第11話 馬車便

 ディラックから指名依頼を受託した数日後、合流地点にソフィが到着するとすでに参加メンバーになるだろうと、ディラックの話に挙がっていたニーアとディーダの両名が来ていた。


「やあソフィ君、待っていたよ」


 ニーアが開口一番にソフィを見ていった。


「冒険者ギルドに入ったばかりの新人が、もうこの町のギルドの代表として出場するのが今も信じられないな」


 ディーダもこの前のアウルベアの一件を思い出して、苦笑いを浮かべていった。


「いやいや、ソフィ君ならおかしい事は何もないさ。単にソフィ君がギルドに入らなかっただけで、なんだからね」


 もうソフィの実力を何も疑っては居ない様子のニーアであった。


「む……? お主たちも前に見た時より、だいぶ強くなったのではないか?」


「君に言われると自信になるよ」


『ニーア』 魔力値:234 戦力値:15154。


『ディーダ』 魔力値:59 戦力値:9770。


 ニーアの魔力値だけを見れば『名付けネームド』となったベアと肩を並べる程である。


「対抗戦とやらに出る者たちが、どれほどの強さなのかは分からぬが、今のお主たちならば決勝に出ることは容易そうに見えるぞ」


 ソフィがそういうと、ニーアは苦笑いを浮かべて首を振った。


「ソフィ君、流石にそこまで簡単じゃないかな。このミールガルド大陸は広い。そしてミールガルドのギルドの中に『サシス』という町があるんだけど、そこのギルドにとんでもない強さの冒険者がいてね。去年の一回戦、私はまだこの町のギルドの代表ではなかったのだけど、我がギルドの代表選手は今の私と同じランクCでとても強い選手がいたけど、あっさりと相手に負けてしまったんだ。その時の相手が、『サシス』の町のギルドの代表で、冒険者ランクAのリディアという選手なんだ」


「ほう、その口振りでは優勝候補と、予選の一回戦で当たってしまったというわけだな?」


 ソフィの言葉に頷くが、どうやらニーアの話は終わっていなかったようだ。


「リディアのほかにも『ローランド』のギルドの『』や『リルバーグ』のギルドの『』さんも同じく勲章ランクAで彼らも桁違いの強さを持っているんだ」


 ――その中で『グラン』の町のギルドは代表選手が、最高でもCランク勲章。


 これはディラックがあれだけ必死だった事も頷ける話だとソフィは思うのだった。


「成程。ところでニーアよ、我はランクEで出場するわけなのだが、我以外にもEランクがいるのか?」


 ソフィの言葉を聞いてニーアたちは顔を見合わせるが、苦笑いを浮かべるだけであった。


「居ないのだろうか……?」


「去年までは最低でもDランクが出場していたが、今年は分からんな」


 ディラックは目を合わせずに、そして言い難そうに口を開いてそう告げた。


「そうか……。まぁよい、我はこのギルドに世話になっておるしな。出場するからには『グラン』のギルドを優勝させてやろうではないか」


 この場に居る者達はとは思っていたが、ソフィの言葉から気持ちは伝わり、それが嬉しかったようで笑顔になるのであった。


「それでこそ、ソフィよね!」


 ソフィの言葉に喜んだ三人が声をかけようとした時、女性の声が聞こえてきたのだった。


 その声を聞いたソフィは、すぐに誰なのか理解するのだった。


「やっほ!」


 やはり声の主は、忍者の『リーネ』であった。


「君はリーネ君? どうしてここに?」


「私の家の窓からあなた達の姿が見えたから、こんな朝早くに何だろうと思って確認しにきたの」


 そういえば町の入り口はリーネの家の近くだったなと、ソフィは家の方角の方を見上げた。


「それで今年はソフィもギルド対抗戦に出場するのね?」


「うむ。それでお前は『グラン』のギルドに所属をするつもりはないのだろう?」


 リーネは複雑な顔を浮かべた後、憂いを帯びた顔で断った。


「うん。私はは、私の町のギルドからは脱退するつもりはないから、グランのギルドの代表選手にはなれないわね」


 ソフィはリーネの言うというのが何なのか気にはなったが、他者の事であるだけに深くは追及しなかった。


「そうか……。まぁ代わりに我がこのギルドを優勝させてやろう」


「頼りにしているぞ、ソフィ君」


 その場はディラックの言葉で締められて、一行は対抗戦が行われる街サシスに向かうことにした。


『サシス』へは隣町『コーダ』の町から馬車便と呼ばれる移動サービスを使い馬車に乗りながら近くまでいき、距離が近づいたところで徒歩で『サシス』に入るつもりであった。


 対抗戦が近づくと『ミールガルド大陸中』から観光客や出場者、そして商人たちが溢れかえり混雑が予想される。


 そして何より活躍したギルドには、翌年以降も有名人と同じギルドに入りたいと願う若者冒険者たちが、大量に所属するという期待もあるのでこの対抗戦はまさしくギルドにとっては命懸けとなる。


