第36話 黒幕の正体

◇◇


 同じ頃。

 王都シュタッツの王宮は暗闇と静寂に包まれていた。

 多くの者が明日を思い、深い眠りにつく中、王宮のもっとも北に位置する国王の間だけは、煌々と明かりが灯ったままだった。

 そこに二人の若者が入っていった。


「ステファノ……それにハンナか。なんだ? こんな時間に」


 国王のマテオが机に向かったまま、上目で二人を見る。

 だがステファノは挨拶もせずに、歌うように童話の一節を口ずさんだ。


「世界を我がものにせんとした強欲の者が、召喚の儀によって、魔王の力を得た――」


 ハンナが細い声で続けた。


「天より力を授かりし勇者は、聖なる剣で魔王を討ち果たし――」


「賢者の魔法をもってこれを封ず……」


 目の前の書面から目を離したマテオが、ギロリと二人を睨みつける。


「童話を覚えたから聞いてほしかった、というわけでもあるまい」


 ニコリと微笑んだステファノは一枚のメモを父の机の上に滑らせた。


 ――レナード・フットに眠りし伝説を殺す者レジェンド・キラーの力を解き放て。さすればお主は世界の王となるであろう


 マテオの視線はメモに落ちたが、不機嫌な表情は何一つ変わらない。


「なんだこれは? と聞かないのですね?」


 ハンナが遠慮がちに問いかけると、マテオは小さな笑みを漏らした。


「今さら誤魔化しがきくとは思わんよ」


「父さん。なら母さんが生きていたことを知っていたんだね?」


 ステファノの口調が尖ったものに変わる。

 マテオは姿勢を前のめりにすると、顎のあたりで手を組んで、ステファノに目を向けた。


「なぜおまえたちに知らせなかったのか、となじるつもりか?」


「いえ、知っていながら、今の母さんと再婚したのか、聞きたいだけです」


「その通りだ、と答えたらどうするつもりだ?」


「心の底から軽蔑し、二度と父と呼ばないでしょう」


 有無を言わせぬ視線のステファノを見て、マテオは口元を隠したまま口角を少しだけ上げていた。

 不謹慎だと言われても仕方ないと思うが、正義に反する行為ならば国王ですら許さないとはっきり告げた息子が誇らしかったのだ。


「安心しろ。私がメリアの生存を知ったのは半年前のことだ」


「半年前……。レナードに『力』が秘められているのを知ったのも、その頃ということですか」


「まあ、そういうことになるな」


 ステファノは黙ったまま父の様子を見ていた。

 重い静寂に包まれた部屋の中は、夏の蒸し暑さを忘れてしまうほどの緊張が張りつめる。

 そうしてしばらくした後、ステファノはかすれ気味に声をあげた。


「天より授かりし秘めたる力を、水の国より出づる聖女によって解き放たれし者を勇者と言う――」


 ここにきてはじめてマテオの瞳にかすかな濁りが生じたのを、ステファノは見逃さなかった。彼は畳みかけるようにまくしたてた。

 

「レナードの中に眠る『力』の存在を知らせてくれたのは、『水の国』の人ではありませんか?」


 マテオは何も答えようとはしなかった。

 ただその瞳は急速に光を失い、冷たくなっていく。

 ステファノはそんな彼から目を離さずに続けた。


「水の国――ティヴィル王国は我が国とは国境を接していないうえに国力も小さい。

経済的も軍事的にも我が国が支援するには利があまりにも少ない。

しかし父さんは王子と王女の受け入れをはじめとして、支援をやめようとはしなかった。

アラスを立て直すためなら、あらゆる犠牲をいとわなかった父さんが、なぜ『無駄』とも言える出費を続けたのか。

それはティヴィル王国の王族は『勇者を見分ける力』と『勇者を解き放つ力』を持っているから――違いますか?」


「続けよ」


「そして半年前。とある人物がティヴィル王国から人目を忍んでここにやってきた。

表向きの理由は……新年のあいさつが遅れてしまった、というのが妥当でしょうね。

俺やレナードにすら気づかれないように、父さんはその人をここに通した。

その人はこう切り出した。

『ついに勇者を見つけた。レナードの中に封じ込まれている』と。

だが同時にこうも言った。

『レナードの中には伝説を殺す者レジェンド・キラーという魔王も封じられており、彼がいる限り、勇者を解き放つことはできない。だからまずは魔王だけをレナードの中から解き放った後、彼を殺して、別の場所に封じてほしい』と。

そこで父さんはヘルムを通じて、ひそかに悪魔召喚の研究をしていたドルトン、勇者の座に異常な執着心を燃やすルフリート、そして魔王を封じる力を持つ母さんの3人にメモを送り、彼らを裏で操った」


