第39話 反攻のレジェンドキラー
「どうしてここに……?」
レナードは右隣にいる、
「おまえを助けてくれと言われてな」
「誰に?」
「おまえの兄、仲間、母親だ」
「そうだったのか……」
そこまでで二人の会話は途切れ、彼らの視線は氷漬けになったアルハンに向けられる。
全身の自由を奪われたアルハンだが、余裕を崩そうとはせず、口元を緩ませた。
「伝説の魔王が奇襲とはな。落ちたものだ」
「なんとでも言え、下衆野郎。それにおまえはレナードが指を鳴らせば、そのおしゃべりな口を二度と開くことはできないだろうに……」
「さあ……。それはどうかな……?」
意味ありげにアルハンの口が歪んだのを見て、
「やはり知っていたか……」
「どういうこと?」
レナードが問いかけると、魔王はさらりと答えた。
「やってみれば分かるさ。もうこいつは救いようがない。ためらわなくていい」
彼に背中を押されるように、レナードはパチンと指を鳴らす。
その瞬間にアルハンの体は粉々になり、あたりに漂う。
だが氷漬けになっていない唇は、最後まで不気味な笑みを浮かべたままだった。
そしてその唇が地面に落ちたその時だった。
「なっ……!」
なんと唇の周囲に大量のハエが集まってきたかと思うと、人間の姿に変わったのである。
いや、それは人間と表現するには、あまりにおぞましい姿だった。
顔の左右にある目は昆虫を思わせるほど大きく、眉は吊り上がり、ひたいには鋭く尖った角が二本。
漆黒の胴体、六枚の羽根、細長い手足、さらにひょろっと長く伸びた尻尾。
その姿は『勇者』というにはほど遠く、むしろ『魔王』と称した方が、よほどしっくりくるとレナードには感じられた。
唖然とする彼に
「不思議だと思ったことはないか? なぜ倒されたはずの魔王が何度も現れたのか……。その答えがこれだ」
「どういうこと?」
「力ある者がさらに力を欲し、世界のあらゆるものをわが物にせんとする――。
人々が封じた真実が、今、目の前で起こっている。
すなわち『魔王』とは『勇者』の成れの果て、ということさ」
「そんな……」
言葉を失ったレナードを背にするように、
「堕ちたな。これでおまえを封じておく意味はなくなった」
「くくく……。最初からこうなることを願っていたのだろう? 貴様の望み通りにしたまでさ」
「こうならないよう監視するために、共に封じられていたのだ」
「フハハハハハ!! つまり『あえて相討ちにしてやった』とでも言いたいのか!? 強がるのもたいがいにいたせ!!」
「まあ、そういうことだ。憎しみと強欲の連鎖を断ち切るためにな」
「面白い。ならば今、俺はさらなる『力』を得た。これでも貴様は強がることができるかな?」
そう言い終えるなり、アルハンはくいっと右手首を上げる。
するとレナードの足元がバリバリと割れ始めた。
「くっ」
そこに穂先が三つに分かれた槍が、真っすぐに
「こざかしい」
彼は片手に黒い炎を集めて剣を作り、槍を弾き飛ばす。
だが直後に背後から殴りつける音とともに、レナードのうめき声が耳に飛び込んできたのである。
「うがっ!」
「ちっ!
彼の一撃を食ったレナードは、地面に叩きつけられて、ピクリとも動かないでうつぶせに倒れている。
アルハンは彼のことを一瞥もくれずに、真っすぐに
「そろそろ数百年ごしの決着をつけようではないか」
互いが相手の出方をうかがう中、先に仕掛けたのはアルハンだった。
「
アルハンの体がビキビキと音をたてる。
己の体の能力を限界まで高める『
だが彼は誰よりもよく知っていたのだ。
だからこそ、勝負をつけるには一瞬でなければならないと確信していたのである。
「があああああ!!」
右手の先を鋭い刃に変え、その切っ先を
一方の
――もらった!!
アルハンはそう確信した。
だが……。
――なにっ! 動けるのか!?
そう直感した時には、もう遅かった。
彼の攻撃を難なくかわした
「があっ!」
ひじから先が黒い炎に包まれながら地面に落ちていく。
同時に
「うぬっ……」
急に動きが鈍くなった彼に対し、
「今のがおまえの限界か」
「貴様……。まさか
「これで強がりではない、というのが分かってもらえたか?」
「くっ……」
アルハンの羽が力を失い急降下していく。
だがそれは決して彼があきらめたからではなかった。
「こうなったら……」
彼はレナードへ一直線に向かっていく。
「せめてヤツを道連れにしてくれる!」
「哀れだな。レナードを道連れにすることに何の意味があるというのだ……」
「あははは! 俺が気づかぬとでも思ったか! 貴様がレナードをかばっていることを! 何を考えているのかは知らんが、貴様にとってレナードは必要不可欠な存在なのであろう!!」
「ふぅ……。まあ、『約束』があるからな。死なれたら困る」
そうもらした時には彼の姿は既にその場にはなく、レナードの元にあった。
「やはりそうきたかぁぁ!」
アルハンは想定通りとばかりに残された一本の腕を刃に変えて、
だが彼の渾身の一撃を前にしても、
「
アルハンが空中で動きを止め、苦しそうに手足をばたつかせる。
だが彼の自由は完全に奪われていた。
まるで見えない糸に絡まったかのように、徐々に動きが小さくなっていく。
「くっそぉぉぉ!!」
悔しがる彼の頭上には巨大な蜘蛛。
全身に電光をまといながら、ひたひたと忍び寄っていく。
「もはやこれまでか……」
暴れるのをやめた彼は、未だにうつ伏せになったままのレナードに声をかけた。
「レナード、聞こえているか?」
彼の呼びかけに、レナードの右人差し指がピクリと動く。
アルハンは小さく口角を上げると、かすれた声で続けた。
「俺が消えれば平穏が訪れるかもしれない。
だがな……。
そんなものはまやかしだ。
おまえは騙されているんだよ。
おまえの中に眠る、もう一人のおまえにな。
なぜなら、おまえがどう思おうとも、こいつが悪の化身であることには変わりないのだから……」
そこまで言い終えたところで、蜘蛛の大きな顎がアルハンにかみつく。
バリバリと電撃が走る音が辺りに響き、アルハンの漆黒の体はまばゆい光に包まれた。
「があああああああ!!」
しばらくしたところで、大量の焦げたハエが地面に散らばり、アルハンの唇はレナードの耳元に落ちた。
だが唇だけになってもなお、アルハンの執念はまだ消えず、最後の力を振り絞って、レナードに何かをささやいた。
そして言い終えるなり、その唇もまた灰となって消えていったのだった――。
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