第13話 レナードの処罰
◇◇
ゼノス歴303年7月14日、朝、シュタッツ城の評定の間――。
アラス王国の重臣たちによって、反乱軍討伐の戦後処理が話し合われようとしていた。
全員で戦死者の冥福を祈って黙とうを捧げた後、国王のマテオがゆっくりとした口調で言った。
「昨日、レナードがわしの部屋にやってきてこう言った。『僕の処罰は王国から追放し、しばらくルーン神国で謹慎させてください』とな」
にわかに場がざわつき始めた。
「初陣で大きな失態をおかしたとはいえ、国外追放するなんて厳しすぎる。『王宮で3か月の謹慎』くらいが妥当だ!」
どこからともなく声があがり、人々は一様に「そうだ、そうだ!」と首を縦に振る。
そんな中、ステファノが声を張り上げた。
「私は『国外追放』すべきと考えます!」
全員の目が一斉にステファノに向けられる。
彼は臆することなく、ますます大きな声をあげた。
「レナードは心に大きな傷を負っております! それはそうでしょう。霧の中を敵に奇襲され、右も左も分からないまま、目の前で叔父上をはじめとして、多くの味方が殺されたのですから!」
「ステファノ。その件はギル将軍からも聞いておる。だからこそ追い打ちをかけるような厳しい処罰は、かえってレナードの心を痛めてしまうのではないのか?」
ステファノはちらりと末席にいるギルの方を見た。
何事もないかのように平然としている彼の様子に、腹の奥から熱いものがこみ上げてくる。
だが怒りに声を震わせようものなら、何か感づかれてしまうかもしれない。
一度だけ大きく息を吸って、心を落ち着かせてから続けた。
「いえ、これは決して厳しい処罰ではありません! なぜなら今の彼に必要なのは、戦争や政治から離れた平穏な暮らしであり、王子である以上、王宮にいてはそれらと無縁というわけにはいかないのですから。ルーン神国は言わずと知れた信心深い人々が暮らす国。レナードの心の傷を癒すにはぴったりと言えましょう。ゆえにレナードを彼の希望通りに国外に出すべきと考えます」
「うむ。なるほどのう……。意見が割れたか……。ヘルムはどう思う?」
会議の場で誰かに意見を求める時は、ヘルムに問いかけるのがもはやお決まりになっている。
だからヘルムは驚く様子もなく、くいっと丸眼鏡を上げながら答えた。
「確かに『国外追放』は厳しすぎる処罰だとは思います。ですが、ここで身内に対して厳罰を加えることで、陛下の公平性が広く知れ渡ることになります。兵の士気も上がるに違いありません。一方でルーン神国はわが国とは友好関係を結んでおります。ですのでレナード殿下のことを快く引き受けてくださるでしょう。そこで表向きには『国外追放』とし、実情は『療養のため』に、レナード殿下をルーン神国にお送りする、というのがよろしいかと」
――よしっ! 予想通りの展開だ!
ステファノはわずかに口元が緩むのを抑えられなかった。
わざと周囲の反応とは異なる意見を述べたのは、困った父がヘルムに話を振るのを分かっていたからだ。
そしてアウレリア王妃以外の王族を一人でも王宮から排除しておきたいヘルムならば、レナードを『国外追放』する処分に賛成することは目に見えている。
さらに彼の助言に父は必ず従うことも……。
「うむ……。ヘルムがそう言うのであれば……」
そうマテオが言いかけた次の瞬間。
「お待ちください! 私はレナード殿下を国外に追放するのは反対です!」
深紅の鎧に身を包んだ紅一点の女騎士が、高らかに声を響かせたのだった――。
◇◇
――コンコン。
「レナード。俺だ。あけてくれ」
「兄さん。入って」
レナードの部屋に入ってきたステファノの顔色がよくない。
そもそもライアンとレイラの出立式はもうすぐで、彼が部屋を訪れることにはなっていなかったから、よほどのことがあったのだろうと、すぐに想像がついた。
ステファノはテーブルの上にあったコップに水をそそぐと、それをぐいっと飲み干してから、早口で用件を告げた。
「レナードの国外追放が却下された」
「えっ!? どうして?」
「ハンナが反対した。彼女の意見に数人の重臣たちが同調してね。一気に場の流れがもっていかれたんだ」
「そんな……」
ハンナとは
なぜ彼女が……?