『グラン』の町のギルドは毎年一回戦か二回戦敗退ばかりが続いていて、決勝どころか予選リーグから進んだことすらなかった。


 『グラン』は冒険者自体は多いが、基本的にはFからDの冒険者が目立っている。


 昔はCからBの冒険者もそこそこいたが、ほとんどが対抗戦の後に別の町へ移住したり、ギルドを変えたりして引き抜かれていったのだそうだ。


 『グラン』はギルドが自治としていることもあり、別の街のように貴族が多くいる訳でもない。


 それがいいところでもあり、そして不便なところでもあるのだった。


 今からいく隣町の『コーダ』は漁業が盛んではあるが『グラン』のようにギルドはなく、若者が少ない悩みを抱えて例年に渡り過疎が進んでいた。


 定期便として馬車移動サービスがあることが救いで、そのおかげで商人ギルドから商売人が派遣されて商品が流通していて、ある程度の不便さはなんとか緩和されている状態である。


 『コーダ』に向かう途中ソフィは『コーダ』の魚の美味しさなどを聞かされながら歩いていた。


 当然のようにリーネもついてきてはいるが、対抗戦に参加するわけでもないので完全に観光気分である。


 そして『グラン』の町を出発してから二時間程が過ぎ、隣町の『コーダ』と『グラン』の中間地点というところまで来る。


 そこでソフィたちは休憩の意味も込めて、皆で食事をとることにした。


 基本的に冒険者たちのキャンプ中の食べ物といえば獣の肉を干した物が主流である。


 美味しさよりも、空腹を抑えるための食事と言った様子で嬉しそうでもなく、皆事務的に食べ始める。


 貴族たちが移動の時などお抱えのシェフを引き連れて、キャンプ場で調理などをすることもあるが、一般的な冒険者には縁遠い話であった。


「それにしても隣町へ行くだけでも相当に遠いのだな」


 ソフィは干し肉を齧りながら、少し不満を漏らす。


 魔王であった頃は基本的に魔王城で過ごし、何かあれば魔法で別の町に移動していたので、久々にこれだけの距離を歩いたことになる。


「昔はもっと大変だったんだ。今みたいに道も整備されておらず魔物がもっと活発的でな」


 ディラックは遠い目をして、昔を思い出しながら聞かせてくれる。


「それにもう少し治安が悪い時期があって、盗賊なんかもよく出没していましたよね」


 ディーダはまだ年齢も若いが、昔のことをよく知っているようだった。


「ああ。盗賊が頻繁に出てくるので、今みたいに商人が個人で来るようなことも少なくてな」


 当時の『グラン』は今の名物になっている露店通りなどはなく、月に数回商人がまとまって来る『』という形で商売をしていたらしい。


「ソフィ君の好きなレグランの実なども売り手が少なくて、日用品や盗賊と戦うための武具がメインだったな」


 ディラックがそういうとソフィは、苦笑いを浮かべながらと告げるのだった。


 リーネが『アンタはレグランの実があればいいものね』と告げると、ソフィを除いた一行は笑いに包まれた。


 そうこうしているうちにようやく一行は『コーダ』に到着した。


 漁業が盛んというだけあって海には停泊している船が多くみられる。


「おお、ここが『コーダ』とやらか! 見るがよいリーネ! 魚市場があるぞ。先程の話通りならば相当に新鮮な筈だ、早速魚を見に行こうではないか!」


 ソフィは物珍しさからレグランの実を見つけた時くらいの興奮であった。


「え、うん! 行こう、行こう!」


 リーネは嬉しそうなソフィを見て、自分も嬉しくなってついて行こうとする。


「ちょっと待つんだ君たち! 我々は遊びに来たんじゃないんだぞ!」


 ディラックは慌てて、駆け出そうとしていた二人を呼び止める。


 傍から見れば十歳と、十四歳の兄妹達を窘める父のように映った事だろう。


「もうすぐ定期便の時間なのだ、悪いが観光は帰ってきてからにしてくれ」


 ソフィは渋々といった感じで頷いた。


「む、そうだったな。よし、我への報酬は好きな魚を食べさせてもらうことにしようか」


 クエスト報酬について考え始めたソフィだったが、ニーアとディーダはそれでいいのかとばかりにソフィを見ていた。


「『サシス』方面、五人分」


「あいよ。子供料金一人。大人四人で銀貨五枚だよ」


 ディラックが馬車便の商人に料金を支払っていたが、ソフィはに複雑な面持ちで見ていた。


 馬車の御者に挨拶をして、屋根付きのそこそこ豪華に見える馬車に五人は乗り込んでいく。


「それではここから『サシス』の近くまで行くが、道中魔物が出ることがあるので油断せずにいてくれ」


 ディラックのその言葉に皆が頷くのであった。

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