、スイレンさんが出てくる前まではそのお隣の町『レルドール』のギルドが決勝に来ていたね。ここも昔は強かったけど年々ギルドから冒険者が減って『レルドール』出身の若い冒険者以外は、皆スイレンさんに憧れて、『リルバーグ』のギルドに移籍したそうだよ」


「スイレンとやらは、相当なカリスマ性を秘めているのだな」


 ソフィがスイレンの話をすると、ニーアは食い気味に話し出す。


「そうなんだよ! スイレンさんは珍しい技を使う『』という職業で、影を操って敵を攻撃したり、火や水を出したり相手の心理をついた攻撃などが得意でね、気が付けば敵が倒れているんだ」


 先程からリーネが何かに耐えるように俯いているが、ソフィ以外には、誰も気づいていないようだった。


「どうかしたのかリーネ?」


 ソフィがリーネに声をかけると、慌てて顔をあげる。


「え? べ、別になんでもないわ。それより続きは、宿の食事を食べながらにしましょう?」


 そう言って強引に彼らの話を打ち切るように、リーネは早足で歩き始めた。


 ニーアもまたそんなリーネに首を傾げるのだった。


 そしてこの話は宿についた後、食卓へと場所を移してからになるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る