とレナードが問いかける前にステファノは話を続けた。
「彼女はレナードのことを『ジュヌシー城にて謹慎』という処罰にすることを求めたんだ。国外追放は厳しすぎると考えていた人々が彼女の意見に賛同してね。一気に押し切られた格好だ」
「ジュヌシー!?」
部屋の隅に控えていたラウルが絹を裂くような高い声をあげる。
ステファノは「大声を出すな!」と言わんばかりに、口元に人差し指をあてると、落ち着いた口調で続けた。
「イアンがレナードを連れ去ろうとした場所だ。確証はないが偶然とは考えにくい。つまりハンナも死んだイアンと同様、『反乱軍』とつながっていると考えて間違いない……」
「兄さん! どうにかならないの!?」
ステファノは悔しそうに唇を噛んで首を横に振った。
そして彼はさらに状況が良くないことを告げたのである。
「ハンナがレナードを連れ出すのは、ライアンとレイラの出立式の直後――つまり凱旋パレードの前と決まった。レナードが乗る馬車の鍵は内側からでは開けられない。だから一度馬車に乗ったら最後。ジュヌシーに到着するまでは出られないだろう」
「となると凱旋パレードの前に王宮を出なくてはならない、ということだね」
「ああ。もしレナードが国外に出ることができたなら、後のことは俺がどうにかする。だからハンナの手から逃れることだけに集中するんだ。いいね」
そう言い残して、ステファノは部屋を出ていった。
残されたレナードとラウルの間に重い沈黙が漂う……。
しかし彼らが次の策を練る間もなく、外から太い声が聞こえてきたのだった。
「レナード殿下。お迎えにまいりました」
◇◇
レナードを迎えにきたのは群青の外套を羽織った目つきの悪い3人の大男たちだった。
彼らの配置はレナード前方に1人、背後に2人。
突然襲いかかられたら、ラウルともどもあっという間に息の根を止められてしまうだろう。
しかし彼らとて命は惜しいはず。だから人目につく場所で事を起こすのは考えにくい。
――レナード様が妙な動きをして警戒していることを感づかれたら、彼らはなりふり構わずに『契約』を履行しようとするでしょう。
ユーフィンの言葉が思い出される。
彼女の言う『契約』とはエブラと3人の男の間で取り交わされた約束であるのは言うまでもない。簡単に言えば『レナードの暗殺』である。
――堂々とした態度で『木漏れ日の道』まで来てください。そうすれば安全は確保できます。
そうユーフィンは言っていたが、そもそも『木漏れ日の道』は警備の死角となっていて最も危険な場所なのではないのか……。
レナードは大きな不安を胸に抱えながら、それでも堂々と胸を張って廊下を歩き始めた。
彼の斜め後ろをラウルが行き、さらに二歩離れたところを『護衛』がついてくる。
「ユーフィンを信じるしかない」
ラウルのささやき声にレナードは小さくうなずいた。
館の廊下は侍女と近衛兵たちが整列し、レナードが通り過ぎるのを見送っている。
その中をレナードは生きた心地がしないまま足を動かし続けた。
「いよいよ外か……」
館の扉を開けたとたんに、まぶしい太陽の光が目に飛び込んでくる。
しかしレナードにはそんなことに気を留める余裕など微塵もなかった。
いつ襲ってくるかも分からない背後の二人の足音に集中していたのである。
そうしていよいよ『木漏れ日の道』が近づいてきた。
ここの人工林はレナードも手入れをしており、世界中から取り寄せた珍しい花木を植えたりしている。
言わば自分の庭のようなもの。こんなところで死にたくない。
心臓の音が聞こえてきそうなくらいに高鳴ってきた。
叫び出したくなるほどの緊張と恐怖に包まれる。
……と、その時だった。
前を行く護衛が突然立ち止まったのである。
何が起こったのだろうか。
少しだけ横にそれて前方に目をやる。
すると目に飛び込んできた人物に、レナードは心を奪われてしまったのだった――。
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