「そもそも勇者は魔王を倒すための存在であり、先に魔王を封じたならば、勇者を解き放つ必要がなかろう」


「その答えは……、ああ、これだ」


 ステファノは壁際の書棚から一冊の古い本を取り出し、


「あらゆる者をひざまずかせるまで、勇者は戦いと勝利を求め続ける――」


 そらんじた一節が書かれたページを開いた後、マテオの目の前にどさりと本を放り投げる。

 マテオはその本に一瞥もくれず、黙ったままステファノだけを見ていた。


「父さんはこの一節を見てこう解釈した。

『レナードの中に眠る勇者を解放し、味方に引き込むことができれば、世界中の人々がアラス王国にひれ伏すまでレナードは戦い続ける』と……」


 そこで言葉を止めたステファノは、「ユーフィン!」と扉の外に向かって叫んだ。

 その直後、分厚い紙の束を手にしたユーフィンが、静かに彼の横までやってきた。


「こちらは王宮の訪問者を記録したものです。ユーフィン。今年に入ってから今日までで、ティヴィル王国からの訪問者を探してほしい」


「かしこまりました」


 ユーフィンはバラバラと紙をめくる。

 とてもじゃないが常人では目が追いつけなくても、彼女の『目』ならそこに書かれた名前のすべてを見通すことができた。

 そして彼女は小さな指でとある名前を指さした。


「ゼノス歴303年2月3日。ティヴィル王国からわずかなお供を引き連れて訪問されたのは……。


第一王子のライアン殿下です。


その後は先日のウィネット様の誕生会までティヴィル王国からの訪問者はおりません」




「すなわち黒幕の正体は、ライアンと父さん――この二人だった」




 マテオは組んだ手をほどき、椅子の背にもたれかかりながら天井を見上げた。


「くだらん。すべておまえの妄想にすぎん」


「妄想? ええ、妄想ならどれほどよかったことか……。

だってそうでしょう。

父さんは知っているのですよね?

もしレナードの中に封じられた勇者が解き放たれれば、今のレナードの『人格』の行方がどうなってしまうのかを」


「……考えたこともない」


「解き放たれし者と解き放つ者、二つの命を天に捧ぐことで、この世に勇者はあらわれる――。

父さんは知っているはずだ。

もし勇者が解き放たれれば、レナードの心と体は乗っ取られる。

つまり今のレナードの人格は死ぬ・・・・・・・・・・・・ということを!」


 ステファノの語気が荒くなる。

 その形相は怒りに燃え、あらゆるものを飲みこまんとする気迫で満ち溢れていた。


「それでも父さんはアラス王国再建を優先した。

おおかた『自分には息子がもう一人いるから大丈夫だ』くらいにしか思っていなかったんだ!

だからレナードの運命を翻弄し、その魂までをも滅そうと企んだ!」


「違う!!」


 マテオが雷鳴のような大声をあげた。

 だがステファノはたじろぐどころか、殺気すら感じられる口調で返した。


「だったらこれを何と説明するつもりだ!!」


 ステファノは一枚の書状をマテオの前に投げた。

 それに目を通したマテオの顔がさっと青くなった。


「これは……レイラからの書状か……」


「俺は彼女にこう聞いた。

『兄のライアンからレナードについて聞かされていることはないか』と。

そして彼女はそいつを返してきたんだ」



 ――マテオ様がレナード様を助けに寄越してくださると聞いております。

それから彼がここに到着したら、彼の中に眠る『力』を解き放つよう、私にお命じになられました。それができるのは私しかいないと。

私は戦争を終わらせるためなら、この身がどうなろうともやり遂げてみせます。



 言葉を失ったマテオに対し、ステファノは冷たい口調で言った。


「勇者の力を解き放った聖女は、精根尽き果てて死ぬ。

つまりレナードの『勇者』を解き放てば、レイラも死ぬ。

父さんとライアンとの間にどんな約束が交わされていたのかは知らない。

でもあなたたちは自分の目標が達成できるなら、レナードとレイラがこの世からいなくなることなんて、どうでもよかったんだ」


「ステファノ……。残念ながらもう後戻りはできないし、するつもりもない。

これもすべて国のため、強いてはおまえのためなんだ。

今は辛いかもしれんが、分かってくれ」


 声を振り絞ったマテオは立ち上がって、ステファノの肩に手を伸ばした。

 だがステファノはその手を荒々しくはたいた。



「あんたはここまでだ」



「今のは聞かなかったことにしてあげよう。だから探偵ごっこはここまでにして、もう寝なさい」


 マテオははたかれた右手をさすりながら、ステファノに背を向け、窓際まで歩いていった。

 これ以上は何も話すまい、という意図がありありと見て取れる。

 しかし……。


 ――ドカッ。


 なんとステファノがマテオの椅子に腰をおろしたのである。

 当然、マテオは激怒した。


「冗談もほどほどにせんと、牢屋で頭を冷やさせるぞ!!」


 だがステファノはそこからまったく動く素振りすらみせず、むしろ王だけが使うことを許されたペンを一枚の紙に走らせながら、言葉を返した。


「牢屋で頭を冷やすのは父さんの方だ」


「なに?」


 目を丸くしたマテオが振り返ったとたん、彼の目に飛び込んできたのは、ヘルムの首根っこをつかみながら部屋に入ってきたルーン神国の修道女だった。


「ルーン神国査問委員会の特別捜査員、アデリーナです。

マテオ王。悪魔召喚および魔王召喚を扇動した容疑でお話をうかがいたく存じます」


 首をぶるぶると横に振るマテオ。

 一方のステファノは冷静にアデリーナへ問いかけた。


「アデリーナ。国王が尋問にかけられている間、王位はどうなるんだっけ?」


「王位継承権第一位の者が玉座につき、国王と同じ権限を有する決まりになっているわぁ」


「つまり今まさにこの瞬間、俺に国王の権限があるわけだ」


「そうねぇ。あんまり悪用したら罰があたるわよ。気を付けてねぇ」


「待て……。ステファノ……。おまえいったい何をするつもりだ……?」


 慌てて目の前に回り込んできたマテオに対し、ステファノは一瞥をくれてニヤリと口角を上げただけで何も答えようとしなかった。

 そして書き上げた一枚の書状に国王の証である刻印を押した後、それをハンナに私ながら命じた。


「ハンナ将軍に命じる! 我が国の全軍をもってユルゲルトの背後を突け!」


「なんだと!?」


 驚愕のあまり口を大きく開いたままのマテオの横で、ハンナは引き締めた表情で、書状を受け取った。


「はっ!」


 そうしてステファノは力強い口調で締めくくったのだった。



「ルドリッツの軍勢を蹴散らし、戦争を終わらせるのだ!! レナードとレイラの命を救うために!!」



 




 

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